甘い勘違いと、猛毒の後の熱熱(ねつ)
東の宮の冷たい地下牢。
重い鉄格子が開かれると、部屋の隅で身を寄せ合って震えていた明苺が、弾かれたように顔を上げた。
「……凛花!?」
「明苺……! よかった、怪我はない?」
私が駆け寄ると、彼女は泣きじゃくりながら私に抱きついてきた。
無事を確認した瞬間、私の中で張り詰めていた「怒り」と「強がり」の糸が、プツリと音を立てて切れた。
同時に、体内に抑え込んでいた鴆の毒の熱が、一気に全身の血を沸騰させるように逆流してきた。
「あっ……」
視界がぐらりと揺れ、膝の力が抜ける。冷たい石の床に倒れ込む――そう覚悟した瞬間、力強い腕が私の腰を抱き留め、ふわりと宙に浮き上がらせた。
「……よくやった。あとは私に任せろ、凛花」
私を横抱きにしたのは、誰あろう叡明様だった。
その整った顔には、怒りよりも深い安堵と、隠しきれない焦燥が浮かんでいる。
だが、その光景を至近距離で見た明苺は、涙を引っ込めて目をまん丸に見開いた。
「えっ……? ちょ、ちょっと凛花!? あんた、執政官様にそんなお姫様抱っこされて……ええっ!? いつからそんな関係に!?」
「ちがっ……これは、ただの労災で……」
私がかすれる声で否定しようとするが、叡明様は全く気にする素振りも見せず、むしろ私を胸元に深く抱き直した。
「高星。この下女を安全な場所へ。……私は、凛花を私の私室へ運ぶ。絶対安静だ。誰一人通すな」
「は、はいっ! さあ、明苺さん、僕たちはお邪魔しないように……」
「お、お邪魔!? いや、でも凛花が……! ぁあ、でもあの叡明様の目、完全に『俺の女』って顔してるわ……! 凛花、あんた出世したわね……!」
高星様に背中を押されながら、明苺がものすごい勘違いをしたままフェードアウトしていく。
誤解を解く気力もなく、私は叡明様の胸の中で、毒の熱に意識を沈めていった。
――再び目を覚ました時、私はふかふかの寝台の上にいた。
見慣れぬ天蓋。そして、微かに香る高価な沈香の匂い。
ここは間違いなく、叡明様の私室だ。
「……気づいたか、馬鹿者」
寝台の傍らで、叡明様が私の手を両手で強く握りしめていた。
いつもは隙のない彼の髪が、ひどく乱れている。
額には疲労の色が濃く、どうやら私が眠っている間、ずっとこうして看病してくれていたらしい。
「……叡明、様。お水、ください。喉が焼けるように痛いです」
「自業自得だ。……鴆の羽など、いくらお前でも致死量ギリギリだったのだぞ」
口では厳しいことを言いながらも、彼は水差しから杯に水を注ぎ、私の背中をそっと支え起こして、自らの手で私の唇に杯を傾けてくれた。
冷たい水が、火のついた喉を潤していく。
「……ありがとうございます。でも、王太后の顔、見ものでしたよ。明苺も無事でしたし……」
「笑い事ではない!」
叡明様が、杯を乱暴に卓に置き、私の肩を掴んだ。
その声の震えに、私は思わず目を見開く。
「……私がお前を護ると言ったのに。お前は私を置いて、一人で死地に飛び込んだ。……あの冷酷な王太后の目の前で毒を喰らうお前を見た時、私の心臓がどれほど冷え切ったか、お前に分かるか」
トクン、と私の心臓が鴆の毒とは違う理由で大きく跳ねた。
「……」
「もう二度と、私の目の前で毒など食らうな。……お前のその命は、もはやお前一人のものではないのだ」
彼はそのまま、私の肩に顔を埋めるようにして、深く重い息を吐いた。
肩に触れる彼の髪がくすぐったい。
そして、私を握る彼の手の熱さが、鴆の毒の熱よりも、ずっと私の心臓を激しく叩いていた。
私は、その不器用で重たい独占欲から逃れるように、わざとらしく視線を逸らした。
「……分かりました。でも、次に毒を食らう時は、ちゃんと叡明様に『毒味の感想』を共有しますから」
「……お前という奴は、本当に可愛げがないな」
呆れたような彼の溜息が、夜の静寂に溶けていく。
だけど、繋がれた手は、朝が来るまで決して離されることはなかった。




