婚約破棄されたので、干し芋食べますね
「カロリーナ、お前との婚約を破棄する!」
王太子は王立魔術学園の卒業記念パーティーで突然そう言った。
「は? え? ど、どういうことですか?」
戸惑いながら私が尋ねると、彼は察しの悪い私にイラつくように舌打ちをした。
「俺が目をかけているからと言って、男爵令嬢のミシルをいじめていただろう! お前のその卑しい性根にはうんざりだ! 王都でお前の姿を見かけるのも虫唾が走る、サウザンドリーフ辺境伯領へ追放だ!」
それが、昨日の出来事である。
「カロリーナ。辛いとは思うけれど、王太子殿下の癇癪がおさまるまで、サウザンドリーフへ行ってきなさい。あの方はわがままを押し通せなければ何をしでかすかわからないわ」
事情を聞いた母に、そう諭される。
「お母様……」
「カロリーナ。私がサウザンドリーフ辺境伯へは手紙を書いておく。それを持って旅立ちなさい。仕度の品はたっぷりと持たせよう」
お父様は嘆かわしそうに頭を抱えながらも、辺境伯様への手紙を書いてくれた。
かくして、私は身に覚えのないいじめの罪で王都を追放処分となり、サウザンドリーフ辺境伯領へと赴くことになったのである。
サウザンドリーフ辺境伯領は、広大だが痩せた土地を持つ領地だ。隣国の騎馬民族とも度々小競り合いになり、軍事的にも食糧生産的にも過酷な状況にさらされている場所である。
そんな場所を何年にもわたって上手く平定していらっしゃるのが、辺境伯のアラン・サウザンドリーフ様。
尊敬に値する方だと言うけれど、突然押しかけてきた私を受け入れてくれるかしら。
だからと言って王都に残って王太子殿下から嫌がらせを受けるのも避けたいところ。
私は馬車の中で嘆息しながら、サウザンドリーフへと旅をした。
「あの、カロリーナ・シルクスイートと申します。シルクスイート侯爵である父より手紙を預かっております。アラン・サウザンドリーフ様はいらっしゃいますか?」
サウザンドリーフ領主館を訪ねた私は、執事に怪訝そうな顔をされながらも出迎えられた。
「確認いたします。しばしこちらでお待ちを」
幸いなことに、紋章の封蝋付きの手紙が功を奏したのか、無碍には扱われなかった。
応接間に通され、しばらく待っていると、長い黒髪を首の後ろで括った美丈夫が現れた。アラン様だ。
「カロリーナ嬢と言ったか。事情は把握した。あの木偶の坊に酷い目に遭わされたな」
王太子殿下を木偶の坊とは、何という度胸だろう。辺境の地だから何を言っても王太子の耳に入ることはないだろうけれど、それにしても遠慮がない。
私の正面に座ったアラン様は、しかしうんざりしたようにため息をついた。
「先に言っておくが、ここには王都のような華やかな流行も社交もないぞ。お茶会など開けもせんし、甘味など、この干し芋がせいぜいだ。ご令嬢には厳しい環境だろうが、文句を言われても俺にはどうすることもできん」
アラン様は機先を制するように言った。
お茶請けに出されていたのは、見た事もない素朴な食べ物だった。
黄金色をした、柔らかそうな何か。
私はなぜかそれに魅入られたようになって、手を伸ばす。
口に運ぶと、最初はふわりと、芋の香りが口中に広がる。一口噛めば、ねっとりした食感と共に、濃厚な甘さを感じた。
「お、お、おいしーい!」
私は未だかつて味わったことのない美味しさに、咄嗟に大声をあげてしまった。
はしたなかったと気づき、慌てて口を押さえる。
「カロリーナ嬢?」
「す、すみません。この干し芋なる食べ物があまりにも美味しすぎて、声をあげてしまいました」
恥ずかしくなって俯く。顔が熱い。
「っ、はは! ははははは!」
突然、アラン様は笑い出した。
「あ、アラン様?」
「いや、こんなやぼったい辺境の田舎は嫌だと駄々を捏ねられるかと思ったが、思いの外気に入ってくれたようで安心した。何もない田舎だが、干し芋ならいくらでもある。たくさん食べるといい」
アラン様は険しかった目元を和らげて、そう言ってくれた。
私は令嬢としてははしたないと思いつつも、夢中になって干し芋をもぐもぐと食べた。
それをアラン様は、やけに優しい眼差しで見つめていたのだった。
そんな邂逅の日を経て、私は今、サウザンドリーフ辺境伯領で暮らしている。辺境伯領での暮らしは、言うほど悪くなかった。
確かに華やかなお茶会などはないけれど、領都はそれなりに栄えていたし、少しでれば豊かな稲穂の茂る小麦畑を散歩する事もできる。
アラン様は貴婦人が馬に乗ることにも寛容で、私は馬に乗って遠乗りに出かけたりなどもしていた。流石に何かあってはまずいから、アラン様の監視と護衛付きだけれど。
それから何より、この辺境伯領での目玉は芋! 干し芋である!
