異邦人5
「ミユリ! ガーゴが飛び込んできたら――」
「ハイッ!」
ミユリがカズサに皆まで言わせず応えると、
「すまん! まけなかった!」
ガーゴが暗闇より飛び込んできた。
「やっ!」
ガーゴの声を合図にするかのように、ミユリの裂帛の気合いが森に轟いた。
「――ッ!」
暗闇に突如上がった炎の閃光に、マヒルが目を眩まされて顔を背けた。
だがカズサはその閃光を一瞬だけ目をつむってやり過ごし、目を見開くや僅かな残光を頼りに敵の位置を把握する。
「五人!」
カズサはそう叫んで一番手短な、それでいて最も派手に目を眩まされたと思しき兵に斬りかかる。
カズサは慌てて盾を構えた敵の、その盾を持った手に外側から斬りかかる。盾を回り込み、その腕の甲冑に刀が傷を与えた。
不意をつかれ、更に盾で防ぎ損なった敵は、慌てて盾をその外側に向けてしまう。
彼が次に攻撃を認識したのは、僅かな隙間をついて己の喉を貫く突きの切っ先だった。
「先ずは一人!」
「カズサ!」
振り向き体勢を整え直したガーゴが、カズサの横に並ぼうとする。
「マヒルお姉ちゃん……」
「大丈夫よ……」
マヒルは怯えてしがみついてきたミユリを抱きしめ返してやる。
マヒルには暗闇しか見えない。それでも血の匂いが微かに漂ってくる。見たくはないと思いつつも、カズサ達の様子は確かめたい。
暗闇しかな見えないことに、マヒルは感謝と不安を同時に覚えた。
「ガーゴ! そっちは任せた!」
「おう!」
だが剣を振るう二人は違うようだ。暗闇の中でも夜目が利くのか、相手と鍛鉄をぶつけ合う音が絶え間なく聞こえてくる。そしてその度に上がる火花で、僅かばかりだがその様子が浮かび上がった。
「マヒルお姉ちゃん…… 法律は……」
「えっ? そうね…… やってみるわ……」
そう言いつつも、マヒルは戸惑いに顔を上げてしまう。
「何? 凶器準備集合及び結集? それとも傷害? でも――」
でもそれはお互い様だと、マヒルは戸惑いながら法律書のページをめくる。
その法律の条文は暗記している。それは問題ない。だがマヒルは全く前が見えない。マヒルの法律は、狙った相手だけ効いてくれるものなのかも、まだよく分かっていない。
ましてやこの暗闇だ。仮に狙いが外れて、カズサやガーゴに法律が効いてしまっては、目も当てられない。
「何か…… 相手だけに効くような条文を…… 銃砲刀剣類所持等取締法――ダメね…… 住居侵入等――は野宿か…… どうしたらいいのよ……」
マヒルは法律書を握りしめ、めまぐるしく役に立ちそうな条文を思い出そうとした。
「グ……」
暗闇の向こうからカズサの呻き声が聞こえた。
「カズサ!」
「大丈夫だ! ガーゴ!」
自らを奮い立たせているような叫び声とともに、カズサが刀を振り回しているのが気配で分かった。
「お兄ちゃん……」
ミユリがおこりのように震え、
「すまん! オレがつけられたばっかりに!」
ガーゴが焦りに怒号を上げた。
「はん! ガーゴは野郎に、モテ、るからな! 仕方が、ない!」
カズサがガーゴに憎まれ口を叩く。だがそれは、明らかに強がりを含んでいた。相手の攻撃を避け、防ぐ度に途中で途切れてしまい、歯を食いしばって応えているようだ。
「――ッ!」
だがマヒルはそのカズサの強がりに、勇気づけられるように顔を跳ね上げた。
「第三条! 『何人も、つきまとい等をして、その相手方に身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせてはならない』!」
マヒルはその内心の狙いのままに、ページをめくると法律の条文を一息にまくしたてた。
「ぐお……」
「む……」
聞き慣れない声色で、呻き声が上がる。カズサとガーゴの声はしない。
いける――
そうと見たマヒルは、その法律の名を叫び上げる。
「ストーカー行為等の規制等に関する法律!」
「がっ!」
一際大きな声が上がる。やはり聞き慣れない声だ。敵兵だけがマヒルの法律に反応している。
「もらった!」
「食らえ!」
その様子を確かめたのか、暗闇の向こうでカズサとガーゴの雄叫びが上がる。
「ダメ、カズサ!」
「なっ!」
「この隙に逃げましょう!」
「何を言って!」
カズサがそう応えると、
「ぐ……」
ガーゴが呻くような声を漏らした。
「大丈夫か? ガーゴ!」
「すまん。急に手を止めたら、つんのめってしまった」
「はぁ! 情けないな!」
暗闇の向こうからカズサとガーゴが戻ってくる気配がする。そして今ではマヒルでもそのシルエットが分かるぐらい、闇夜に目が慣れてきた。
「お前だって手を止めたではないか」
「ホント? カズサ?」
マヒルは思わず跳ね上がる。カズサが思い止まってくれた。マヒルは早くそのカズサの姿を見ようと、ミユリを抱えたまま上半身を前に乗り出す。
「そりゃ…… いきなりダメって言われればよ…… 違うぞ! 俺が情けないと言ったのは、その程度で呻いている――」
背中を向けて後ずさってくるカズサとガーゴに、
「はっ!」
自由を取り戻した敵兵が一人、剣を掲げて襲いかかってきた。
「ストーカー行為等の規制等に関する法律――第三条!」
マヒルは嬉々として法律の名を叫ぶ。
「ぐ……」
敵は剣を振り上げたままで、カズサの前で止まってしまう。見れば周りの兵もその場で固まっていた。
「よくやった、マヒル!」
「ダメよ! 逃げるのよ!」
「く…… この! 分かったよ!」
カズサは振り上げようとした刀を押し止め、
「今回だけだからな!」
そう叫ぶと目の前の敵に足の裏を蹴り込んだ。