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異邦人8

 マヒル達は敵が動けなくなったと見るや、もう一度森に入り直しその追っ手をまくことにした。

「追ってくる?」

 後ろを振り向く余裕のないマヒルが、並走するカズサに尋ねた。

「いや…… 鎧野郎はまだ動けないみたいだし、犬は戸惑ってぐるぐる回っているみたいだ」

 カズサはちらっと振り返り、マヒルに答えてやった。

「カズサ! 小さくてもいいから、川を見つけないと!」

 ガーゴが同じく後ろを振り向いて、敵の様子を確かめる。

「ああ! 匂い消しだな!」

「匂い? ああ、犬だものね」

 マヒルは転びそうになりながら、三人に何とかついていく。年下のミユリですら、この森の中を平地のように軽やかに進む。

 育った世界がやはり違うのだと、マヒルは改めて思い知らされた。

「そ、マヒルは匂うからな!」

「ちょっと! いつも一言多いわよ!」

「あっ! あれそうじゃない? お兄ちゃん!」

 ミユリが前方に、木々の途切れた空間を見つける。

「おう! 水の匂いに、せせらぎの音だ!」

「よく分かるわね」

「マヒル殿! なるべく水に浸かってから、反対側に上がって下さい」

「分かったわ」

 木々の切れ目はぐんぐんと近づく。今ならマヒルにも分かる。小川程度だが川が流れているのだろう。

「おう、なるべく――」

「うるさい! スケベ! 黙れ!」

「なっ! 同じことを言っただけだろ!」

「あんたは期待していることが、ガーゴさんと違うのが丸分かりよ!」

 そう叫ぶと、マヒルは法律書を頭上に掲げながら小川に飛び込んだ。


「逃げられましたか……」

 赤い鎧の司祭が、奪い取った城の謁見の間で報告を受けて呟いた。

 敵は黒水晶の出現を恐れず、導きの儀式を行ったようだ。部下の報告を聞き、自ら拾った情報と合わせて司祭は考える。

「黒水晶は逃げた両手剣の兵士が持っているのか?」

 赤い鎧の司祭――グルゲは謁見の間に用意させたテーブルで、地図を見ながら考える。

 斥候に出した騎馬隊が追い詰めた林。その向こうに川を挟んで広がる森。逃げた相手は森の中で見つかり、更に逃してしまった。

 川を下るかとも思ったが、船の用意などはなかったようだ。

 下流で見つけたのは、見慣れぬ服を着た少年だけだった。

 森の向こうにも向かわせたが、その連絡がくるのはもう少し後になるだろう。

「導きの儀式。物だけではなく、人まで呼び出すとは…… 異教徒め…… 生意気な……」

 下流で拾った少年から聞き出した情報をグルゲは思い出す。彼が言うには、こちらはまるで別世界とのことだった。

 異世界から救国の力を呼び出し、その副作用で負の感情を力に変える黒水晶を呼び出す魔術。

「黒水晶目当てだったが…… どうして、異世界との接触を果たす魔術そのものも興味深い」

 グルゲはアゴに手を当てて考える。

「布教先は、隣国からと思い込んでいたが――」

 グルゲの瞳が邪悪な色に光り、

「異世界も考えてみなければならんな……」

 その口元が濁った欲望で歪んだ。


「鬼! 悪魔!」

 森を抜けた先の平原に、カズサの声が響き渡った。敵から逃れる為に大きく森の中を迂回したせいで、もう昼も随分と過ぎてしまっていた。

 昼食はこの少し前に、その場で摘んだ野草と持っていた干し肉を簡単に煮て済ませた。鍋は厚手の大きな葉っぱで代用し、木切れで摘んで食べた。

 食後にミユリが小さな花を摘んできて、デザート代わりにその甘い蜜を吸った。マヒルは状況も忘れて、上機嫌に花を口にくわえて森を出た。

 だがカズサのその一言にとっさに法律書をめくる。

「何ですって? 刑法第二百三十三条――信用毀損及び業務妨害!」

「なっ?」

 マヒルが口から花を捨てて仁王立ちし、カズサがとっさに手で顔をかばう。

「『虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する』!」

「ギャン!」

 カズサは森を出たところで、湿った芝生に尻餅をついた。

「鬼でも、悪魔でもございません。法律家です」

