異邦人6
「ストーカー行為等の規制等に関する法律! 第一条、目的! 『この法律は、ストーカー行為を処罰する等ストーカー行為等について必要な規制を行うとともに、その相手方に対する援助の措置等を定めることにより、個人の身体、自由及び名誉に対する危害の発生を防止し、あわせて国民の生活の安全と平穏に資することを目的とする』!」
「よくそんな長々と、何も見ずに言えるな」
倒れ込む敵に背中を見せ、カズサは嬉々として条文を読み上げるマヒルに振り返る。
「これぐらい当たり前よ! もひとつ! ストーカー行為等の規制等に関する法律! 第三条、つきまとい等をして不安を覚えさせることの禁止! 『何人も、つきまとい等をして、その相手方に身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせてはならない』!」
マヒルが条文を読み上げる度に、敵の呻き声が大きくなり、代わりにその動きは封じられていくようだった。
「敵は全く身動きが取れないようです! マヒル殿! 逃げましょう!」
「暗いし! 私、ガーゴ兄ちゃんと逃げる!」
ミユリはそう言うと、ガーゴの手を自らとって走り出した。
「ほら! 二人とも危ないし、手をつながないと!」
「ちょっと…… ミユリちゃん! 私と逃げましょうよ!」
早くも見えなくなり出したガーゴとミユリの背中を追って、マヒルは慌てて駆け出した。
「あっ!」
そしてやはり森に慣れないマヒルは、その場ですぐにつんのめってしまう。
よく見えもしない地面に倒れそうになったマヒルの左手を、
「何やってる!」
そう言ってカズサがしっかりと掴んだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと……」
その力強い握りにマヒルが戸惑いの声を上げる。この暗闇の中でなければ、真っ赤になった頬をカズサに見られてしまったことだろう。
「道は俺が先導する! お前は魔力の有りっ丈を送ってろ!」
「魔力って何よ! 魔法じゃないって、言ってるでしょ!」
「どっちでもいい! お前が殺すなって言ったんだから! 逃げる時間はちゃんと自分で作れよ!」
二人は手をつないで森を駆けながら、互いに大声を出し合う。
「分かったわよ!」
「後! なるべく小声でな!」
「自分に言いなさいよ!」
マヒルはそう叫びつつも見開いた法律書を握りしめ、
「ストーカー行為等の規制等に関する法律……」
ぶつぶつと条文を口の中で繰り返した。
少しの仮眠をとった以外は、マヒル達は夜通し森を走り通した。日が昇り始めた頃に森を抜ける。一気に視界が明るくなった。
森の向こうは、なだらかな丘になっていた。その丘全体に、草原が広がっている。ブラシを逆さにしたかのように、草花が密集して生えていた。
草原の草花はマヒルの腰の辺りまでの高さがあり、幾つもある丘と相まって見通しは悪かった。
「疲れる……」
マヒルは森を抜けた安堵からか、その出口付近で尻餅を着いてしまう。
「少しお休み下さい。オレが見てきますから」
ガーゴが安全に抜けられるかどうかを確かめようと、一人で丘の向こうを窺いにいった。
「体力ないな。マヒルは」
「むっ! 夜通し走ってりゃ、誰だってヘトヘトよ! ちょっとしか寝てないし!」
「私、大丈夫!」
「俺も、ガーゴもだがな」
「むむむ、私、法律家だもん。立ちっぱなしの体力と、論戦を繰り広げる精神力以外はいらないの」
マヒルはぷいっとそっぽを向く。
「精神力? 魔力じゃないのか?」
「魔力じゃないって! 言わば法に則る精神こそが、私に相応しい力よ」
「でも、精神の集中こそが、魔力の集中だって、お姉ちゃんに教えてもらったよ」
「お姉ちゃん? サーシャさんって人?」
マヒルはミユリに振り返る。
「おう」
「カズサには聞いてないわよ」
「時折、どうでもいいことに突っかかってくるな、マヒルは」
「でね、マヒルお姉ちゃんも、私達と同じことをしてるんだと思うの」
「どういうこと? ミユリちゃん?」
「うんとね…… 言葉を精神の力で、実際の現象にする…… てことかな。似てると思うよ。私達の力」
「なるほど、言葉が条文か呪文かってことね。言葉の力ってことかな? この世界じゃ、言葉が大きな力を持つのかしら……」
「おっ? ガーゴの奴、帰ってきた」
カズサが丘の向こうから、駆けてくるガーゴを見つける。
「ん? ガーゴさん。何か、慌ててるわね……」
「うん、つまずいてるね……」
その時折つんのめるガーゴの動きに、マヒルとミユリは眉を寄せる。
「まるで何かに追われてるみたいね……」
「うん、何かから逃げてるみたいだね……」
ガーゴは時折後ろを振り返り、何かを確かめると慌てて前に向き直る。
「必死な顔してるわね、ガーゴさん……」
「申し訳なさそうな顔もしてるね、ガーゴ兄ちゃん……」
「あいつ……」
カズサが刀を抜き放った。
「すまん!」
ガーゴが叫びながら、真っ直ぐ向かってくる。
「何で偵察に出る度に、敵を引き連れてくんだよ!」
カズサはマヒルとミユリを背後に隠し、ガーゴに手招きしながらそう叫んだ。