3. ゲームの世界でした
入学式から三ヶ月が過ぎた頃、生徒会の次期会長として、ウィリアム殿下が側近達と共に生徒会入りした。
当然、婚約者であるモニカ・ベルモート公爵令嬢も生徒会役員として呼ばれると、誰もが思っていた。
しかし、実際にウィリアム殿下に誘われたのは、アリア・フロースト男爵令嬢であったことに、他の生徒たちも驚きを隠せないでいた。
「あ、アリッサ! ちょっと聞いた? ベルモート様じゃなくて、アリアさんが生徒会役員に選ばれたそうよ!」
ルシルが興奮気味に、私にそう言ってくる。
「ええ、知っているわ」
そう、私は知っていた。
何故なら、【錬部】の乙女ゲームでもヒロインのアリアが、攻略対象者に誘われて生徒会に入ったから。
ゲームでは、攻略対象者との好感度を上げるために必須項目であった生徒会入り。
でも現実では有り得ない事だと、今なら分かる。
生徒会役員に指名されるには、それに見合う実績が必要だ。成績が優秀であったり、家柄はもとより、将来有望視される実力を持っていたり。
何かしら人より秀でるものがあってこそ、生徒会役員に選ばれる。
今回、王族であるウィリアム殿下が生徒会入りする事は、決定済みであった。
もちろん、将来殿下を支える為に選ばれた側近達も。
そして本来ならばウィリアム殿下の婚約者である、モニカ・ベルモート公爵令嬢が選ばれる事も決定事項であったはず。
なのに、ここにきてベルモート公爵令嬢を選ばなかったという事は、ウィリアム殿下が、ベルモート公爵令嬢を認めていないと見なされても仕方がない事だ。
そして何より、男爵令嬢であり、基本的な貴族の礼儀作法も上手く出来ず、勉強も突出して優秀というほどでもない。
魔力も平民としては多いけれど、貴族の中に入ってしまうと平均的な魔力量だ。
そんなアリアが選ばれるという緊急事態を、周囲は驚きながらも、直接ウィリアム殿下に進言する者は誰もいなかった。
「ルシル、貴女はアリアさんが生徒会に入ること、どう思う?」
「え? ビックリはしたけれど、ウィリアム殿下が選ばれたのなら……」
私の質問に、ルシルは言葉を濁しながら返答した。
「アリアさんが生徒会役員に選ばれるのは、何故か気にならない? 例えばアリアさんて、成績が特別に良かったのかしら?」
私の質問に、ルシルは少し考えてから、不思議そうに首を傾げた。
「あら? そういえばこの前行われた実力テスト、アリアさんの名前、上位にはなかったわね? 1位はベルモート様だったかしら? ウィリアム殿下が3位で……」
「そうよね? では、他に何か秀でるものがあって、選ばれたのかしら?」
「う〜ん、分からないわ。実力的にベルモート様が選ばれるなら分かるのだけれど、最近ウィリアム殿下と上手くいってないようだし、ベルモート様の代わりにアリアさんが選ばれたって事よね?」
「そうね。でも代わりなら、他にも優秀な人はいるし、上級生の方々もいる。人数は足りてるのだから、何も慌てて他の誰かを選ばなくてもいいはずなのにね?」
「本当だわ! 何故今まで疑問に思わなかったのかしら?」
ルシルはひとしきり首を傾げて不思議がっていた。
私は、これがゲームの強制力なのかという疑いを持っている。
アリアが生徒会役員にならないと、話は進まないから?
やはり、ここは本当に【練部】の世界なのだろうか……
私は考えをまとめる為に、ルシルと別れて一人裏庭に来た。
ここは人気が少なくて、落ち着いて考えることが出来るので気に入っている。
「やはり強制力……でないと、あの子が選ばれる決め手があまりにも少なすぎるもの……」
一人で裏庭のベンチに腰掛けて、そう呟いた時、少し離れた場所から数人の女性の声が聞こえた。
声の方に近づいてこっそり見てみると、裏庭にある池の近くで数人の女生徒に囲まれているヒロインが見えた。
「貴女! 殿下に取り入って生徒会に入ったのね!」
「どうして貴女なんかが選ばれるのよ!」
「どう考えでもおかしいでしょう!? こんな礼儀も知らない、なんの取り柄もない平民上がりが選ばれるなんて!!」
やはり、アリアが選ばれるのに不満を持つ人たちもいるようだ。
「わ、私はウィリアム殿下に取り入ってなんかしていません! あなた達こそ、集団で一人を囲むなんて、これが貴族の正しいやり方なんですか!?」
アリアはヒロインらしく、気丈に言い返している。
「なんですって! 貴女、生意気なのよ!」
そう言って、1人の女生徒がアリアを押し、アリアは池に落ちてしまった。
「「「「「あ!」」」」」
アリアを含め、そこに居た全員がビックリして声を上げる。
幸い池は浅く、アリアはすぐに立ち上がったため、命に別状はない。
それを見た女生徒達は安心と共に、ずぶ濡れで汚れてしまったアリアを見て笑い始めた。
「いい気味だわ! 貴女にはその姿がお似合いよ!」
「本当にそうですわね! これは身の程知らずの貴女への天罰だわ」
女生徒達が笑っている姿と、泣くまいと必死で耐えるヒロイン。
この光景もゲーム内に確かにあった。
そして、もうすぐここに……
「お前たち! 何をやっている!」
あぁ来た来た。やはりウィリアム殿下と側近たちが駆けつけて来たか。
アリアはすぐに、側近たちに池から引き上げてもらっていた。
どこから持ってきたのか、何故持っていたのか分からない大判のバスタオルを、すぐにアリアに掛けるウィリアム殿下。
「アリア! 大丈夫か? すぐに医務室に行こう!」
ウィリアム殿下はアリアにそう言うと、女生徒たちを、睨みつける。
「貴様ら、アリアにこんな事して、ただで済むと思っていないだろうな! アリアを医務室に送ってから、この者たちの処分を考える! この者たちを生徒会室に連れて行け!」
女生徒たちに怒りの声を掛けたあと、自分の側近たちに、そう命令するウィリアム殿下。そして、アリアには優しい声で「行こう」と声を掛け、アリアを連れて医務室に向かう。
認めよう。ここはやはり【錬部】の世界なのだと。