 マヒルはプイッと横を向いてむくれてしまい、先をいくガーゴとミユリに続いた。

「だから、その法律書をくれって言っただけだろ」

 カズサはお尻を持ち上げ、自分を置いてけ堀にする三人を追う。

「ダメって応えたら、『鬼、悪魔』って言われましたけどね!」

「国を守る為には必要なんだよ。くれよ」

「い・や・よ。やっとお父さんのお下がりじゃなくて、最新版を自腹で買ったんだからね! 誕生日に買ったんだから! 私の法律家人生の、記念の一冊なのよ! 一番お気に入りの猫のシールまで貼ったんだから! 何であんたにあげなきゃなんないのよ!」

 マヒルは背表紙に貼った、猫のシールを振り向いてカズサに見せつける。猫の顔のシールだ。白地にネズミ色の模様が、『人』の字を描くようにツートンカラーになっている。口元が白で、目の周りがネズミ色だ。

「ちなみに私の誕生日は、何と五月三日のけん――」

「それは訊いてねえよ!」

「何ですって!」

「その法律書は、導きの儀式でミユリが呼び出したんだぞ! くれてもいいだろ!」

「いいえ、明確に私の所有権が及ぶものです。民法第二百六条――所有権の内容!」

 マヒルは歩きながら、高らかにそらんじる。

「おい!」

「『所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する』ってね」

「おいってば! ん…… あれ? 何も起こらないぞ……」

 今度も雷に打たれるような魔力が襲いくるかと思ったカズサは、拍子抜けしたように辺りを見回す。

「法律は何でもかんでも罰する為にある訳じゃないの。もめ事にならないように、ルールを先に決めてくれてる条文もあるの」

「さいですか!」

 憎まれ口を叩くかのように、カズサは唇を突き出した。

「カズサ…… 気持ちは分かるが…… オレらではあの文字は読めんぞ。もらってどうするつもりだ?」

「そうよ、お兄ちゃん。お爺ちゃんだって、その剣とお爺ちゃんとで、救国の力だったんだから。マヒルお姉ちゃんが持ってるのが一番だよ」

 ガーゴとミユリが振り返り、それぞれ呆れたように言う。

「だがよ。マヒルはことあるごとに、殺すなとか言うし」

「当たり前じゃない」

「これは戦争だぞ」

「わ、分かってるわよ…… でも……」

 マヒルは法律書を抱きしめる。

「法律は人を守る為にあるの。人を傷つける為にある訳じゃないの」

 マヒルの脳裏に、一瞬刑法第十一条の条文が思い浮かぶ。それは国が人を傷つける法律だ。

 だがマヒルは意識してそれを振り払い、カズサに向き直る。

「助けてあげたいのは山々だけど、人殺しの手伝いはまっぴらご免よ」

「殺さなきゃ、俺らが殺されるの! だから魔導書で身を守るんだよ!」

「そんな状況にならないように、皆で法律を守るの! そして法律で皆を守るの!」

「どっちだよ!」

「どっちも大事ってことよ! 守る為に守るのよ!」

 マヒルとカズサは、いがみ合うかのように顔を突きつけ合わせて歩く。

「カズサも…… マヒル殿も……」

 険悪になりかけた雰囲気に、ガーゴが困ったように振り返る。

「これはマヒルの戦争じゃないもんな。余所の国の話だもんな」

「な……」

 カズサのその一言に、マヒルは思わず立ち止まってしまう。

 だが立ち止まったのはマヒルだけではなかった。先をいくガーゴとミユリも立ち止まり、カズサもマヒルを少し追い抜いてから歩を止めた。

「街だ」

 ガーゴが遠目に見える尖塔らしき屋根を見つける。

「着いたの?」

 マヒルはカズサの背中を見ないようにしながら、ガーゴに訊いた。

 先程心底沸き上がり、思わず立ち止まってしまった怒りがまだ抜け切らない。カズサと目が合うと、また怒鳴り合いになる自覚があった。

「ええ、マヒル殿。首都はまだですが、ここにも軍の駐留する宿舎があるはずです。合流しましょう」

 ガーゴがそう言って再び歩き出すと、マヒルとカズサはお互い顔をそらしてその後ろについていく。

「……もう……」

 そんな二人に不満げに唇を尖らせながら、ミユリは慌てて後を追った。

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