蛇の招待状、あるいは死の宣告
皇帝陛下との茶会という名の「求婚の嵐」を、毒の知識で強引に切り抜けた私を待っていたのは、叡明様の執拗なまでの無言の護衛だった。
「……叡明様。もう私室の前ですよ。いい加減、その私の腕を掴んでいる手を離していただけませんか? 重箱が持てません」
「……離さん。陛下がまだ、未練がましくあの方角を見つめていたのを知っているか。一瞬でも目を離せば、お前は龍の爪に攫われる」
彼は私の腕を引いたまま、まるで獲物を守る獣のような眼光で回廊の先を睨みつけている。
その時。
「――お見事な手際でございました。陛下もすっかり毒気に当てられたご様子」
冷ややかな、チリン、と冷たい鈴を鳴らすような声が静寂を突いた。
回廊の角から現れたのは、刺繍をふんだんに施した豪奢な官服に身を包んだ、見知らぬ女官だった。
だが、その瞳には感情がなく、這いずる蛇のような冷たさがあった。
「王太后様付の女官……。何の用だ」
叡明様が、私を自身の背後に隠すように一歩前へ出た。空気が、一瞬で凍りつく。
「叡明様。王太后様が、昨夜の陛下の回復を大変お喜びでして。ついては、その功労者であるそちらの下女を……いえ、『特別官女』様を、東の宮の晩餐に招きたいと仰せなのです」
女官は、深々と頭を下げた。だが、その手には「招待状」という名の、金縁の巻物が握られている。
それは拒否を許さぬ絶対的な命令――死刑宣告にも等しい招待だった。
「……王太后様が自ら? 凛花はただの下女だ。そのような大任、務まるはずがない。私が代わりに向かおう」
「いいえ。王太后様はこう仰せでした。『毒を愛する娘の顔を、直に拝みたい』と。……凛花様、お断りになれば、明苺様というお友達の身の安全も、保証いたしかねますわよ?」
私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
彼女は、私の唯一の弱点を正確に突いてきた。
「……承知しました。お受けします」
私が叡明様の背中を押し退けて前に出ると、彼は驚愕して私を振り返った。
「凛花! 正気か? 東の宮は、今の陛下を毒した侍医長の巣窟だ。生きて戻れる保証はないぞ!」
「叡明様。……私、さっき言いましたよね。土の中で毒草を育てている方が性に合っているって。……向こうが蛇の穴なら、こっちはその蛇ごと煮込んで、最高の出汁にしてやるまでです」
私は、女官から招待状をひったくるように受け取った。
巻物から漂うのは、微かな『紅蜘蛛』の匂い。
明苺を人質に取られた怒りと、強大な毒への未知の好奇心が、私の胸の中で混ざり合う。
「……叡明様。今夜の晩餐、もし私が戻らなかったら、明苺に『お菓子は全部食べていい』と伝えてください」
「ふざけるな! 行かせるわけがない……と言いたいが、お前のその目は、もう止まらないな」
叡明様は、苦々しげに顔を歪めると、私の肩を砕かんばかりに強く掴んだ。
「……いいか。高星と私で、外側から何が何でも守る。お前は、お前の武器であるその『舌』で、あの老婆を黙らせてこい」
黄金の檻の真の主、王太后。
私は、震える指先を隠し、不敵な笑みを浮かべて東の宮を見据えた。




