39. 穏やかな日常
陛下との謁見も終わり、それぞれが帰途につく。
卒業式の日より数日後に行われた修了式も済み、新学期が始まるまでの長期休暇に入った。
修了式ではボルグの姿はなく、すでに辺境伯領にある騎士団へと連れていかれたと耳にした。
ウィリアム殿下はあの卒業式の行動が問題となり、停学となっていた為、殿下も参加できずにいた。
アリアもまた、なぜか修了式には参加せずにそのまま休暇に入っていた。
そして、ユリウスは…………。
「ベルモート公爵令嬢、イグラール伯爵令嬢、この度は色々と迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
修了式の日、私とモニカ様は改めてユリウスに謝罪された。
「あれから、一度心身ともにやり直そうと父と話し合ったんだ。その結果、僕は隣国に留学しようと思う。もっと広い世界で見聞を広める事にしますよ」
ユリウス様は吹っ切れたような、とても爽やかな笑顔で私たちに伝えに来てくれた。
「応援してますね」
「頑張ってきてくださいませ」
私たちの言葉を聞いたユリウス様は、改めて頭をさげた後、去っていった。
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「アリッサ~、これ、なんの道具?」
長期休暇に入った私は、自室で錬金術による新たな道具の作成に取り掛かっていた。
それは異世界に来たなら誰もが憧れる"亜空間収納アイテム"なるもの。
要は、小さなバッグ内に大容量の物が入るマジックバッグを作ろうとしているのである。
しかし、これが思いの外難しい。
私は前世より、カバンの中身を減らせない子であった。
整理が出来ないわけではない。だけど、必要になるのでは?と、これもあれもとついついカバンに入れてしまい、重くなったカバンをいつも持ち歩いてしまっていたのだ。
異世界小説や漫画などを見ている時に、何度このような収納アイテムが欲しいと思ったことか!
今は貴族の娘らしく、滅多なことでは自分で荷物など持たないが、それでも学園に通っている際には、ついつい前世の癖?が抜けずに、準備されたカバンに物足りなさを感じていた。
この収納アイテムが出来れば、私の代わりに荷物を持ってくれている従者やメイド達も喜ぶことだろう。
それに、私自身で大切な物も持ち歩く事が出来る。
「お兄様。お暇かしら?」
私がニッコリと笑って兄にそう言うと、しまった!というような表情で兄は後ずさる。
「あ、いや、別に、暇というほどでは……。あ! 思い出した! 持ち帰った仕事があったんだった!」
そう言って白々しい演技をしながら部屋から出ていこうとする兄の服を、後ろから掴む。
「まぁまぁ、何の道具かご興味がおありでしょう? でしたら説明致しますわよ?」
「いや、別に興味なんか……」
「いつもいつもノックもそこそこに、わたくしの発明品を楽しそうに見に来られるではありませんか。でしたら、今回も大いに見て、大いに貢献して下さいませね」
こうして、兄を捕まえながら新発明品を作るといった穏やかな日常が戻ってきていた。
そんなある日、我が家にルーク様が私に会いに来た。
「ルーク様、ようこそお越し下さいました」
ルーク様を迎え入れて、庭にある四阿でお茶をする。
「アリッサ、学園が休みだと毎日会えないから、寂しいな。早く学園が始まればいいのに」
ルーク様はそう言って甘い視線を寄越してくる。
「来期もまた学園に講師として来られますの?」
「もちろんだよ! その為にウィリアムたちやモニカ嬢にはしっかりと口止めしといたからね」
そう言ってニッコリ笑っているルーク様に疑惑の目を向けた。
しっかり口止め……。どうやってかは聞かない方がいいかもしれない。
モニカ様、ごめんなさい。
「それで、ウィリアム殿下とアリアさんは、来期からも学園に来られますの?」
停学中のウィリアム殿下だが、来期には停学も明ける。
殿下もアリアも、私たちと同じであと二年は学園に通わなくてはならない。
その後、二人は結婚してウィリアム殿下は王族籍を抜ける事になるはずだ。
「ああ、その事なんだが、アリア嬢のフロースト男爵家が、アリア嬢の受け入れを拒否し始めてね。アリア嬢はもともと婚外子である為、貴族籍から抜いて市井に戻すように動いているらしいよ? ウィリアムと結婚してしまえば、どうしたってウィリアムに家督を譲らなければならなくなると考えたのだろう。それが正妻には我慢ならなかったらしい。まぁ、自分の息子を差し置いて、婚外子に家を奪われるも同然の事になるのだから、分からなくもないけどね」
「え? でも、殿下との婚約が決定している娘を、今更籍を抜いて市井に戻すなんて、陛下に背く行為では?」
私はルーク様の言葉に驚いて、思わず聞いてみた。
「まぁ、そこは難しいよね。正妻の娘ならばそんな事は許されないけれど、彼女はあくまで婚外子だし。たまたま魔力値が高かったから、利用価値があるとふんで引き取っただけで、それが家督を奪う存在となるなら追い出されても仕方ないと周りも見るだろう。いくら王家でも、他家の家庭問題に口出しするにも限度があるしねぇ」
ルーク様はそう言って、優雅に紅茶を飲んだ。
そうか。確かに彼女は婚外子。
市井には彼女の生みの親がいるだろうし、戻されても仕方ない部分はあるのかもしれない。
殿下との結婚までにあと二年もあるし、その間に何かあれば結婚自体もなくなる可能性もある。
まさか、ウィリアム殿下のほとぼりが冷めた頃に、王位継承権の剥奪や王族籍から抜くなどの決定を取り下げるなんて事、陛下はされないとは思うが、それでも可能性がないとも言いきれない。
そう考えると、今回の措置はウィリアム殿下の反省と更生を促すための措置なのではと疑いたくなり、何故か釈然としない気がした。
「アリッサが思っている事は分かるよ。あと二年の猶予がある。その二年以内に、もしかしたらウィリアムの目が覚めて、アリアへの執着がなくなり、今までの行いを反省すれば、情状酌量も有り得るかもしれないだろうね。なんだかんだ言っても親としては末っ子が可愛いのだろう。人の上に立つ王族としては、あまり感心出来たものではないけれどね」
「そう……ですわね。では、アリアさんはもう学園には戻って来なさそうですわね?」
「ああ、そうなるだろう。ウィリアムは、アリア嬢も側近たちもいない状態で学園に通う事になる。今までの行いから、他の生徒たちの目も厳しいものとなる。ウィリアムにとっては、とても居心地が悪いだろう」
それを聞いて、少し溜飲が下がる。
多分、陛下はアリアを市井に戻す男爵家を傍観するだろう。
ウィリアム殿下の目が覚めて、王族としての自覚を持ってくれる事を期待しているのかもしれない。
だとしても、モニカ様との復縁は望めない事も分かっているだろう。
大人の思惑を垣間見た気がしたが、これ以上は踏み込む権利はないため、この話はこれで終わりとする事にした。




