下女の噂話と、忍び寄る「偽物」
叡明様の重すぎる「軟禁」から数日後。
私は『高星様が常に視界に入る範囲で護衛すること』という厳重な条件付きで、
ようやく後宮の下働きの場に顔を出す許可をもらった。
「ちょっと凛花! あんた、ずっと執政官様のお部屋に引きこもって……ついにそこまで上り詰めたのね! 掃除係から一気に玉の輿じゃない!」
洗い場で私を見つけるなり、明苺が濡れた手のまま飛びついてきた。
周囲の下女たちも、遠巻きにこちらをヒソヒソと見ながら顔を赤らめている。
どうやら後宮では「毒味役の下女が、あの冷徹な執政官を夜な夜な骨抜きにしている」という、
とんでもない噂が定着してしまっているらしい。
「誤解よ、明苺。……私はただ、命を狙われているから匿われているだけで、玉の輿どころか、息の詰まる鳥籠に入れられてる気分よ」
「はぁ? あの絶世の美丈夫の部屋が鳥籠だなんて、贅沢なこと言ってると天罰が下るわよ。……でも、命を狙われてるって、やっぱり東の宮(王太后)の仕業?」
明苺が声を潜め、辺りをキョロキョロと見渡した。
「実はね、ここ数日、後宮の門を妙な連中が出入りしてるのよ。目深に頭巾を被った、怪しげな『薬売り』の集団」
「……薬売り?」
「ええ。王太后様が、最近原因不明の『病』に怯えていて、宮廷の御典医たちを全員クビにしちゃったらしいの。それで、外部から『どんな猛毒も消し去る万能の解毒薬』を持った霊薬師を招き入れたんだって」
私は、手の中で洗っていた布をピタリと止めた。
(……万能の解毒薬、ね)
王太后は、私が宣告した『月長花の蜜』の発症――一ヶ月後の死の恐怖に完全に正気を失い、
藁にもすがる思いで外部の怪しい人間にまで手を出したのだ。
だが、あの毒の調合は私の一族の秘伝のさらに独自アレンジ。
そこら辺の薬売りが解毒できるはずがない。
「ねえ凛花、その後宮に入り込んだ薬売りなんだけど……」
明苺が、さらに顔を近づけて囁いた。
「なんだか、薬と一緒に『奇妙な香』を焚いているらしくて。その匂いを嗅いだ女官たちが、次々と高熱を出して倒れてるのよ。……甘くて、頭がクラクラするような『蓮』の香りらしいんだけど」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
普通の薬売りではない。いや、薬売りですらない。
それは間違いなく、兄・蓮夜の差し金――『黒蓮』の息がかかった毒使いたちだ。
「明苺、その薬売りは今どこに?」
「え? 東の宮の離れに滞在してるはずだけど……」
王太后の恐怖につけ込み、後宮の中枢にまで堂々と毒使いを送り込んできた兄。
彼らは「解毒薬」という餌で王太后を操り、私を誘き出そうとしているのだ。
「……高星様」
私は、少し離れた場所で護衛をしていた高星様を呼んだ。
「はい、凛花さん。まさか、東の宮に乗り込むなんて言いませんよね?」
「乗り込みますよ。……私が調合した(オリジナル)の毒を、勝手に『解毒できる』なんて吹聴する詐欺師を、料理人として放っておくわけにはいきませんからね」
私は、不敵に笑って見せた。
兄の罠だと分かっていても、受けて立つしかない。
なぜなら私には、彼らの毒をすべて「美味しく」平らげる絶対の自信があるのだから。




