異邦人7
「不器用過ぎんぞ、ガーゴ!」
「すまん! すまん!」
森の入り口の木立に隠れながら、カズサはガーゴを引っ張り込んでやった。
「だったら、カズサがいきなさいよ!」
「お兄ちゃんはもっと、不器用で、がさつで、いい加減だよ! マヒルお姉ちゃん!」
「それじゃ、もっと直ぐに見つかっちゃうわね……」
「ふん! 俺ならたとえ見つかっても、その場で返り討ちに――」
「そんなんだから、オレ以上に、おぬしには任せられんのだ!」
好き勝手を言い合うマヒル達の耳に、犬の遠吠えが届けられた。
「犬か?」
「ああ、猟犬だ。三匹。大型犬ではないが――」
ガーゴが言い切る前に、その猟犬が草原をかき分けて姿を現した。舌を出し息も荒く、マヒル達が隠れる木立の前で三匹の猟犬が立ち止まった。
大きくはないとはいえ、ミユリの腰辺りに十分その牙が届く。そしてその牙は、どれも朝日に輝いて猛々しく輝いていた。
「確かに獰猛そうだ」
カズサはそう言うと、木立の左脇に立った。その反対側を、ガーゴが同じく塞ぐように立つ。マヒルとミユリを木立の後ろに隠し、木々の合間で犬を迎え撃とうとする。
「襲ってこないな……」
「油断するな、カズサ。おそらく主人待ちだ。むしろよく訓練されているのだろう」
「マヒル! 魔導書で、いい呪文ないか?」
「法律書よ! 条文よ! てか、犬に効く法令なんて、ある訳ないでしょ!」
「きたよ! お兄ちゃん!」
ミユリが真っ先に敵兵の姿に気づく。こちらは五人だ。甲冑に身を固めた一団が、慎重に近づいてくる。
「俺らの勢力圏なはずのに…… 自由に動き回られてんのか……」
「全体的に押されてるのかもな、カズサ」
そう応えてガーゴは後ろを振り返り、マヒルにその細い目と四角い顔を向ける。
「犬はオレらでなんとかします。マヒル殿はその…… ケンポーとか、ジョーブンとか言う呪文で、何とか敵を足止めをしていただきたい」
「……分かったわ、ガーゴさん。刑法第二百八条の三! 凶器準備――」
マヒルはそこで慌てて口をつぐむ。それはお互い様だ。また狙った相手だけ力を及ぼすことができるのか、確かめた訳でもない。
「ふふん、ま、いいわ。ストーカー行為等の規制等に関する法律で、卑劣なつきまといを封じてあげるわ」
マヒルはそれでも敵だけを狙える法律があることに気分を良くし、法律書を開きギュッと握りしめた。
敵が犬の背後についた。その内の一人が、無言で剣を前に突き出した。別の一人が犬の腰を平手で叩きつけ、犬達は一斉にマヒル達に飛びかかってきた。
先頭の猟犬が、カズサにその牙を剥く。
「この!」
カズサは素早く刀を振るったが、犬は身を翻して避けてしまう。
「すばしっこい!」
「くるよ! お姉ちゃん!」
犬がカズサとガーゴに吠え立て始めると、後ろにいた五人の敵兵もにじり寄ってくる。
「任せて! ストーカー行為等の規制等に関する法律! 第三条、つきまとい等をして不安を覚えさせることの禁止!」
マヒルはキッと相手を睨みつけ、そのページを勢いよくめくる。
「『何人も、つきまとい等をして、その相手方に身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせてはならない』!」
だがそのマヒルの勇ましい条文の読み上げに反して、敵はその動きを止めなかった。敵は互いに目配せをし、やはりこちらに近づいてくる。
「え? あれ、ウソ……」
「何だ? どうした? マヒル、しっかりしろ!」
「ちょ、ちょっと待って! もう一回! ストーカー行為等の規制等に関する法律! 第一条、目的! 『この法律は、ストーカー行為を処罰する等ストーカー行為等について必要な規制を行うとともに――』」
マヒルのその条文の読み上げに、
「……」
やはり何も影響されていないかのように、敵はゆっくりと近づいてきた。
「あれ? やっぱり効いてないの? 何で……」
マヒルは森から僅かに顔を出して相手の様子を見る。そして敵に何の変化がないことに目を白黒させて驚く。
「魔力切れ? お姉ちゃん!」
「だっ!」
ガーゴが猟犬の一匹に、何とか一撃を入れる。ガーゴが突き出した剣に、猟犬が目の上を斬られて悲鳴を上げて飛び退いた。
「浅かったか……」
血を振り払いそれでも吠えかかってくる犬に、ガーコが舌打ちをする。
「はっ!」
ガーゴの呟きの向こうで、カズサが気合いの一閃を下から上へ払った。その瞬間に、猟犬の首が一つ跳ね飛んだ。
「こっちは、先ずは一匹! マヒル! 法律は?」
「ゴメン! 何かダメみたい!」
「く……」
犬だけではどうにもならないと見たのか、敵兵は意を決したように剣をふるい上げて迫ってくる。
「数が違いすぎる。マヒル! 何とかしろ!」
「何とかって…… ストーカー行為等の規制等に関する法律! 第三条、つきまとい等をして不安を覚えさせることの禁止!」
だがやはり何にも邪魔をされず、敵が一人、ガーゴに向かって剣を振り下ろした。木立に軌道を塞がれて読みやすいそれは、ガーゴが難なく弾き返す。
しかしその下では、目の上に傷を負いながらも猟犬が牙を剥いている。いずれ隙を突かれてしまうのかもしれない。
「何が違うの…… やっぱり魔法みたいにはいかないってことなの……」
カズサとガーゴは必死で敵の剣と、犬の牙を振り払っている。マヒルはその様子に、内心の焦りを募らせていく。
「どうして? ストーカー法は『個人の身体、自由及び名誉に対する危害の発生を防止』して、『国民の生活の安全と平穏に資することを目的』とするはずなのに…… 第三条でも、つきまといに対する不安を――あっ!」
マヒルは驚いたようにミユリに振り返る。ミユリは力強くマヒルのスカートの裾を掴んでいた。だがそれは――
「ミユリちゃん…… 怖くないの…… 不安じゃないの?」
「何で? 皆信じてるよ」
そうそれは不安に感じての力強い握りではなかった。むしろ自分の信じた者対する、力強い確信を伝えるかのような熱の入った仕草だった。
「不安じゃないのね?」
「うん。マヒルお姉ちゃんもでしょ?」
ミユリは自信に満ち溢れた表情で、マヒルを見返す。
「はは…… そうね」
マヒルはミユリのその恐れを知らない顔に、自らも力づけられて面を上げる。つきまとわれている本人が不安に感じていない。ストーカー法は適用されなかったのだ。
「ゴメン! カズサ! ストーカー法、無理!」
「何だよ!」
一進一退の剣戟と牙との応酬を繰り返しながら、カズサは一瞬だけマヒルに振り返る。
「犬、殺しちゃダメよ!」
「はっ? さすがにそれは――」
「ダメよ。狙いがあるのよ!」
マヒルはそう言うと息を大きく吸って口を開き、
「軽犯罪法第一条『左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する』! その十二!」
そのページを開くや自信満々に法律をそらんじ始めた。
その声に五人の敵兵が一瞬で身をすくませる。
「『人畜に害を加える性癖のあることの明らかな犬その他の鳥獣類を正当な理由がなくて解放し、又はその監守を怠つてこれを逃がした者』!」
マヒルのその法律の読み上げに、まるで雷で打たれたかのように敵は次々と膝を屈した。