4. 不穏な噂
あれからあの女生徒たちは、親を呼び出された上、1ヶ月の自宅謹慎処分となった。
そして、今、不確かな噂が学園内に流れている。
「謹慎になった人達、あの方の指示でアリアさんを問い詰めていたらしいわよ?」
「池に落とすように指示したのも、あの方だって聞いたわ」
「女の嫉妬って怖いよな。集団でアリアちゃんを虐めるなんてさ!」
「殿下の婚約者だからって、やりすぎじゃね~の!?」
至る所で、モニカ・ベルモート公爵令嬢が、あの女生徒たちを諭して行動を起こさせたという噂で持ち切りとなっていた。
「やっぱりベルモート様って、恐いわ。それに、人としても軽蔑してしまうわね」
食堂に向かう途中、一緒に歩いていたルシルがそう言ってきた。
「あの噂、ルシルは信じてるの?」
私の問いに、ルシルは激しく頷いた。
「だって、アリアさんがベルモート様の代わりに生徒会に誘われたんですもの。ベルモート様は面白くないはずよ? あの人達がベルモート様に、アリアさんが生徒会を辞退するように言い聞かせなさいって言われたんですって! 生徒会室で、ウィリアム殿下や側近の方々に問い詰められた時に、そう証言したって聞いたもの」
やはりそうなるのか。
ゲームのシナリオ通り。
だとすると、そろそろのはず……
「ベルモート様は、どうお考えなのでしょうね? ルシル、早く食堂に行きましょう。もしかすると、食堂で大変な事が起こるかも」
私がそう言って、早足で食堂に向かおうとすると、慌ててルシルも追いかけてくる。
「え? え? どうしたの? 大変な事って何? 待ってよ、アリッサ」
そう言っているルシルを急かしながら食堂に着くと、今まさにモニカ・ベルモート公爵令嬢に詰め寄っている、ウィリアム殿下率いる集団が居た。
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「モニカ・ベルモート! 今度という今度は、ほとほと貴様に呆れる! そんなに生徒会入りしたアリアが憎いか!?」
食堂で大勢の生徒たちが集まる中、モニカ・ベルモート様に居丈高にそう言ったウィリアム殿下の姿があった。
ウィリアム殿下の隣りには、オロオロとした様子で、ウィリアム殿下とベルモート様を交互に見ているアリアがいる。もちろんその周りには側近たちの姿が……
「何を仰っているのか分かりませんわ。どういう事なのでしょう?」
ウィリアム殿下の言葉を受けて、ベルモート様が毅然とした態度でそう答えた。
「アリアを裏庭に呼び出して、アリアを脅したあげく池に突き落とした者たちから聞いている! 全てはお前の指示でやったとな!」
「わたくしが? アリアさんにそのような事をした者たちとは、誰の事なのか分かりませんが、わたくしには一切心当たりがございませんわ」
「なんだと!? よくもぬけぬけと!」
モニカ・ベルモート様の返答に怒りを顕にしたウィリアム殿下は、より態度を強めた。
「ウィル! もういいです。やめてください! 元々私なんかが生徒会入りするからいけなかったんです!」
そんな中、アリアが間を割ってそう発言した。
「アリア! それは僕が決めた事だ! アリアは何も悪くない!」
「いえ、元々はモニカ様が入るはずだったと聞きました。ごめんなさいモニカ様! ウィルのお誘いを簡単に引き受けた私が軽率でした!」
何やらウィリアム殿下とアリアの三文芝居が始まった。
「凄い……アリアさんて、健気よね」
私の隣で、その三文芝居を見てアリアの言動に感動しているルシルを思わず見る。
「健気?」
「だって、池に突き落とされたのに、自分が悪いって言って、逆にベルモート様に謝るんだもの。なかなか出来る事ではないわ」
ルシルの言葉を受け、何気に周りを見渡すと、同じように好印象をもってアリアを見、さらに軽蔑するかのような視線をモニカ・ベルモート様に向けている。
確かに、証言があったならベルモート様の仕業だと思える。アリアを妬んだと思われても仕方ない。
だけど、ここでもアリアの非常識さが目につく。本人に許可なく、勝手に男爵令嬢が公爵令嬢を名前呼びするなんて、有り得ない。
それに、アリアの、ウィリアム殿下への接し方に問題があるのに、誰も疑問に思わないのだろうか?
出会ってまだ3ヶ月。なのに……
「ウィル……? アリアさん、貴女はウィリアム殿下をウィルと……そう呼んでるのですか?」
終始毅然とした態度をとり、全く表情を変えなかったベルモート公爵令嬢が、そう質問しながら一瞬だけ僅かに翳った。
そして、私もその言葉に疑問に思ったのだ。まだ出会って3ヶ月。なのに、もうウィリアム殿下を愛称で呼んでいるなんて……
「あ……ウィルがそう呼んでほしいと言ったので……」
アリアがやや気まずそうにそう答えたと同時に、ウィリアム殿下がベルモート様に噛みつく。
「僕がそう呼んでほしいとアリアに言ったんだ! 何も問題はないだろう! お前にとやかく言われる筋合いはない!」
「……さようでございますか」
ベルモート様は、やや目を伏せるも、すぐに真っ直ぐにウィリアム殿下を見据えた。
「とにかく、先程の件はわたくしには関係のない事。不確かな証言だけでわたくしに詰め寄るのはやめてくださいませ」
ベルモート様はそう言って、踵を返し、ウィリアム殿下達に背を向けて食堂から立ち去る。
「アリア、心配いらない。アリアの事は僕たちが守るからね」
「でも……本当に私なんかが生徒会入りして、良かったのでしょうか?」
ウィリアム殿下の言葉に、アリアが自信なさげにそう返事する。
「大丈夫だよアリア! 僕たちがついてる」
「そうだ! 我々もまだ入ったばかりなんだ! 一緒に頑張ろう!」
「アリアのフォローは、僕たちがちゃんとするから、心配しなくていいよ」
アリアの不安な気持ちを聞いた側近たちも、我先とアリアに声を掛けていた。
「どうなる事かと思ったけれど、治まって良かったわね。さぁ、私たちもお昼ご飯食べましょう」
騒ぎが一段落着いたので、周りで見ていた他の生徒たちも、それぞれ食事をする為に散っていく。
一緒に見ていたルシルにそう言われた私は、食事をしないで出ていったベルモート様がどうしても気になってしまった。
「ごめんねルシル。私、行ってくるわ」
「えっ?」
私はルシルの返事もろくに聞かずに、手早く持ち帰り用のサンドウィッチを購入し、ベルモート様を追いかけた。




