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異邦人9

「私…… 悪くないし……」

 マヒルはベッドに突っ伏すや、一人でそう呟いた。簡素な、少し動いただけできしみを上げる寝床だった。

 ごろんと上に向き直り、すすけた天井を見上げる。

 マヒル達は街に入るや、駐留軍と接触した。事情を話し、導きの巫女がいることを伝えると、軍が確保していた宿舎に連れていかれた。

 道中町の人達の不安げな顔が、マヒルのまぶたに焼きついた。皆が不安におののいていた。

 宿舎に着き、マヒルが救国の儀式で呼び出されたことを告げると、カズサと話していた司令官は慌てた様子で本部に伝令を走らせた。

 その大仰な様子に、マヒルは黙っていてもらった方がよかったかと思う。実際は黒水晶の問題もあり、そうはいかなかっただろう。

 大きな話に巻き込まれ、戦争にかかわってしまうことになる――そうなのだろうかと思ってしまう。

 いざとなれば法律書だけ渡してごまかして欲しいと、ガーゴに言われたが、マヒルの心は晴れなかった。

 何より――

「カズサが悪いのよ……」

 そう、何よりカズサとまだ仲直りできていない。

 宿舎で割り当てられた一階の部屋で、マヒルは一人考え込む。

 カズサが戦争だと言い出す前までは、それなりに楽しいやり取りだったと思う。

 殺人と戦争と法律――

「……」

 マヒルは突きつけられた現実に、ジッと天井を見上げる。

 カズサ達の役には立ちたいが、人殺しの手伝いはしたくない。可能ならの話だがやはりいざとなったら、法律書だけ差し出して自分はすぐにでも帰るべきなのかもしれない。マヒルはそうも思う。

 そうは思うが、カズサの顔が、そしてガーゴやミユリの顔が頭の端に浮かんでは消える。自分だけ帰れば、彼らを見捨てることになる。それは嫌だ。

 だが――

「……」

 マヒルはやはり答えを出せなかった。

「……そうよ…… カズサが悪いのよ…… うん……」

 しばらく考えてからマヒルはそう呟くと、不意にベッドから体を起こす。

「だから、あいつから、謝るチャンスをあげないとね」

 マヒルは自分でも詭弁だと思いつつも、そう言ってベッドから飛び降りる。

「考えても泥沼にはまるだけだしね。とにかく今は体を動かそっと」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、マヒルは背伸びをして体と気分をほぐす。

「何て心優しい、マヒル様」

 マヒルはドアを開ける頃には、

「待ってなさないカズサ。謝らせてあげるわ」

 機嫌が直り始めている自分に気がついた。

 だが窓の向こうに迫りくる、この後の危機には今は気づけなかった。


「あれ? カズサは?」

 宿舎の食堂の一角に、マヒルは顔を出すなりどこへとなく尋ねた。雑然とした部屋に、不安げに戦況を話し合う兵士達が見える。

「お兄ちゃんですか? さあ。さっきから見ませんね」

 そのすぐ側にいたミユリが、そんな様子のマヒルに気づいて答える。ミユリは入り口の脇で、中の人を見回していたようだ。

「ふーん…… ミユリちゃんは何をしているの?」

「治療の魔法を行いやすいように、兵士の皆さんの顔を覚えているんです」

「へえ! 偉い! ミユリちゃん、治療の魔法も使えるんだ」

「へへ…… サーシャお姉ちゃん程じゃないけど…… 大丈夫ですよ」

「そんな賢い妹をほったらかして、たくっ…… どこいってんだか…… 兄貴の方は」

「心配ですか?」

 ミユリは少々意地悪げに笑みを浮かべて訊く。街に入るまでは、お互い顔を見たくもないように見えた。今は自分からマヒルは兄を捜してくれている。

「別に……」

「仲直りしてくれるんですか?」

「だから、別にって。一応のお礼を、言っておこうと思っただけよ。実際何度か助けられたし」

「ふーん」

 ミユリは興味深げに、マヒルを見上げる。

「何? ミユリちゃん?」

「喜ぶと思いますよ。お兄ちゃん」

「何が?」

「マヒルお姉ちゃんのお礼。舞い上がっちゃうかも、お兄ちゃん」

「ちょ…… 大げさだってミユリちゃん!」

「お兄ちゃん、単純ですから。喧嘩してたことなんて、すぐに忘れますよ」

「け、喧嘩なんかしてないわよ。ミユリちゃん」

「ホントですか?」

「ホントよ」

「じゃ、いいです」

 そしてミユリはあははと笑い、

「あ、そうそう。お水、お部屋に届けてくれるそうですよ」

 思い出したように後を続けた。

「水?」

「はい。水浴びは無理でも、体を拭くぐらいはできると思いますから」

「えっ! 本当! 助かるわ!」

 マヒルはいかにも汗がまとわりつくという風に、制服の襟元をばたつかせた。

 その後ろを水桶を持った女中が、ちょうど通りかかる。

「ほら! マヒルお姉ちゃん」

「あはっ! 水! しかも本物のメイドさん! テンション上がってきた! 部屋に戻るわ! ありがとうね、ミユリちゃん!」

 マヒルは今にも制服を脱ぎ出しそうな勢いで、水桶を運ぶ女中の後についていった。

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