泥を脱いだ小鳥、黄金の檻へ
「……嫌です。絶対に行きません。この泥は私の魂なんです」
叡明様の私室に、私の必死の拒絶が響いた。
だが、目の前の執政官は、見たこともないような冷ややかな(しかし瞳の奥には執念の火が灯った)笑みを浮かべて、用意された衣装を指し示した。
「魂ごと洗ってやる。凛花、これは勅命だ。お前が泥だらけの顔で陛下の前に出れば、それは私の教育不足として私の首が飛ぶ。……お前は、私の首が飛んでもいいのか?」
「……それは困ります。私の給金を払う人がいなくなりますから」
「ならば脱げ。そして、塗れ」
高星様が、顔を真っ赤にしながら「僕は外で待っていますから!」と部屋を飛び出していった。
その後、叡明様が呼び寄せたのは、口の堅いベテランの女官たちだった。
彼女たちは、私の抵抗を「あらあら、可愛いわね」と柳に風で受け流し、まるで最高級の食材を下処理するように、私を湯殿へと引きずり込んだ。
数刻後。
全身の泥を落とされ、薔薇の香油で磨き上げられ、夜空を映したような深い瑠璃色の衣を纏わされた私は、鏡の中に立つ「見知らぬ女」を呆然と見つめていた。
「……誰よ、これ」
前髪を払い、額を出したその顔は、自分でも驚くほど鋭く、それでいて儚げな美しさを湛えていた。
隠していた白い肌は、瑠璃色の衣に映えて発光しているようにさえ見える。
「……ふん。ようやく見られる姿になったな」
着替えを終えて入ってきた叡明様が、一瞬、息を呑むのが分かった。
彼は私の元へ歩み寄ると、私の耳元に、翡翠の耳飾りを自らの手で着けた。
その指先が微かに震えているのを、私は見逃さなかった。
「……似合っていますか、叡明様。重くて肩が凝るのですが」
「……ああ。……正直に言えば、今すぐにでもその上に泥をぶちまけて、どこかの蔵に閉じ込めておきたい気分だ」
彼の独占欲が、隠しきれずに漏れ出している。
私は、その熱のこもった視線にどう応えていいか分からず、わざと視線を逸らした。
「出発するぞ。陛下がお待ちだ。……いいか、凛花。陛下にお茶を出すのは侍女の仕事だが、お前は『毒味』だ。余計な愛想を振りまく必要はない」
「分かってますよ。私は空気、私は石ころ……。あ、でもお菓子は食べていいんですよね?」
「……お前のその図太さだけが、今の私の救いだ」
私たちは、皇帝が待つ「空中庭園」へと向かった。
そこで待っていたのは、昨夜の憔悴が嘘のように、血色の良い顔をした皇帝だった。
彼は、私の姿を見るなり、手にした杯を落としそうになるほどの衝撃を顔に浮かべた。
「……おお。昨夜のあのご令嬢は、幻ではなかったのだな」
皇帝の熱烈な視線。隣で放たれる叡明様の凍りつくような殺気。
私はその真ん中で、豪奢な御膳に並んだ見たこともない「毒性のある(けど美味しそうな)珍味」に、こっそりと鼻を動かした。
波乱の茶会が、幕を開ける。




