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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
凍れる花と籠抜けの小鳥

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33/37

暗闇の文通と、向かいの牢の泣き声

太陽の光が一切届かない地下牢では、「時間」という概念がひどく曖昧になる。


朝が来たのか、夜が更けたのか。

外の世界では雨が降っているのか、それとも星が輝いているのか。

分厚い石壁と鉄格子に囲まれたこの空間では、季節の移ろいさえも知ることはできない。


唯一の時計代わりとなるのは、一日に一度、無愛想な下働きが運んでくる「食事」の時間だけだった。


(……今日の粥には、微かに『葛根かっこん』と『麻黄まおう』の風味が混ざっている)


私は、冷え切った薄い塩粥をゆっくりと口に含みながら、その奥に隠されたお母様――明霞メイカからのメッセージを解読していた。

葛根と麻黄。それは、急激な悪寒や高熱を伴う病から身を守るための、強い発汗作用を持つ生薬の組み合わせだ。


黒蓮こくれんの連中は今日、お母様に「高熱で脳を焼き切る毒」を作らせて、その毒味をさせたのね。……でも、お母様はそれに耐える完璧な解毒剤を、事前にちゃんと飲んでいる)


私は安堵の息を吐き、粥を飲み込んだ。

捕らえられてから、いったい幾日が過ぎたのだろう。


お母様は毎日、恐ろしい毒を飲まされながらも、その圧倒的な薬学の知識で密かに解毒を行い、

私に届けられる食事の『味(わずかな解毒剤の残り香)』を通して「私は無事よ」と伝え続けてくれていた。


この「味覚の手紙」を受け取る瞬間だけが、私がこの地獄で正気を保つための唯一の命綱だった。


だが、食事が終わってしまえば、あとはまた、果てしない暗闇と静寂が待っているだけだ。

私は空になった木盆を鉄格子の前に押しやると、冷たい石の床に膝を抱えて座り込んだ。


狭い牢獄。私が自由に動けるのは、わずか数歩の空間だけ。

鉄格子の向こう側には、松明の薄暗い炎に照らされた、カビ臭い石造りの通路が続いている。


私は毎日、毎日、その通路をただぼんやりと眺めて過ごしていた。

誰かが通るわけでもない。


ただ、炎の揺らめきが石の壁に作る影の形を数えたり、水滴が落ちる音の規則性を探したりして、

押し潰されそうになる孤独を必死に誤魔化していた。


(……お母様に会いたい。お父様に……会いたいよ)


解毒剤の味で無事を知ることはできても、直接声を聞くことも、その温かい手に触れることもできない。

私はまだ、親の庇護が必要な幼い子供だった。


暗闇の中で一人ぼっちでいると、ふとした瞬間に、お父様が最後に私に向けてくれた笑顔や、

お母様と一緒にジャガイモを剥いた温かい厨房の記憶が、毒のように私の心を蝕み、

とめどない涙となって溢れ出してしまうのだ。


――そんな、音のない絶望の日々が、永遠に続くかと思われたある日のことだった。


ガチャンッ!

キーーーッ……。


突然、通路の奥から、重い鉄の扉が開くけたたましい金属音が響いた。

食事の時間ではない。私はハッとして顔を上げ、鉄格子にすがりつくようにして通路の奥を凝視した。


「歩け! ぐずぐずするな!」

「ひっ……! 嫌だ、放してっ、お母ちゃんっ……!」


男の野太い怒声と共に、幼い少女の甲高い悲鳴が地下牢に響き渡った。


松明の明かりの中に浮かび上がったのは、黒蓮の男に腕を乱暴に掴まれ、

引きずられるようにして歩かされている、一人の少女の姿だった。


私と同じか、少し下くらいの背丈だろうか。


泥と埃で汚れきってはいるが、彼女が着ている着物は、庶民の娘が着るような麻布ではなく、

赤や黄色など、ひどく派手で艶やかな絹の織物だった。


「うるさいガキだ。お前は今日から、我が黒蓮の『商品』になるための仕込みを受けるんだ。……大人しくしていれば、そのうち美味い飯が食えるようになる」


「嫌だああっ! お家に帰してっ! 助けてぇっ!」


男は少女の抵抗など意に介さず、私の牢屋のちょうど『向かい側』にある、空き部屋だった牢の鍵を乱暴に開けた。


そして、泣き叫ぶ少女を、まるで不要な荷物でも投げ捨てるかのように、

冷たい石の床へと蹴り飛ばした。


「……っ、あうっ!」

「少しの間、そこで頭を冷やしておけ。騒げば舌を引き抜くぞ」


ガシャン! と、無情にも鉄格子が閉められ、鍵がかけられる。

男の足音が通路の奥へと消えていくと、地下牢には再び、重く冷たい静寂が降りてきた。


……いや、完全な静寂ではなかった。


向かいの牢屋から、ヒック、ヒックという、

押し殺したような小さな嗚咽が絶え間なく聞こえてくるのだ。


(……私と、同じくらいの女の子)


私は鉄格子に顔を押し当て、薄暗い向かいの牢を見つめた。


床にうずくまり、派手な着物の袖で顔を覆って震えるその小さな背中は、

この地下牢に放り込まれた初日の、どうしようもない絶望に打ちひしがれていた私の姿そのものだった。


「……お母ちゃん……こわいよぉ……だれか、たすけて……」


少女の震える声が、暗闇の中に溶けていく。

その泣き声を聞いていると、私自身の胸の奥までが、ギリギリと締め付けられるように痛んだ。


ここで泣き続けていれば、心はあっという間に闇に飲まれて壊れてしまう。

私には、お母様からの『味の手紙』があったからこそ、辛うじて自我を保つことができている。


だが、突然理不尽に連れ去られてきた彼女には、すがりつく希望すら何もないのだ。


(……可哀想に。あのままじゃ、心が死んでしまう)


私は一つ、大きく深呼吸をした。

黒蓮の監視の目は怖い。けれど、目の前で自分と同じように絶望し、

震えている女の子を、どうしても見捨てることはできなかった。


(……ずっと誰とも言葉を交わしていない。うまく声が出るだろうか。)


私は、震える声を振り絞り、暗闇の向こう側に向かって、そっと呼びかけた。


「……ねえ」


ひどく掠れた声だったけれど、それでも構わず言葉を続ける。


「……泣かないで。泣いたら、余計に喉が渇いて、苦しくなっちゃうよ」


私の声が響いた瞬間。

向かいの牢の中で丸まっていた少女の嗚咽が、ピタリと止まった。

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