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プロローグ

ぼくは、ほら貝をもってるんだぞ――

『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング著平井正穂訳より


プロローグ


「キャーッ!」

 小柄な少女は己の叫び声に我を取り戻した。

 そう。少女は茫然自失していた。我を失っていた。

 少女は突然の光にその身を呑み込まれ、気がつけば分厚い胸板に迎えられていた。

 少女がその胸板から垣間見たのは血に滑った剣だ。

 その異常な状況に少女は声を上げた。

 胸板の持ち主は同年代の男の剣士。厚いだけではなく、熱い胸板の持ち主だった。

「……」

 剣士は何か言うと少女を己の背後に隠した。

 少女はその背中越しに周囲を恐る恐る窺う。手に持っていた分厚い本を無意識にぎゅっと握り締めた。

 だが少女は今自分が置かれている状況が理解できない。

 燃え上がる下草。熱に煽られる木々のざわめき。熱気とともに届けられるその焦げ臭さと、青臭さの混じった空気。

 何よりも手に手に武器を持つ者達の殺気立った視線。

 その異様な雰囲気。

 全てがこの小柄の少女には分からない。

 何故自分が今ここに居るのか? 何故このような光景が目の前で展開しているのか?

 何故甲冑に身を固めた人間達が、この森で殺し合いをしているのか理解できない。

 そう。まるで中世の兵士達が、敵味方に分かれて戦っているかの様な――戦場のような光景なのだ。

 少女を守る側二名。それをとり囲んでいる敵が数名。

 そして地に伏している物言わぬ者が更に数名――そんな戦場だ。

「はっ!」

 少女を受け止めた剣士が、一際大きな気合いを放った。

 同時に両手に持った剣を一閃する。彼はやはり剣士のようだ。剣士という職業が未だにあるとすればの話だが。

 彼は一人だけかなり軽装だった。両手の剣に腰当て程度の武装しかしていない。皆が片手剣を持ち、鎧に身を固める中でそれは一人異質な剣士だった。

 剣士は相手の甲冑の脇から、その隙間に剣を突き出した。

「ひぃ……」

 そして相手甲冑の下から流れ出す血を見て少女は息を呑む。

「大丈夫か?」

 甲冑の敵兵を倒した剣士は、己の剣を引き抜く為に乱暴に相手を足の裏で蹴り飛ばした。相手はなす術もなく後ろに倒れていく。

 どう見ても死んでいる。

「キャーッ!」

 少女はその様子に声の限り悲鳴を上げた。

 血に滑った剣を片手に、剣士は突如現れた少女に近づく。

「落ち着け…… 俺は……」

「いや…… こないで……」

「落ち着け! 俺は味方だ!」

 その言葉と同時に血に滑った剣が陽光に輝いた。

「ひっ!」

 その光に少女は更に悲鳴を上げる。

「イヤッ! 何が味方よ? 何なのよこれ!」

「味方だって! 俺達がお前を――」

「何を言ってるの? これは! これは――犯罪よ!」

 少女はその言葉とともに、握り締めていた分厚い本を前に突き出した。

「魔導書か? それで奴らを――」

 剣士がその分厚い本を見て気色に頬を緩める。

「何の話よ! ふざけないで! これは立派な刑法違反なのよ! 傷害なのよ!」

 少女はそう叫び上げると、その分厚い本を勢いよくめくり始めた。その表紙に一瞬垣間見えたのは『六法』の二文字だ。

 討ちかかってくる敵を振り向き様に両手剣で弾き返し、剣士が声の限り叫び上げる。

「何だ? 何を言っている! 魔導書だろ? それでやつらを!」

「違うわ! 法律書よ! そしてこれは犯罪よ――」

 少女は本のページをめくり終えるや否や、

「日本国憲法刑法第二百四条――傷害! 『人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する』!」

 呪文のような一文を唱え上げた。

「――ッ!」

 その場の全ての人間が雷に打たれたかのように身を一瞬で硬直させた。

「ぐは……」

 剣士は内なるダメージに耐え、ぼやける視界で魔導書と敵味方を見比べた。見れば敵味方の兵士は皆、その場で膝をついている。

 皆の様子を確かめた剣士は、

「間違いない――魔導書だ……」

 少女の手の中の本を見てそっとそう呟いた。


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