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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
泥を纏いし毒味の聖女
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黄金の檻と、眠れる龍の違和感

芙蓉フヨウ妃を救った功績は、静かな湖面に投じられた巨石のように、後宮の深部にまで波紋を広げていた。

数日後、私は叡明エイメイ様に連れられ、後宮のさらに奥、皇帝の住まう「龍天宮りゅうてんきゅう」の門をくぐった。


「いいか、凛花。陛下にお会いする間、余計なことは口にするな。……お前のその『毒舌』が陛下に向けられたら、私の権力でも首が繋がっているか保証できん」


「分かってますよ、叡明様。私はただの石ころ。空気になって座っているだけです」


私はいつものように、すすで汚した顔を伏せ、猫背になって歩いた。

だが、私の鼻は、龍天宮に漂う独特の匂いを敏感に捉えていた。

最高級の沈香の香りの裏に潜む、わずかに焦げた肉のような、重苦しい脂の匂い。


そして、死期を悟った獣が放つような、濃密な死の淀み。


謁見の間。

黄金のとばりの向こう側に座る皇帝は、まだ四十代だというのに、その声にはひどく張りがなかった。


「……面を上げよ。其方が、芙蓉の命を救ったという下女か」


促されて顔を上げ、盗み見るように陛下を視界に入れる。

黄金の衣に身を包んだ皇帝。だが、その顔色は土色に近く、指先は微かに震えている。


「……もったいなきお言葉にございます」


私が型通りの挨拶を述べている間、叡明様は皇帝と政務の話を始めた。

だが、私の注意は別のところに向いていた。


陛下の傍らで、うやうやしく茶を煎じている一人の老官。

彼が淹れているのは、万病に効くとされる「霊芝れいし」の茶だ。


(……おかしいわね)


老官が茶を運ぶ際、その袖から一瞬だけ、強い「獣の匂い」がした。

そして何より、陛下がその茶を口にした瞬間、首筋に浮かび上がった血管の色が――。


(紫……? 毒じゃない。これは、過剰な『活力』だわ)


拝謁を終え、廊下に出るなり、私は隣を歩く叡明様の袖をぐいと引いた。

人気のない回廊の陰に彼を引きずり込む。


「……叡明様。陛下、あと半年も持ちませんよ」


「――!? 貴様、何を……!」


叡明様は慌てて周囲を見渡し、私の腕を掴んで柱の影に押し込んだ。

その瞳には、恐怖に近い動揺が走っている。


「滅多なことを言うな! 陛下はただの過労だと御典医は言っている。霊芝の茶も毎日飲まれているのだぞ」


「それが一番の問題なんです。あの茶、霊芝だけじゃありません。あれは『虎狼根ころうこん』を混ぜて煮詰めたものです」


「虎狼根だと……? それは、戦場で死にかけた兵に飲ませる、命を前借りするような劇薬ではないか」


「ええ。体を無理やり温め、一時的に活力を与えますが、最後には心臓を焼き尽くす。陛下が感じている『疲れ』は、病気じゃない。無理やり体を燃やされ続けている反動です。……あれを献じている老官、誰ですか?」


叡明様の瞳に、射抜くような殺気が宿った。


「……あ奴は、先代から仕える侍医長だ。……凛花、お前の見立てが正しければ、宮廷の『毒虫』は、陛下のすぐ隣に巣食っていることになるぞ」


「ええ。しかも、あれは『毒殺』じゃありません。陛下を『元気に見せかけたまま殺す』という、最も悪趣味な延命のふりをした暗殺です」


私は、龍天宮の方角を振り返った。黄金の輝きに満ちたあの場所は、今や巨大な香炉のように、一人の龍をじわじわと燻り殺そうとしている。


「……叡明様。私、ジャガイモを剥いている場合じゃなくなりましたね」


「……ああ。今夜から、陛下の『裏の毒味役』も兼任してもらう。……いいな?」


「五倍の給金。……それと、明苺(メイメイ)にも何かいい菓子を。それで手を打ちましょう」


私は不敵に笑い、懐に忍ばせていた「解毒」のスパイスを指で転がした。

侍医長という巨大な壁。だが、毒を愛する私にとって、それは最高に「食いがい」のある獲物だった。

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