戦争と平和10
「きたか?」
カズサはミユリを背に守り、敵の切っ先を捌きながら背後の光に目を向ける。
眩いばかりの光だ。
一心に祈るミユリの頭上の光から、四角いシルエットが現れた。
「きた! 本? 魔導書か?」
カズサは歓喜に振り返る。
そう、四角いシルエットは何かの書物のようだ。
「魔導書か? カズサ!」
敵の攻撃を受けながら、ガーゴはカズサに振り返る。
「おう! だろうな!」
その疑問に答え、更にその不利を見て加勢すべく、カズサはガーゴに襲いくる敵に剣を突き出した。
魔導書と思しき本は、徐々にその姿を表す。
「やった……」
カズサはそのミユリの儀式の成功を確信し、一瞬気を緩めてしまう。
「ガッ!」
その僅かな油断を叱責するかのように、カズサの背中でラーグラの悲鳴が響き渡った。
「ラーグラ!」
「くそったれ……」
ラーグラがその脇腹を相手の剣で貫かれていた。剣の切っ先はラーグラを突き抜け、カズサの脇で止まっている。
「お前! 俺を……」
「三度目の…… 貸しだぜ……」
ラーグラは苦しげにそう呟く。そして自らの脇腹で固定した敵の剣を、その相手の拳ごと握り締めた。
「おおおぉぉぉおおおっ!」
そのまま敵に向かって雄叫びを上げるや、残った右手で相手の喉元に剣を突き刺した。苦しげに奥歯を噛み締めると、渾身の力で前に押しやる。
「ラーグラ!」
ラーグラと敵兵は互いを串刺しにしながら、地面に重なるように倒れて動かなくなった。
「おい!」
そのあっけない最後をカズサは信じられない。思わず駆け寄ろうとしてしまう。目の前で起こったことが現実のものとは思えなかった。
敵が馬車につけた火は、林の中の下草にも飛び火していた。赤い炎を見せつけながら、皆を呑み込もうとするかのように迫ってくる。
このままいけば間違いなく、動かなくなったラーグラはその炎に焼かれることになる。
つい今さっきまで、ともに戦っていた戦友が、なす術もなく炎に焼かれる――
その現実をカズサはとっさに受け入れられない。
「くそ!」
「カズサ! ラーグラの遺志を無駄にするな! ミユリ様を守れ!」
息絶えた戦友に今にも駆け寄ろうとしているカズサに、ガーゴが敵の切っ先を避けながら叱りつける。
「遺志って……」
「カズサ! しっかりしろ!」
ガーゴに諭され、体勢を整え直したカズサに敵兵が切っ先を突きつけてきた。
導かれた魔導書は、今にもその全容を現そうとしている。
「ぐ…… この!」
カズサは背後の魔導書の気配に気をとられながらも、敵を追い払い、自らのふがいなさを叱責するかのように剣を振り回す。
「受け止めるぞ! 敵を近づけるな!」
カズサは突き出した剣を二、三度闇雲に振り回すと、振り返って光に向かって歩き出す。
「こっちだ!」
祈るミユリの前に立ったカズサは、半分程見えていた魔導書に手を伸ばす。
見慣れない文字がその表紙に見えた。
「この字は――」
カズサは息を呑む。字の雰囲気に見覚えがある。カズサの祖父が、時折書いてくれた字によく似ている。彼の持つ剣の、刀身の柄の部分にも確かに刻まれている文字だ。
「間違いない。導かれている。俺達は助かるぞ!」
閃光が一際大きく輝く。
そして――
「キャーッ!」
そしてその閃光の向こうから、少女の悲鳴が響き渡った。
「なっ! 悲鳴? 女! 人もくるのか?」
悲鳴と同時に見えた白い肌の手。その手は魔導書をしっかりと握っていた。
「――ッ!」
閃光は爆発したかのように広がり、敵味方全ての者の目が一瞬でくらむ。迫りくる炎など、比べ物にならない明るさだ。
ミユリが気を失ったかのように、突然地面に突っ伏してしまう。
そしてその瞬間――
「こい!」
カズサの呼びかけの声に応えるように、
「――ッ!」
異国の服に身を包んだ少女がその胸に飛び込んできた。