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戦争と平和14

「いいね。この力! 強気の奴程力がみなぎるって感じでさ! 俺向けじゃん! 気に入ったよ!」

「サワラギ先輩…… あなた……」

 マヒルはミユリをその場に寝かせて体を起こし、今にも倒れそうなカズサを支える。

「すまない…… マヒルチャンだったか……」

「マヒルよ。『ちゃん』は――」

 マヒルは前を見据える。『ちゃん』をつけることで、殊更人をバカにしている相手をねめつける。

「つけないで」

「こういうのを待ってたんだよね! 実力社会っての?」

 その拓也はへらへらと笑いながら、黒い水晶を前に掲げ上げた。

「何を言ってるんですか? 聞いてなかったんですか? それは人間の負の感情とやらを利用するんですよ!」

「負の感情? いいじゃん。いいじゃん! 俺にぴったり! 俺の時代きたってか? てか、それぐらいの感情、当たり前だろ? 普通だろ?」

「なっ? いいわけ、ないでしょ!」

「タクヤとやら…… 敵に回るのか?」

 マヒルに身を支えられながら、カズサは拓也を見つめる。

「ちょっと、敵って何よ! 物騒なこと言わないでよ!」

「あの力は放ってはおけない。このままいけば、あいつは敵だ!」

「何を言って……」

「……」

 ガーゴがカズサに同意するかのように、無言で剣を構えた。

「ちょ、ちょっと…… 相手は普通の高校生なのよ……」

「敵だの味方だの、生真面目だねブシドーさんは! 力のままに生きるだけだよ! 敵とかそんなじゃないの! 俺が楽しんで、あんたらが邪魔するかどうかってだけだよ!」

 拓也は黒い水晶を不意にガーゴに向ける。その瞬間に黒い閃光が発した。

「むっ!」

 ガーゴが瞬時に反応し、盾でその身をかばう。

「――ッ!」

 ガーゴは驚きに細い目を見開く。盾の表面に焦げ跡とも違う、黒いシミが刻まれていた。

「ガーゴ!」

「やるね!」

「サワラギ先輩! いい加減に――」

「何? マヒルちゃん? 憲法何条違反なのこれ? 教えてよ!」

「何って…… り、立派な傷害ですよ!」

「ああん! 俺、何かしたか? 何の因果関係があんのよ、これ? 俺考えてるだけだぜ!」

 拓也はそう言うと、笑ってマヒルに黒い水晶を向ける。

「――ッ!」

 ガーゴですら防ぐだけで手一杯だった攻撃。もちろんマヒルには避けることすらできない。

 だが――

「マヒル!」

 カズサがマヒルの体を突き飛ばした。

「キャーッ!」

 マヒルはカズサに突かれ、悲鳴を上げて地面に突っ伏す。

「ぐ……」

 そしてそのマヒルが一瞬前までいた場所で、カズサが黒い闇に襲われていた。カズサは両手剣でその攻撃を弾き返していた。

「カズサ!」

「大丈夫だ! ガーゴ!」

 カズサは実体すら怪しい闇に、その剣を斬りつける。カズサが剣をふるう度に、闇は千々に切れ希釈していった。

「ふーん。何だ無敵じゃねえのかよ。剣にも盾にも防がれちゃうんだ。割に普通か、つまんねえの」

「マヒル! さっきの魔法を!」

 カズサは残りの闇を振り払いながら叫ぶ。

「魔法? 何のことよ……」

「『ケーホー』がどうのと言っていた、あの呪文だ!」

「あれは――」

 マヒルは先程の光景を思い出す。とっさにいつもの癖で条文を読み上げただけだった。だが実際にカズサもガーゴも、条文に違反していた人間はすくみ上がっていたようにも見えた。

「あれは只の法律よ…… 魔法でも呪文でもないわ…… ただの憲法と条文よ……」

「魔法だろ? 呪文だろ?」

「違うわよ! 法律よ! 条文よ!」

「だがオレも、カズサも確かに魔力のダメージを受けた。マヒル殿とやら、試してみる価値はあると思いますが」

 ガーゴが身を二人に寄せてくる。黒い靄のような闇はガーゴの盾で防ぎ、カズサの剣で振り払うこともできた。

 力を合わせれば何とかなると、ガーゴはマヒルとカズサの横につく。

「何? こっちじゃ憲法が魔法になるの? はっ、生意気! 戦っちゃう? 俺が自由を求める黒水晶の力の使い手で、マヒルちゃんが正義を振りかざす頭の固い法律家! 魔法対決しちゃおうか!」

「な……」

「何てね! てか俺、頭で考えているだけだしね! 裁かれる理由ないし!」

「この! それでもそれは立派な傷害罪ですよ! 刑法第二百四条――傷害!」

 マヒルが法律書を握りし締めた。その重みをずしりと感じる。その重みが何度も通じなかった相手に、やはりその意味を分からせたいと言わんばかりに握り締める。

 マヒルは一気に法律書を開いた。音を立てて目的のページが開く。

「『人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する』!」

 そのマヒルの条文の読み上げに、皆が一瞬拓也の様子に目を奪われた。

「……」

 だがやはり何も起こらない。

「やっぱダメじゃん」

 その拓也は己を見下ろして、鼻で笑う。

「ダメか…… 何故だ…… 俺ら時と何が違う……」

「元より魔法なんかじゃないわよ……」

 マヒルは戸惑いながらカズサに答える。

「飽きたね。皆、とりあえず死んどく?」

「なっ……」

 ガーゴが盾とその身で、マヒルとミユリの前に壁を作る。

「何てね! 冗談だよ、冗談! そんな簡単に人、殺したりしねえよ! お前らと一緒にすんな! 俺は普通なの!」

「だったらその黒水晶を……」

「でもブシドーさんの、そういう上からな態度は、ム・カ・つ・く。どっかこのまま、とんずらしてやろうか? あん!」

 拓也がそう言うと、黒い靄がその身を包み込み始めた。

「おっ、気が利くじゃん。どっか飛べんのか?」

「待て!」

「だ・か・ら! その命令口調がムカつくって、言ってんだよ!」

 拓也がそう言ってわざとらしく舌を出すと、

「おおっ! やっぱどっか逃してくれるみたいだぜ!」

 黒い靄に塗りつぶされるようにその姿が見えなくなる。

「先輩! 何を?」

「じゃあね! マヒルちゃん!」

 そして靄が霧散すると、声だけ残して拓也の姿はなくなっていた。

「何なのよ…… これ……」

 後に取り残されたマヒルは、

「何なのよ……」

 拓也の消えた場所をしばらく呆然と見つめながら呟いた。


「グハ……」

 その少年は大量の水を飲んでいた。

 突然の閃光。吸い込まれたかのように、その光の中に少年は投げ出された。

 投げ出された先は川だった。流れの早い川だ。

 少年はその流れに打ち勝てない。流されるままに下流へと流れていく。

 手を懸命に伸ばしても何も掴めない。足を必死に伸ばしてもどこにも着かない。

 顔を水面に持ち上げるだけで精一杯だった。だが大量の水がその顔に襲いくる。やはり水を強か飲んでしまう。苦しい。

 周りに逆らえず、抗う力もなく、苦しみながら流れいく。

 まるで――

 少年はそこまで考えたところで、不意に気を失った。

 彼が目を覚ますのは、もう少し後だ。その身を拾い上げる甲冑の一群と出会うまで、彼は流れに負けて、ただただ流されていった。

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