皇帝の裁定と、許されざる「道具」
叡明様の私室に軟禁されて二日目の朝。
固く閉ざされていた扉を叩いたのは、いつもの宦官ではなく、皇帝直属の近衛騎士だった。
「凛花。……陛下がお呼びだ」
叡明様の顔は苦渋に満ちていた。
いくら執政官といえど、皇帝の召喚を拒むことはできない。
彼は私の手首を掴むと、耳元で「私がついている。何も恐れるな」と、私よりも自分に言い聞かせるような低い声で囁いた。
謁見の間。
そこには皇帝陛下と、証人として昨夜の宴に居合わせた数人の重臣だけがいた。
「凛花。……昨夜、あの男が言ったことは真実か。其方は、暗殺一族『黒蓮』の娘なのか」
陛下の問いは静かだったが、その瞳には一国の主としての威厳があった。
私は、叡明様の制止の手を振り切り、陛下の前で深く頭を下げた。
「……はい。私が、家出した黒蓮の令嬢であることは、紛れもない事実です」
周囲の重臣たちが息を呑み、殺気立つ。だが、私は言葉を続けた。
「私が陛下を救ったのは、一族の命令でも、何かの陰謀でもありません。ただ、不味い毒で陛下が苦しんでいるのが、料理人として我慢ならなかっただけです」
「……不味い、か」
陛下は一瞬呆気にとられたように私を見、それから声を立てて笑った。
「叡明。其方の言う通り、この娘は救いようのない『バケモノ』だな。……良い、凛花。もし其方が一族の意思で動いているなら、わざわざ自分の正体を明かしてまで、敵の毒を飲み干す真似はせぬだろう」
陛下は立ち上がり、並み居る重臣たちを見渡した。
「凛花の正体については、この場にいる者以外、口外することを固く禁ずる。もし漏らした者がいれば、一族郎党、相応の処置を覚悟せよ。……凛花のその知識は、今後も余とこの国の盾として役に立つ。――お咎めなし、だ」
その場にいた全員が平伏した。
凛花という「猛毒の刃」を、皇帝が正式に「自分の道具」として認め、守ることを宣言した瞬間だった。
――帰り道。叡明様の足取りは、いつになく重かった。
「……陛下は、お前を『盾』だと言った。だがな、凛花。私にとってお前は、盾でも道具でもない」
「叡明様……?」
「忘れるな。お前は私の毒味役で、私の……」
肩に食い込む彼の指先が、微かに震えていた。
言葉を飲み込み、彼は私の肩を強く抱き寄せた。
公認されたことで、むしろ叡明様の「自分だけのものにしておきたい」という独占欲が、焦燥と共に深まっていくのが分かった。




