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毒味の下女は、素顔を隠して毒を喰らう  作者: 夜空
黄金の繭(まゆ)と蛇の晩餐会
25/31

偽りの霊薬と、遅れてきた執政官

東の宮の最奥、王太后が引きこもっている離れには、むせ返るような甘い香りが充満していた。

私は高星コウセイ様の制止を振り切り、半ば強引にその部屋の扉を開け放った。


「……何者だ。ここは霊薬師たる我らの祈祷の間であるぞ」


薄暗い部屋の中央。

香炉を囲むようにして座っていた数人の『薬売り』たちが、胡散臭い頭巾の奥から鋭い視線を向けてきた。

部屋の奥の御簾みすの向こうからは、王太后の荒い呼吸音が聞こえる。

どうやら彼女は恐怖で衰弱しきっており、今は眠らされているらしい。


「祈祷? 笑わせないでください」


私は香炉に歩み寄り、立ち上る煙を手のひらで軽く仰いで嗅いだ。


「ただの『白睡蓮しろすいれん』の麻薬成分と、『はす』の香りを混ぜただけの粗悪な鎮静剤じゃないですか。……王太后様の恐怖心を麻痺させて、解毒できたと錯覚させているだけ。一週間も吸い続ければ、胃に穴が開いて死にますよ」


私の言葉に、薬売りたちの空気が一変した。

宗教的な静けさが消え去り、むき出しの『殺気』が部屋を支配する。


「……ほう。ただの下女にしては、ずいぶんと鼻が利く。さては貴様が、例の『毒味役』か」


薬売りの一人が立ち上がり、懐からギラリと光る歪な刃を取り出した。

その刃の表面には、ねっとりとした緑色の液体――ツンと鼻を突く青臭い匂い。


間違いない、『青崩草あおくずれそう』を煮詰めた即効性の痺れ毒だ。


(……少し舐めて味を確かめてみたい気もするけれど、今はそれどころじゃないわね)


「解毒薬の調合は後回しだ。蓮夜レンヤ様より、貴様の身柄を最優先で確保するよう命じられている。……大人しくついて来い、黒蓮の姫君」


男たちがじりじりと距離を詰めてくる。

毒の知識なら負けないが、私は腕っぷしに関してはただのジャガイモ剥き係だ。

囲まれれば抵抗する術はない。


だが、私の心に不思議と恐怖はなかった。

なぜなら、私がここに乗り込んだ時点で、あの『過保護な男』が黙っているはずがないと知っていたからだ。


「……誰に断って、私の毒味役に刃を向けている」


ドォン!! と、部屋の重い扉が蹴り破られた。

逆光を背負って立っていたのは、抜き身の長剣を下げた叡明エイメイ様だった。


その整った顔は夜叉のように冷たく、圧倒的な怒りに支配されている。


「え、叡明様……! どうしてここに」


「お前が部屋から消えた痕跡を見つけて、私が大人しく待っていると思ったか、この馬鹿者が」


叡明様は私の前に颯爽と立ち塞がると、剣の切っ先を薬売りたちに突きつけた。


「相手は暗殺一族の末端です! 刃に毒が……!」

「案ずるな。触れさせもしない」


叡明様が地を蹴った。


次の瞬間、瞬きする間もなく銀閃が走り、男たちの手から毒刃が次々と弾き飛ばされた。

圧倒的な剣技。ただの文官である執政官が見せていい動きではない。


暗殺者たちすら反応しきれず、あっという間に全員が床に組み伏せられてしまった。


「……高星! こいつらを地下牢へ放り込め。一人残らず吐かせる」


遅れて駆けつけた近衛兵たちが男たちを引き立てていく中、叡明様は剣を鞘に納め、私を振り返った。

そして、私の腕を強く掴み、そのまま自らの胸の中にきつく抱き込んだ。


「……っ、叡明様、苦しっ……」


「これ以上、私の寿命を縮めさせるな。……お前が一人で毒の罠を見抜けることは分かっている。だが、物理的な暴力の前ではお前はただの小娘だろうが」


怒っているはずなのに、私を抱きしめるその腕はかすかに震えていた。

甘い蓮の香りが充満する不気味な部屋の中で、彼の体温と、微かに香る沈香の匂いだけが、

私を現実の光の中に繋ぎ止めてくれている気がした。


「……ごめんなさい。でも、これで王太后様の『偽の希望』は完全に断ち切れましたよ」


私は叡明様の腕の中で、奥の御簾を見つめた。


黒蓮の刺客は排除した。

残るは、自らの恐怖に食い破られようとしている王太后への『最後の仕上げ』だけだ。

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