戦争と平和9
カズサは馬を降り、ミユリを幌から連れ出した。そのまま背後の林へと駆け出す。直立するかのような、真っ直ぐ伸びた幹の多い林だ。
「カズサ! どうするつもりだ?」
「あの大きな木を背にして迎え撃つ! ミユリを真ん中に、俺達三人で周りを固めよう!」
カズサはガーゴに答えつつ、ミユリの手を引いて林に分け入った。川を背にした一際大きな木に、ミユリとカズサが駆け寄る。
カズサはいざとなれば更に川の向こうに、ミユリを逃す気だろう。駆けるカズサの背中に、ガーゴはその意図を察する。
「おうよ!」
ラーグラは威勢良く応え、カズサとガーゴの後を追う。
「それと、ここで導きの儀式を行う!」
「本気か? ミユリ様にさせるつもりか?」
ガーゴは隣りを走るミユリの横顔を見た。その胸元では、日頃は姉がしている首飾りが踊っていた。
その大きすぎる首飾りは、ガーゴの目にはそのまま少女の負担そのものにも見える。
そう、その首飾りもその役割も、本来ならその姉が担うはずのものだからだ。
「ああ本気だ! 今やらないで、いつやる? ミユリ! いいな?」
「はい!」
ミユリは兄に応えて目指していた大木にたどり着くと、その幹に背を向けて膝をついた。
「導きの儀式ってのは、結局何なんだ? 俺らサーシャ様と、ミユリちゃんを守れってしか、聞いてねぇぜ!」
「ラーグラ! ミユリ様だ! 小さくとも巫女! 敬意を示せ!」
「何だよガーゴ! この間までは、おめえだってそう呼んでただろ? てか、その巫女様が何をしてくれるってんだ!」
ラーグラは身を翻し、ガーゴとともにカズサの左右を固める。ラーグラが左だ。
そのラーグラの背中で淡い光が瞬いた。光は首飾りから発している。首飾りから出た光は、空中に五芒星を描き出した。
そして正面からは、騎馬を降りた敵兵が各々得物を手に林に入り込んでくる。
敵は味方の馬車に火をつけたようだ。林の向こうの街道が、瞬く間に赤く染まっていく。
「救国の力を導くと云われている。サーシャ様や、ミユリ様の血筋にのみ現れる巫女の力だ」
「相手に神罰でも下してくれんのか?」
ガーゴとラーグラは互いに片手剣を構える。盾は二人とも持っていない。カズサと同じく剣のみで戦う形になった。
「単純な一回だけの神の御業だったことも、強力な兵器だったこともある。何が出るかは分からん」
にじり寄る敵兵に油断なく目をやりながら、ガーゴはラーグラに答えてやる。
「俺の爺様みたいに、戦士が――人が現れる可能性もある!」
「お前の爺様は強かった! だが一人二人でこの戦況は変わらんぞ、カズサ!」
敵がけん制に払ってきた剣を、ガーゴは脇に受け流しながら叫ぶ。
「だが、この不利! やるしかないだろ!」
左右の戦友がそれぞれ剣をふるい始め、カズサは己も前に剣を突き出す。けん制程度の意味合いだったその突きは、軽く相手にかわされてしまう。
「黒水晶の問題もあるぞ!」
「心配するな、ガーゴ! あれは俺が叩き割る! ミユリ!」
打ち込まれてきた敵の一撃を弾き返し、カズサは一際大きく叫び上げた。
「はい!」
ミユリが気丈に応え、静かに呪文を詠唱し出すと、五芒星の上で暖かい光が輝き出した。
「何これ?」
中庭に突如出現した光に、マヒルは驚いて目を見張る。
風が渦を巻いてマヒル達を取り巻いた。落ち葉や小さなゴミが、舞い上がりながらその光に吸い込まれていく。
「ちょ、ちょっと……」
マヒルはその光に体が吸い込まれる錯覚を覚えた。いや錯覚ではない。実際に体が見えない力で前に引き寄せられていた。
光すら吸い込んでいるかのように、その輝きの中心は時間を追うごとに明るくなっていく。
「何だよ? どうなってんだよ!」
「ちょっと…… 何? 吸い込まれるわ!」
拓也と治樹が同じく吸い込まれる力に足を踏ん張りながら叫んだ。
「な……」
マヒルは更に光に引き寄せられる。その右手が跳ね上がった。
「えっ? 何? 法律書が!」
そう、光はマヒルが手に持つ法律書に、一際反応しているようだ。その法律書に引っ張られるように、マヒルは誰よりも強い力で光に吸い込まれていく。
「ちょっと! 誰か!」
マヒルは思わず空いている左手を伸ばした。
その伸ばした左手の先に見えたのは――心底怯えた顔だった。
「川辺くん……」
マヒルは精一杯左手を伸ばす。明俊の体を掴もうと、その左手を伸ばしに伸ばした。
そして明俊の制服の裾に触れると――
「ひ……」
明俊はマヒルの左手を振り払い、近くにあった街灯にしがみついた。
「そんな……」
「まじーんじゃねーの?」
和人の声が殊更大きく中庭に鳴り響いたその瞬間――
「キャーッ!」
マヒル達は閃光に呑み込まれた。
そしてマヒルは、
「こい!」
と光の向こうから、男の声を聞いたたような気がした。