芋は痩せた土地でも育ちやすい上に、長期間保存も効く。干せばおやつになるし、スープに混ぜたり、粥にしたり、パンに練り込んだりと使い道も多種多様だ。
私はすっかりこの辺境伯領の干し芋にハマってしまっていた。
「そんなに美味いか?」
毎日のようにおやつの時間に干し芋を食べている私に、アラン様は少し呆れ顔だった。
「美味しいです!」
「俺は生まれた時からしょっちゅう食べているせいで、少し飽きているんだけどな」
「そんな! 私はこの干し芋に飽きる日が来るとは思えません!」
「そうか。……そんなに気に入ったなら、ずっとこの辺境伯領で暮らすか?」
「え?」
「冗談だ」
アラン様は冗談だと言って去っていったけれど、その言葉を聞いてから、ある考えが私に浮かんでしまった。
——アラン様と結婚すれば、ずっとこの辺境伯領で干し芋食べ放題なのでは!?
アラン様は独身だ。地位のある方で見た目も素敵だけれど、何せ痩せた土地での田舎暮らしをしたがる令嬢がいないらしくて、婚約者もいらっしゃらない。
私は婚約破棄された身。ある意味傷物だから高望みはできないけれど、アラン様からの好感度はさほど悪くない気がする!
その日から、私のアラン様を落とそう大作戦が始まった。
「アラン様、アラン様」
「なんだ? カロリーナ嬢」
「うふーん」
私は渾身のくねったポーズで、ハンカチをゆらゆらと揺らしてみた。
男性は揺れるものを見ると狩猟本能が刺激され、相手に好意を抱くらしい。それに、色気のあるポーズを組み合わせれば最強のはずだ!
「?」
「う、うふーん?」
「どうした、カロリーナ嬢。熱でもあるのか?」
私の作戦は失敗に終わった。
しょうがないので、やけ食いで干し芋を食べる。メイドたちにたっぷりと干し芋を用意してもらって談話室で食べていると、執務を終えたアラン様が現れた。
干し芋を食べている私を見て、なぜか嬉しそうに微笑んでいる。
「地域の名産をこんな風に好いてもらうと嬉しいものだな。たんとお食べ」
アラン様はなでなでと私の頭を撫でた。
しまった! どう考えても親戚の子供扱いだ! 食い意地が張りすぎていた。これじゃあ、食いしん坊の子供を見守る目じゃない!
私のアラン様を落とそう大作戦はなかなか苦戦しながらも、辺境伯領での日々は穏やかだった。
だけど——。
「また騎馬民族がちょっかいを出してきたか」
ある日、アラン様は厳しい顔で部下の方と話をしていた。
「アラン様? どうかされたのですか?」
「ああ、ご令嬢には不安になる話かもしれないが。隣国の騎馬民族が我が領にちょっかいをかけてきていてな。このままだと東部の芋畑が危ないかもしれない。……そう不安そうな顔をするな、貴女のことは俺が必ず守る」
アラン様が、必ず守ると誓ってくれたけれど、私が心配しているのは我が身じゃない。
芋畑だ。
え? 芋畑危険にさらされているの?
