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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
泥を纏いし毒味の下女

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泥の下の素顔と、執政官の焦燥

 静まり返った皇帝の寝所に、追い詰められた侍医長の震える声だけが虚しく響いていた。


「な、何かの間違いです! 陛下、そこの下女は怪しい妖術を使って陛下を惑わして……っ!」

「見苦しいぞ、侍医長」


 叡明エイメイ様の冷徹な一喝が、重苦しい空気を鋭い刃のように切り裂いた。

 

 彼は近衛兵に取り押さえられた侍医長の懐を容赦なく探り、一本の極細針と、見慣れぬ黒い薬瓶を乱暴に引っ張り出す。


「この針……。獄中の女官を口封じした『紅蜘蛛べにぐも』のものと同じだな? 吐け。貴様を操り、陛下を緩やかな死へと追いやったのは誰だ」


 皇帝の本来の威厳を取り戻した射抜くような眼光と、叡明様の絶対零度の威圧感。

 完全に逃げ場を失った侍医長は、がっくりと床に膝をつき、絶望に染まった顔で絞り出すように呟いた。


「……あ、あのお方には、逆らえぬ。……『東の宮』の主、王太后様だ……!」


 その名は、後宮に激震を走らせる呪文のようだった。

 

 皇帝の生母であり、宮廷の最高権力者の一人。

 

 最大の黒幕の名前が明かされ、寝室にいる全員に凄まじい衝撃が走る中。

 私はふと、自分自身の顔に起きた『ある致命的な異変』に気づいた。


(……あ、やばい。汗で、浮いてる)


 先ほど近衛兵がなだれ込んできた際、咄嗟に身を躱した衝撃で、深く被っていた手拭いが緩んでいた。

 

 さらに、無理やり体を温められていた龍天宮のむせ返るような熱気と、私が持参した熱い翡翠スープの湯気のせいで、肌を汚していた「泥の化粧」が、汗とともにボロボロと剥がれ落ちていたのだ。


「……ん? 凛花、お前……」


 隣に立っていた叡明様が、ふと私の顔を覗き込み、そのまま言葉を失って固まった。

 

 煤けて野暮ったかったはずの肌の下から現れたのは、磨き上げられた白磁のように滑らかで、月光を反射するほどに透き通った白い素肌。

 そして、わざと濁らせていた瞳は、今は夜空に輝く星のように、凛とした理知の光を放っている。


「……其方、本当にただの下女か?」


 皇帝までもが、その目に明らかな驚愕と、ある種の『熱』を浮かべ、私の顔を凝視した。

 

 暗い寝所の中、黄金の燭台の光が私の「真実の顔」を鮮やかに照らし出してしまう。

 

 それは、後宮で着飾るどの妃よりも気高く、同時に猛毒の知識を秘めた魔性すら感じさせるかおだった。


「ひっ……!」


 私は慌てて泥のついた手で前髪を下ろし、顔を隠そうとしたが、もう遅い。

 

 叡明様は一瞬、時間が止まったかのような顔で私を見つめていたが、皇帝の眼差しの意味に気づいた瞬間、我に返ったように自身の官服の広い袖を翻し、私の肩を乱暴なほど強く抱き寄せた。


「……陛下! この娘は、毒の調査のためにわざと醜い変装をさせていたのです。これ以上顔を見られることは、彼女の身の危険に繋がります。……失礼!」

「お、おい、叡明! 待て、余はまだその娘の素性を……」

「これ以上の拝謁は、彼女の命に関わります! 侍医長の身柄は高星コウセイに預けます。我らはこれにて!!」


 叡明様は、文官とは思えない驚くべき力で私を軽々と横抱きにすると、皇帝の呼び止める声も完全に無視して、龍天宮を風のように飛び出した。


 深夜の回廊を、全速力で駆け抜ける。

 

 私の顔を隠すように押し付けられた彼の厚い胸板から、ドクンドクンと、平時の彼からは想像もできないほど激しく速い鼓動が伝わってきた。


「……叡明様、苦しいです。あと、バレちゃいましたね」


 人気のない庭園の暗がりまで辿り着いたところで、彼はようやく私を地面に下ろした。

 

 月光の下、私を見下ろす叡明様の顔は、怒っているのか、あるいはひどく焦燥しているのか……とにかく、あの完璧な天女の微笑みはどこにもなかった。


「……お前、あの顔は劇薬だ。……陛下が、あんな『男の顔』で女を見るのを初めて見たぞ」

「だから言ったじゃないですか。面倒なことになるって。私は一生、ただの冴えない石ころでいたいんです」

「……ああ、面倒だ。最高に面倒なことになった。……もう、お前を誰の目にも触れさせたくない」


 叡明様は、剥がれかけた私の変装の残骸を、愛おしそうに、けれど底知れない独占欲の混じった自身の指先でそっと拭った。


「王太后が黒幕だと判明した以上、明日から本当の地獄が始まる。……凛花。もうジャガイモ剥きには絶対に戻さん。……私の隣で、この国の毒を全部喰らい尽くしてくれ」


 私は、月の下で熱を孕んだ瞳を向ける美貌の執政官を見上げ、観念したように肩をすくめた。


「……分かりましたよ。でも、次は最高級の『化粧落とし』も経費で落としてくださいね、叡明様。明苺メイメイとの約束の特製お茶菓子も、絶対に忘れないでくださいよ?」

第1章が終わりとなります。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


まずは後宮での凛花の「通常運転(?)」をお届けしましたが、

第2章からは後宮のドロドロとした事件、そして……凛花を追う「新たな影」が忍び寄ってきます。


ここからさらに物語が大きく動いていきますので、もしよろしければブックマークやリアクションで凛花たちの今後の活躍を応援してもらえると嬉しいです。


第2章もどうぞお楽しみに!

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