第六章:綻びる仮面
しかし、完璧に見えた康夫の支配にも、予期せぬ綻びが生じ始める。
成長した小春が、家の空気の異様さを敏感に察知し始めたのだ。
「パパ…じいじとママ、夜中にこっそりお話ししてるよ。ママ、泣いてるみたいだった」
ある朝、小春が修に無邪気に告げた。
修は一瞬、顔を曇らせたが、すぐに笑顔を作った。
「それはきっと、新しい赤ちゃんの相談をしてるんだよ。ママは体が大変だから、じいじが助けてくれてるんだ」
修は自分に言い聞かせるように答えたが、その日以来、彼の心には小さな棘が刺さったままになった。
一度芽生えた疑念は、些細な違和感を吸い上げ、急速に成長していく。
出張から予定より一日早く帰宅したある夜。
修は玄関を開ける際、あえて物音を立てなかった。
家族を驚かせようという、他愛のないサプライズのつもりだった。
リビングへ続くドアの隙間から、修が見たのは、地獄の光景だった。
ソファで、康夫が瑠美の足を自分の肩にかけ、獣のような声を漏らしながら彼女を突き上げている。
「…あ…っ、康夫様…もっと…」
瑠美の口から溢れるのは、修には一度も見せたことのない、淫靡で悦びに満ちた表情。
そして、その傍らのテーブルには、以前自分が瑠美に贈った、大切にしていたはずの真珠のネックレスが、無造作に置かれていた。
修の心臓が、激しく警鐘を鳴らす。
怒り、悲しみ、絶望。あらゆる感情が混ざり合い、彼は叫び声を上げそうになった。
しかし、その時、康夫が瑠美の耳元で囁いた言葉が、修の足を止めさせた。
「いいかい、瑠美さん。もし修くんにバレたら、あの動画だけじゃない。この腹の子が私の種だという鑑定書を、彼の会社にバラまくからね。彼は『姉と通じ、義父に妻を寝取られた男』として、一生を台無しにするんだ」
修は、血の気が引くのを感じた。
自分が踏み込もうとしたのは、愛する妻を救うための戦場ではなく、自分が入れば家族全員が破滅する底なしの沼だった。




