毒の熱情、親友の不在
「凛花!! 無事か!!」
東の宮の静寂を打ち破り、叡明様が飛び込んできた。
彼は、毒の影響で顔を紅潮させ、うっとりと空を見上げている私の姿を見て、
その端正な顔を絶望に歪ませた。
「……遅かったか! 王太后、貴様、陛下を救った功臣に何を――」
「叡明様、声が大きいです。……あと、ちょっと揺らさないでください。せっかくの鴆の余韻が逃げちゃいます」
「……あ?」
私がふらつきながら彼の胸元に頭を預けると、叡明様は完全に硬直した。
私の体からは、毒による異常な熱気が立ち上っている。
だが、私の顔に苦悶の色はなかったのだろう。
むしろ極上の酒に酔いしれたような恍惚とした表情を浮かべていた。
「……毒を食らって、満足しているのか? お前という奴は……!」
叡明様は毒蛇を睨むような鋭い視線を王太后に投げつけたが、王太后は余裕の笑みを崩さなかった。
「ふん、そのバケモノを早く連れて行くがいい。……だが、叡明。毒を喰らい尽くすことが、必ずしも勝利とは限らぬぞ」
「……何だと?」
その言葉の不吉な響きに、私の脳内の「トランス状態」が、急速に冷めていくのを感じた。
叡明様に抱きかかえられるようにして東の宮を脱出し、ようやく自室の近くまで戻った時。
廊下の向こうから、顔を真っ青にした高星様が走ってきた。
「叡明様、凛花さん! 大変です、洗い場が……!」
「どうした、高星。落ち着け」
「明苺さんが……! 先ほど、王太后様の配下の女官たちに、『厨房での横領の疑いがある』と無理やり連行されました。行き先は……東の宮の、地下牢です!」
頭を殴られたような衝撃が走った。
毒による心地よい痺れが、一瞬で鋭い「怒り」という名の毒に変わる。
「……私のせいだ」
私が王太后の毒を「美味しく」食べてしまったから。
彼女のプライドを粉々に砕いてしまったから。
彼女は、私の最も大切で、最も脆弱な部分を突きに来たのだ。
「叡明様、降ろしてください」
「凛花、まだ毒が回っている。無茶だ!」
「……降ろせ、と言っています。……王太后は間違えましたね。私個人を毒殺しようとするなら、まだ私は笑って食事を楽しんであげた。……でも、明苺に触れたのは、一生の不覚ですよ」
私は、自分の腕を噛み、痛みで強引に意識を覚醒させた。
前髪の隙間から覗く私の瞳は、もはや「石ころ」でも「毒マニア」でもない。
大切な友を奪われた、一匹の猛毒の獣のそれだった。
「……叡明様、高星様。手を貸してください。……今夜、東の宮を『味付け』し直してあげます」