私の大事な芋畑が?
一大事だ! これでは今年の収穫に影響が出る! そうなったら来年の干し芋はどうなるのだ!
私は大事な会議をしているアラン様の邪魔をしないようにしつつ、館の尖塔へ登って東部を見た。
東部には広大な芋畑が広がっている。
この大事な大事な芋畑が、危険にさらされている。
私はいてもたってもいられず、跪いて祈った。
我がシルクスイート侯爵家は、かつて大魔導師を輩出して地位を確立した家柄。当然魔力は多い。
私の魔力だったら、もしかしたら芋畑を守れるかもしれない。
今まで成功したことはないけれど、どうか、どうか——。
「神様、どうか干し芋をお守りください!」
両手を組んで祈っていると、黄金の光が天から差し込んだ。
干し芋色の、温かな光だ。
光は東部の芋畑を包み込むと、壁の形に収束していく。
大結界の魔法。
敵を退け、味方を守る。
一度発動したら、十年は安定して存在し続けてくれるという、大魔法だ。
「せ、成功した……」
これで私の干し芋は守られる。
その安堵感に包まれながら、私は意識を失った。
「……ナ、カロリーナ嬢!」
名前を呼ぶ声に、真っ暗だった意識が徐々に浮上してくる。
ゆらゆらと私の体は揺れていた。
どうやら、アラン様が抱き上げて運んでくれているみたいだ。
「カロリーナ嬢。シルクスイート家だという話は聞いていたが、まさかあの大結界の魔法を使えるだなんて」
「夢じゃなかった……。成功したんですね、魔法」
「ああ、君が尖塔で倒れているところを見つけた。我が領の民のために、これほどの献身……。君はこのサウザンドリーフ領の恩人だ」
民のためっていうか、芋のためなんだけど。
でも、その民も芋を作る大事な労働力だから、間違ってもいないかな。
「はい。東部の(芋畑の)民が守られて良かったです」
私が弱々しく微笑むと、アラン様は感極まったように目にうっすらと涙を浮かべた。
「君のように素晴らしい女性は他にいない。どうか、この先もずっとこのサウザンドリーフに居てくれないか?」
「え?」
アラン様は、そっと私をソファに座らせた。そして私の前に跪く。
「婚約を申し込ませてくれ、カロリーナ」
「はい、喜んで」
私はアラン様の手を取った。
アラン様は素敵な人だ。
私が食いしん坊でも多めにみてくれるし。干し芋もたくさん用意してくれる。何よりこの素晴らしい芋畑を、敵の手から守り抜いてきた偉人である。
そんな人が夫になってくれるだなんて、これ以上に嬉しいことはない。
「早速、両親に手紙を書かせてもらってもいいですか?」
「ああ、もちろん。俺からも一筆添えておこう」
私たちは仲良く軽食の干し芋を齧りながら、シルクスイート家に向けて結婚の約束を交わしたことを伝えた。
しかし——。
事はそう簡単には運ばなかった。
私が大結界の魔法を使ったことで、私はいつの間にか「救国の聖女」として名をあげてしまったのである。
それに食いついたのが、木偶の坊こと王太子殿下。
王太子殿下は、男爵令嬢にうつつを抜かしていたことや、その他の横暴な振る舞いが原因で、支持率が大幅に下がっていた。
それをなんとかしようと、「救国の聖女」である私と再婚約を結べばいいというとんでもない計略が王太子派の側近たちによって企まれたようなのだ。
両親からの手紙でその事態を知った私は頭を抱えた。
再びあの王太子の横暴で、連れ戻されたりしたら溜まったものではない。
私はもう今更、芋畑——いや、アラン様と離れ離れになんてなりたくないのだ。
「王太子一派がこちらへ向かうことにしたとの情報を得た。向こうがこちらへ着くまでに、婚約を結んだという既成事実を作らねば付けいられる」
婚約を結ぶには、まず教会に承認させなければならない。
それ自体は、比較的楽だ。私が「救国の聖女」となったから、教会は私を優遇してくれる。
問題は、婚約締結の儀の立ち会いで、第三者の貴族の証人がいるということ。教会の立会人は領内の神父様に頼めば大丈夫。
あとは……。
「王太子に地位を確立してもらってはまずい、第二王子派に頼るしかない。隣領のアンノウ伯爵が第二王子派だったはずだ」
「それです! そうしましょう!」
私たちは大慌てで準備した。
今更芋畑との——、いやアラン様との結婚を妨害されるなんて冗談じゃない!
