表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/47

戦争と平和13

 拓也は林の下草を燃やす火を見てから、その向こうを見上げた。こちらに襲いかかってきた甲冑の兵士は見えなくなっていた。

「何だよ? さっきから偉そうにしやがって……」

 拓也はひとまずは去ったと思しき危機に、内心安堵しながらも相手の態度に噛みついた。

 むしろこの血の匂いと、草木が焼ける匂いが、拓也を煽り立てるようだ。

 この初めて経験する戦場の雰囲気が、拓也をいつもより更に攻撃的な気分にする。そして火の灯りが、その炎の熱が、拓也の気持ちを増々煽る。

 その拓也の足下に、

「ん?」

 黒く、それでいて鈍く輝く球体が転がってきた。

「なんだ?」

 拓也は足下に転がっていた黒い玉を拾う。

 掌にすっぽりと収まる程の大きさだ。手触りはガラスのようでもあり、よく磨かれた石のようでもある。しっとりした質感は、しっくりと手に馴染んだ。

 そしてかなり冷たい。それでいながら手そのものが凍えるような気もしない。掌の中の神経を通じて、直接精神を凍えさせているかのようだ。

「それに触るな!」

「何だよ…… えっと…… ブシドーさんよ! 何、勝手に上から命令してんの? てか、もう拾っちゃってるよ!」

 カズサと名乗ったのは聞いていたが、相手の態度が気に食わない拓也は、相手の見た目のままにそう呼んだ。

 そして見せびらかすように、水晶を上に放り上げては掴んでやった。

「それは黒水晶! 人の感情を、攻撃的な力に変える邪悪なものだ。手を離せ!」

「はぁ?」

「サワラギ先輩、何か物騒ですよ。渡した方が……」

「あん? 何、マヒルちゃん? 後輩なのに、俺に意見すんの?」

 拓也が不快げに、眉間にシワを寄せる。

「何言ってるんですか? そんなつもりじゃ!」

「てか、ブシドーさんよ。人にものを頼む態度が、さっきからなってくなくない? それに、感情がどうのって言われても、俺ら分かんないんよ」

「それは導きの儀式の副産物だ。澱と言ってもいい。異世界同士を結ぶ時に、自然と集まってしまう人間の負の感情の結晶だ」

「はぁ? 何そのファンタジーな設定?」

「先輩、とにかく渡した方が……」

「け……」

 拓也が渋々その黒い水晶を放り投げようと腕に力を入れると、

「早くしろ!」

「はぁ?」

 じれたカズサが声を荒らげ、拓也の動きがピタリと止まる。

 水晶に対する認識の差か、カズサは拓也の物わかりの悪さに苛立ち、拓也はそんなカズサに反発を覚える。

「カズサ焦るな。そこのおぬし、確かにそれは――」

 ラーグラを肩に担ぎ、戻ってきたガーゴが二人を宥めようとする。

「あぁん!」

 そしてカズサの命令口調も、一人冷静なガーゴの物言いも、かえって拓也を苛立たせるようだ。拓也はガーゴの声も無視し、むしろ黒い水晶を力一杯握りしめる。

「そのまま、叩き斬ってやろうか?」

 こちらも苛立つカズサは、そう言って見せつけるように剣を振り上げた。

「何だよ! アブねぇだろ!」

「だったら早く手を離せ!」

「はぁ? さっきから何を偉そうに! 俺は、拓也ってちゃんと名前あんのよ! それにあんたより下って決まってる訳でないんよ! うざいから止めてくれる! 命令すんの!」

 拓也が片眉を上げてそう言うと、黒い水晶が内から輝き出した。

「タクヤか? 分かった! 分かったからその黒水晶を足下に置け!」

「だ・か・ら! 命令すんなって! ての!」

 拓也は苛立ちに声を荒らげる。そしてその言葉に応じるかのように、

「鬱陶しいって!」

 拓也の手元で漆黒の闇が爆発した。



「グワッ!」

 突如魔力を爆発させた黒い水晶に弾かれて、カズサはその身を後ろに吹き飛ばされた。腰から一本の立木にぶつかってしまう。

「ひゅー…… 何だ、今の?」

 拓也は黒い水晶を持ち上げる。

「これの力なの? てか――」

 その黒い塊は先程にも増して、内からの輝きが明るくなっているようにも見えた。

「てか…… これって、俺の力?」

 黒い水晶は内から、その闇をにじみ出す。まるで黒い霧か、靄のようだ。そしてそれ自身が意識を持っているかのようだ。

「違う。おぬしの悪い感情に反応しているだけだ。悪いことは言わん、その黒水晶を離せ」

 ガーゴがラーグラの遺体を肩に、拓也の前に回り込もうとする。

「悪い感情? 反応? 何それ?」

 マヒルは突然の現象に驚き、抱え起こしているミユリをより強く抱きしめる。

「難しい話ではない。殺してやりたいとか、相手を吹っ飛ばしてやりたいとか、単純で、それでいて厄介ないくらでも湧いてくる感情だ」

 ガーゴはラーグラの体を地面に降ろしながら答える。ガーゴ自身もたった今、その感情に身を任せて敵兵と戦った。

「く…… その水晶はそれらの感情を、簡単に力に変えて暴発させる…… ほら…… 危ないから手を離せ……」

 強かに腰を打ちつけたカズサが、その背後の立木に手を着きながら立ち上がる。

「サワラギ先輩…… 渡した方が……」

「あん! 何、マヒルちゃん、やっぱ命令してくれちゃって! 俺の力、嫉妬してんの?」

「なっ…… 何で嫉妬なんか……」

「法律は無力じゃん! こういう力で相手をねじ伏せたら?」

「何を……」

「マヒルちゃんの刑法何とかより、こっちの方が効き目ありそうだしね!」

 拓也はそう叫ぶと、黒い水晶を前に突き出した。その中からにじみ出ていた黒い靄が、四人に襲いかかる。

「――ッ!」

 マヒルは思わず腕の中の少女をかばおうと、その身を屈めさせた。

 一瞬身をすくめて衝撃を待ち構えるが、

「ぐ……」

 という、呻き声だけが聞こえただけだった。

「えっ……」

「大丈夫か……」

 カズサがとっさに二人の前に回り込み、その身で拓也の攻撃を遮っていた。

「う、うん……」

 我が身を省みず二人をかばったカズサに、

「……あ、ありがとう……」

 マヒルは赤くなりながら、小さく礼を言うだけで精一杯だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