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戦争と平和2

「キャーッ!」

 悲鳴と血飛沫を上げて、亜麻色の髪の女性が前に突っ伏した。

「姉上!」

 女性は手でろくにかばう様子も見せず、血で滑る大理石の床に倒れ込む。背中の右肩から左脇腹に切り傷を負っていた。その傷から溢れ出た血が、新たな血を床にまき散らした。

「姉上! サーシャ姉ぇ!」

 二十歳程のその女性に姉上と呼びかけたのは、両手持ちの剣を構えた十五、六程の黒髪の若者だ。片手に剣と盾を持つ者が入り乱れて剣戟を打ちつけ合うこの城内で、それは一人異質な剣士だった。

 先ずは一人だけ片刃の剣を両手で持っている。そしてかなりの軽装だ。周囲が敵味方違わず、鎧と兜と盾で身を固める中、一人腰当て程度の武装しかしていない。

「どけ!」

 若者は剣を闇雲に振り回し、敵味方が激しく交錯する謁見の間を駆け抜ける。

 敵の侵入を許した辺境の城。その日頃は豪奢な謁見の間が、血で血を争う戦場と化していた。

 守るのはこの国の兵士達。

 攻め込んだのは隣国の教会騎士団。

 目的は布教。布教とは名ばかりの、血が血を呼ぶような侵略――異端征伐を続けている。

 城の入り口で落石や煮えたぎった油を落として敵の侵入を阻止したが、大規模な投石に城門を壊されると後は雪崩を打ったように侵入されてしまった。

「姉上!」

 そして若者は城に仕えていた姉を、その目の前で斬られてしまう。兵士としてこの城を守り、弟として姉妹を守ることこそが、この若者の使命だったにもかかわらずだ。

「カズサ!」

「――ッ!」

 カズサと背中で呼びかけられて、その若者はとっさに振り返る。

「この!」

 カズサと呼ばれた兵士は、振り向き様にその両手剣を振り上げた。

「グワッ!」

 今まさに剣を振り下ろそうとしていた騎士に、カズサは剣を突き刺す。甲冑で固めた全身の、脇に空いた隙間から肩に、そしてその上のアゴに切っ先を突き入れた。

「ガーゴ! 後ろを頼む!」

 カズサは己の背後の敵を教えてくれた戦友に、背中を任せるとサーシャと呼んだ女性に駆け寄る。

 ガーゴと呼ばれた筋肉質の兵士が、片手剣と盾を構え後ろ歩きでカズサの背後に続いた。その逞しい体躯によく似合う四角い顔をした、カズサと同年代の兵士だ。

「姉上! サーシャ姉ぇ!」

「カズサ……」

 カズサがその身を抱きかかえると、サーシャと呼ばれた女性は苦しげに名を呼び返す。

「私に構わず……」

「バカ言うな! 掴まって!」

 ガーゴが片手剣を振り回した。この戦場で負傷者に肩を貸そうとするカズサに、全身甲冑の教会騎士が一人、その片手剣を突きつけてきた。

「ヌン!」

 それをガーゴが豪快に打ち払う。

「ミユリは……」

「ミユリか? あいつなら奥だ! 心配するな!」

 カズサはサーシャを肩で支えると、謁見の間の脇に駆け出す。

 ガーゴがやはり二人の背後を守って後ろに続いた。両軍入り乱れる中、三人は周りの兵に助けられながら血の床を駆け抜ける。

 謁見の間の脇にあったのは主賓の控え室だ。正面から入り込んだ騎士団に対して、その脇にある控え室から迎え撃った。今も外への脱出路として、多くの兵を割いて確保している。

「ガーゴ! 兜は?」

 カズサは並走する戦友が、鎧しか着ていないことにようやく気がつく。ガーゴは兜をかぶっておらず、その四角い顔と細い目があらわになっていた。

「あっという間に弾き飛ばされた。ま、こっちの方がよく見える! ちょうどいい!」

「そんな細い目で、見える見えないがあるのかよ!」

「おぬしとて腰当てしか、してないではないか!」

「爺様はいつもこうだったさ! そんな棺桶みたいな鎧、着てられるかよ!」

 カズサはこの状況でも憎まれ口を叩いてしまう。何でもいいから話をすることで、肩に背負う姉に少しでも心配させまいとしているかのようだ。

「巫女か?」

 怒号ひしめくこの屋内の戦場で、控え室の入り口を固めた兵士の声が響き渡る。

 カズサとガーゴは身を投げ出すように、そちらに飛び込んだ。

 そして兵の一人が受け止めんと手を伸ばし、カズサ達を迎える。

「姉上を頼みます! 奴らの狙いは『導きの巫女』! 姉上を奪われる訳には!」

 カズサはそう言ってその兵に、背中に傷を負ったサーシャを預けた。

「カズサ……」

 一人では立つこともできないサーシャがそれでも弟の名を案じて呟く。

「新兵だな!」

 年かさの兵はサーシャを受け取りながらカズサとガーゴの二人を見る。

「はい! 我々は――」

「ここは貴様らの持ち場ではないはずだ! 今すぐ元の配置に戻れ!」

「しかし! あそこは敵襲が薄く――」

 なおも反論しようとするカズサの背後に、大きな影が落ちる。

 大柄の敵の、一際大振りの一撃が――

「――ッ!」

 振り返る間もないカズサの頭上に振り下ろされた。

 ――ガンッ!

 という鍛鉄と鍛鉄のぶつかり合う衝撃音とともに、カズサの頭上で火花が散った。

 火花を散らしたのは敵の片手剣と、ガーゴの同じく片手剣だ。

 カズサの頭上に振り下ろされた一撃を、ガーゴがとっさに両手で持った剣で受け止めていた。

「ぐぐぐ……」

 だがじりじりとガーゴの剣は押し戻された。

「だっ!」

 カズサはガーゴの不利を悟り、振り向くや否や横なぎに剣を払う。

「が……」

 敵の僅かに見えていた甲冑の脇腹の隙間に、カズサの剣が入り込んだ。刃がその内に隠れた皮膚を、そして肉を切り裂く。

 敵はなでられただけでできた傷に、驚きの目を向けた。しかし何か反応できたのは、そこまでだった。己の脇腹から噴き出した血溜まりに向かって、無言でその場に倒れてしまう。

「姉上を頼みます! 治療の魔法を! ミユリと――妹と二人で逃してやって下さい!」

 控え室を守る兵にそう言うと、カズサは姉に頷いた。

「いくぞ!」

 ガーゴに呼びかけながら、それでいて己を奮い立たせる為にカズサは肺腑の限り声をからす。振りかえる勢いすら己の力に換える為か、力強くサーシャに背を向けた。

「待ちなさい……」

 だがそのカズサの手をサーシャが後ろから掴む。

「姉上!」

 引き止められたカズサが振り返ると、サーシャの左手の掌が目の前にあった。サーシャは苦しげな表情で兵に支えられて立っている。

 そして意を決したように、左手に力を込めた。

「なっ!」

「ミユリを頼みます……」

 サーシャのその掌から閃光が発せられると、カズサの目の前が一瞬で真っ暗になった。

「何で……」

 カズサはその場で気を失い、膝から床に崩れ落ちた。

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