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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
泥を纏いし毒味の聖女

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6/32

下女の休息と、毒入り(?)の差し入れ

後宮の片隅、下女たちの共同洗い場。

そこは、宮中のあらゆる噂話が洗濯板の音と共に揉み出される、社交場という名の戦場だった。


「ねえ凛花、あんた本当に大丈夫なの? あの冷徹な叡明様の専属になんてなっちゃって」


隣でシーツを力任せに絞りながら声をかけてきたのは、同期の下女、明苺(メイメイ)だった。

彼女は、凛花がこの後宮で唯一、適当な世間話を交わす「友人」と呼べる存在だ。


「……大丈夫に見える? 毎日、難解な毒のクイズを出されてる気分よ」


凛花は、わざと野暮ったく垂らした前髪の隙間から、溜息を吐き出した。

今の彼女は、叡明様の「お気に入り」として、他の下女たちから遠巻きにされ、嫉妬と好奇の視線に晒されている。だが明苺だけは、以前と変わらず、少しの同情と多大な興味を持って接してくれた。


「噂じゃ、叡明様の夜伽よとぎをしてるんじゃないかって持ちきりよ。あんた、あんなに地味なのに、実はすごいテクニックがあるんじゃないかって」


「……どんなテクニックよ。私はただ、あの人の好みに合わせて毒……じゃなくて、スパイスを調合してるだけ」


「ふーん。まあ、あんたが元気ならいいけど。はい、これ。実家から届いた干し肉。あんた、最近まともに食べてないんでしょ?」


明苺が差し出してきた包みを、凛花は鼻先で嗅いだ。

瞬間、彼女の瞳に職業病的な鋭さが宿る。


(……この乾燥具合。それに、この微かな酸味。……あぁ、これ、『痺れ草』の汁に浸けてから干してるわね。保存性を高めるためだろうけど、このまま食べたら一時間は舌が動かなくなるわ)


「……明苺。これ、どこで買ったの?」


「え? 故郷の市場だけど、それがどうかした?」


「……ううん。これね、少し炙ってから、この『特製の薬味』をかけると絶品になるのよ」


凛花は懐から、怪しい小瓶(中身はただの胃薬とスパイスの混合物)を取り出した。


「あんた、また変な薬作ってるの? 本当に毒マニアなんだから……」


呆れる明苺。だが、凛花がその干し肉を丁寧に炙り、独特の香りが漂い始めると、周囲の下女たちも思わず鼻をひくつかせた。

 

「……美味しい」


明苺が目を輝かせて肉を頬張る。

凛花にとって、こうした何気ない時間が、本来彼女が求めていた「ジャガイモ剥き」の延長線上にある平穏だった。

叡明様とのヒリヒリした夜も、皇帝を巡る陰謀も、ここでは遠い国の出来事のように思える。


「凛花。あんたがどんなに偉くなっても、私はあんたを『ジャガイモの凛花』だと思ってるからね」


「……ありがとう、明苺。私も、そうありたいと思ってるわ」


だが、その穏やかな時間は、廊下を駆けてくる高星コウセイ様の足音によって無惨に打ち砕かれる。


「凛花さん! ここにいましたか! 叡明様がお呼びです。……急いでください、皇帝陛下への拝謁が決まりました!」


洗い場に、冷ややかな沈黙と、下女たちの悲鳴に近いどよめきが走った。

明苺が、口を開けて呆然と凛花を見つめる。


「……陛下に拝謁!? 凛花、あんた……本当にどこまで行っちゃうのよ」


「……行きたくて行くんじゃないわよ。はぁ、私の洗濯物が……」


凛花は濡れた手をエプロンで拭い、明苺に一欠片の肉を握らせると、戦場へ戻る戦士のような、ひどく疲れ切った背中で高星様の後を追った。


日常の扉が閉まり、再び「黄金の檻」の奥深くへと引き戻されていく。

だが、明苺から貰った干し肉の味が、彼女の口の中に微かな勇気を残していた。

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