28. モニカ視点
幼い頃からわたくしは一人ぼっちだった。
父は殆ど家に寄り付かず、愛人の所で日々過ごしている。
仕事の都合でたまに公爵家に帰ってきても、わたくしに声をかける事などない。
母も同様で、外を出歩いてばかりで、わたくしの事など見向きもしなかった。
二人は政略結婚にて、跡継ぎさえ出来れば、あとはお互い干渉しないとばかりに自由に過ごしている。
そんな両親は、当然子育てに無関心。
跡継ぎとしての厳しい教育のみ課せられた。
それでも幼い頃のわたくしは、ちゃんと頑張れば両親が振り向いてくれると信じていた。
しかし、どんなに頑張っても両親の関心は得られなかった。
毎日が灰色で、何の感情もわかない毎日。
そんなある日、珍しく父が家に戻ってきてわたくしに話しかけてきた。
「お前の婚約者が決まった」
そう言って、今からお城に向かうと告げる。
「婚約者?」
いきなりそう言われて驚いたが、慌ただしく外出の準備に追われ、父にどういう事なのか聞く暇もなかった。
公爵家とお城は近い。
馬車に乗ってすぐにお城に着くと、謁見室に連れていかれる。
中に入ると国王陛下と共に、わたくしと同い年くらいの男の子がそこに居た。
「ウィリアム・イル・ハイレイドだ。よろしく」
赤髪短髪、琥珀色のややつり上がった目が特徴の、この国の第三王子殿下。
この頃の殿下は人懐っこく、初めての登城で緊張していたわたくしに、そう言って優しく笑顔を見せてくれたのだ。
今まで誰にも笑顔を向けられた事がなかったわたくしには、この笑顔だけで好きになるには十分だった。
ウィリアム殿下の婚約者となれた事が、わたくしにとってはこの上ない喜びとなった。
ウィリアム殿下の婚約者として、立派な淑女になる。
それがわたくしの目標となった。
王城での厳しい淑女教育も、そつなくこなしていた。
そんなある日、婚約者同士のお茶会の席で、ふとウィリアム殿下に言われてしまった。
「お前、全く感情がないんだな。つまらん」
嫌悪感を持って、そう言ったウィリアム殿下の顔は、今でも忘れられない。
感情がないわけではない。
でも、辛い気持ちや、悲しい気持ちを誰にも言えない環境にあった。
だから、感情をどう表現すればいいのか分からないのだ。
淑女教育では、感情を顔に出すのはタブーだと習った時には、自分はこれでいいんだと安心したのに……。
それからどんどん殿下はわたくしに関心がなくなり、月に一度の婚約者同士のお茶会もすっぽかすようになった。
それでもわたくしには、もう殿下しかいない。
我慢して待っていれば、いずれ婚約者であるわたくしの所に戻ってきてくれる。
そう考えながら日々を過ごしていた。
そして、ハイレイド王立学園の入学式。
わたくしは同じ学園に通える日々が待ち遠しかった。
同じクラスになれば毎日会える。
そうすれば、色々と話すことも出来て、自然と仲良くなれるだろう。
そんな考えを持っていたわたくしに、容赦なく降りかかった悪意。
殿下はわたくしに見向きもせず、入学式の時に知り合った一人の令嬢に傾倒していた。
その令嬢は、平民上がりの男爵家の婚外子だという。
天真爛漫といえば聞こえはいいが、貴族令嬢としての基本的な礼儀作法も身に付けていない。
男爵家に迎えられてから三年は経過しているというのに、何故なのだろう。
しかし殿下や周りにいる側近たちも、それを良しとして、持て囃している。
それでも、高位貴族として、殿下の婚約者として見過ごせない時は、その都度注意をし、直すように伝えた。
そのほうがあの娘にとっていいと判断したから。
しかし、それら全ては余計なお世話と捉えられ、時に虐めているとも捉えられてしまう。
あの娘に嫉妬したと取られ、良かれと思ってした事が全て裏目になってしまう。
殿下は最近ではわたくしを見る目が、まるで親の仇のようだ。
鋭く睨みつけ、あの娘に害なす悪のようにわたくしを扱う。
わたくしはどうすれば良かったのだろう。
殿下とあの娘が仲良くなって行く姿を黙って見届け、礼儀を重んじない態度にも我慢すればよかったのだろうか。
あぁ、わたくしの心が、どんどん冷えていく。
世界はまた灰色一色となり、何もかも無機質に感じてしまう。
今日もまたあの娘を虐めたと殿下に詰め寄られてしまった。
わたくしは別に生徒会入り出来なかったのはあの娘のせいだとは思っていない。
わたくしが殿下に認められていないと実感し、悲しかったのは事実だけれど、だからといって、あの娘を害そうなど考えもしなかったのに……。
またどんどん心が死んでいく。
もういっそ、殿下たちが言うように、あの娘を害してしまったほうがいいのかしら?
そうすれば殿下はわたくしの元に戻ってきてくれる?
今、あの娘を押せば……。
「モニカ様」
「モニカ様~!」
ハッ!
「あ……アリッ……サ?」
「もう、モニカ様ったら、珍しくボーッとされているから、びっくりしましたよ。昨夜は眠れませんでした?」
クスクスとアリッサが笑う。
「お腹がいっぱいになったから、眠くなったのですよね? わたくしもよくありますもの!」
「それ、ルシルだけでしょう? モニカ様は眠くなるまでいっぱい食べないわよ」
アリッサと共にわたくしに話しかけて笑っているのは、最近仲良くなったルシル。
二人とも私の隣で楽しそうに話しかけてくれていた。
どうやらウトウトしていたようだ。
まさか少し前までの自分の夢を見るなんて……。
しかも、最後の自分はなんて恐ろしい事を考えていたのか。
そんな事を考えている私を二人は不思議そうに見る。
「そ、そうね、少し食べ過ぎて嫌な夢を見てしまったみたい。気を付けないといけませんわね」
わたくしはそう言って苦笑した。
「ほら、やっぱり! モニカ様でもお腹いっぱいになったら眠くなるのよ~」
「嫌な夢だったのですか? 嫌な夢は誰かに話した方が現実に起こらないって聞いた事がありますよ?」
「何それ、アリッサ! そんな迷信あった?」
アリッサとルシルがわたくしの傍で、賑やかに話している。
先程の灰色一色だった世界が一気に色づき、心の奥がポカポカしてきた。
「世界から色が無くなる夢よ。でも大丈夫。ちゃんと色が戻ってきたから」
「何ですかそれ! 凄く怖い夢ですね!」
わたくしがそう話すと、ルシルは驚いて叫び、アリッサは目を丸くした。
「モニカ様、色が戻って良かったですね」
そう言ってアリッサが笑う。
時々アリッサは、わたくしの心の中を知っているような言動をする。
でも、それは不思議と嫌だとは感じなかった。
「ええ、貴女たちのおかげかしら」
わたくしは、気が付けば自然とそばにいてくれるこの友人たちに、心から感謝した。