私はこの領地と干し芋を守って生きていくと決めたんだ!
王太子が隣の宿場町に着いたという斥候の知らせを受けた直後、アンノウ伯爵がサウザンドリーフ領主館に辿り着いた。
「やあ、急な話だね。事情は聞いているよ。では、早速婚約締結の儀を結ぼうか」
「はい。この度は本当にありがとうございます」
アンノウ伯爵は好々爺としたお爺ちゃんで、私たちを微笑ましそうに見守ってくれた。
「私、アラン・サウザンドリーフは、カロリーナ・シルクスイートを生涯の妻としてももらい受ける」
アラン様は婚約に使われる魔法契約書にサインする。私もサインをして、それから立会人であるアンノウ伯爵と教会の神父様の承認を経て、無事に魔法契約は結ばれた。
その翌日、王太子が襲来してきた。
無事に婚約を結べた余韻に浸る間も無く、王太子の相手をさせられる。
「カロリーナ! お前は救国の聖女として功績をあげたようだな。その功績をもって過去にミシルをいじめた罪は水に流してやる」
「はあ、あの。そのいじめた罪とやらも身に覚えがないのですが」
かつて言えなかった言葉を王太子に返す。
いじめなんて私はしていないんだからね!
「せっかく許してやろうというのになんだその態度は! まだ反省が足りないようだな! お前など……」
「殿下! 殿下、ここは抑えてください」
側近らしき男が激昂した王太子を諌める。
「ふん。まあいい。こんな野暮ったい菓子しか出せないサウザンドリーフでの暮らしも嫌気がさした頃だろう。俺が再びお前と婚約を結んでやる。王都へ戻ってこい」
王太子はそう言って、よりによって干し芋を顎でしゃくってみせた。
干し芋が、野暮ったい菓子、ですって!?
干し芋を侮辱するものは断固許すまじ!
この王太子、天罰が降るがいいわ!
「お言葉ですが、殿下。私はもうアラン様と婚約を交わしている身。魔法契約に従って、異なる方と新たな婚約を結ぶことはできません」
「なんだと!」
「ですからお引き取りください」
誰が干し芋の敵と婚約なんてするか! ばーかばーか!
私が怒り狂いながら冷たく突っぱねると、王太子は屈辱で顔を真っ赤にしながら去っていった。
「カロリーナ。そう怒るな。最後の王太子の顔見たか? なかなか見ものだったぞ」
「だって、アラン様。私と芋……アラン様を引き離そうとするなんて! 許せなくって……」
でも、これで無事に私の干し芋生活は守られた。
その後、両親から王太子の動向が伝えられた。
王太子はどうやらその支持率を大幅に下げて、第二王子に王位継承権一位の座を取って代わられるのも時間の問題とのことである。
私はサウザンドリーフ領で幸せに暮らしながら、今日も干し芋を食べている。
お読みいただきありがとうございます!
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またたくさん短編も書いているので、そちらもお楽しみいただけたら幸いです。




