12. 濡れ衣
「おはよう、アリッサ」
翌日、学園に到着するとすぐに後ろから声を掛けられる。振り向くと、ルシルが手を振りながら、私のところにやってきた。
「おはよう、ルシル」
笑顔で挨拶を返す。二人並んで学園校舎に向かって歩いていると、少し先を歩いているモニカ様を見つけた。
私との会話が増え、笑顔を見せるようになったモニカ様だが、依然として他の人との関わりはない。
よって相変わらずモニカ様の周りは、誰も近寄らず、一定の距離を空けられている。
一人で歩く姿は毅然としているのに、何故かとても寂しそうにも見えた。
隣にいるルシルを見ると、ルシルもこちらを見て、お互い顔を見合わせる。
「朝の挨拶に行かない?」
私の言葉に、ルシルも笑顔で頷く。
「昨日のお礼、ちゃんと言えてなかったから気になってたの。あの時、感じたわ。噂ってあてにならないって。だってベルモート様よりも、あの方達のほうがよっぽど……ね」
ルシルは言葉を濁しながらそう言って苦笑いをする。きっと、アリアやウィリアム殿下の非常識さを感じ取ったのだろう。
「うん、だからお礼をちゃんと伝えなきゃね」
私の言葉にルシルはしっかりと頷いた。
「挨拶に行きましょう、アリッサ」
この間までモニカ様を敬遠していたのが嘘のように、ルシルは明るくそう言った。
この事をきっかけに、ルシルにもモニカ様の良さをもっと知ってもらいたい。
そして、少しずつ他の人にも伝わってほしい。
そんな思いを胸に、私たちはモニカ様に少し離れた後方から声を掛けた。
「モニカ様、おはようございます」
「べ、ベルモート様、おはようございます」
私たちは同時にベルモート様に声を掛ける。
ベルモート様は、立ち止まって振り向き、驚いて私達を見た。
「……おはよう」
ぎこちない返事だが、僅かに口角が上がっているのに気付く。私はもとより、ルシルにも声を掛けられたのが、嬉しいのだろう。
この人は本当に不器用な人なのだと思う。
ルシルも同じように思ったみたいで、二人で顔を見合わせてから、クスッと笑い、モニカ様の隣に駆け寄った――。
****
あの日以降、モニカ様とルシルとの関係も距離が縮まったようだ。
私たちは三人で会話する事も増えている。
そして、あの時以降、アリアやウィリアム殿下たちに絡まれる事もなく、意外と穏やかな学園生活が送れていた。
そんなある日、授業が終わり、そろそろ帰ろうかと帰り支度の準備をしていた私は、帰り支度もしないで自分の席に座っているモニカ様が気になった。
モニカ様は困惑表情で、椅子に座ったまま自分の鞄の中を見ている。
「モニカ様、どうされたのです?」
私に声をかけられたモニカ様は、困惑表情のまま、ためらいながら私を見た。
「?」
不思議に思いながら、モニカ様のそばに行くと、モニカ様が鞄の中身を見るように促してくる。
促されたまま鞄の中を覗くと、二種類の色合いが混じりあった、1つの人口魔石が入っていた。
「これ、モニカ様の魔石ですか? 何だか不思議な色合いですね?」
その魔石は、赤と黄色がマーブル上に折り重なったような不思議な色合いだった。
先日、錬金基礎実習で、魔鉱石に自分の魔力を入れて、人工魔石を作る課題が行われた。
みんなが苦戦しており、出来たのはほんの数人のみ。
その出来た人の中に、もちろんモニカ様も入っていたが、モニカ様が作ったのは緑色の人口魔石。
そこまで考えて、ハッとする。
モニカ様の属性は地。だとすると、この色合いの魔石は作れない。
きっとこの人口魔石は、火属性と風属性を掛け合わして作ったのだろう。
つまり、この人口魔石はモニカ様のものではない。なのに、モニカ様の鞄に入っていた。
そこまで考えてから嫌な予感がした。
そういえば、作れた数人の中で、その二属性を持つあの人が居たような……
「モニカ様、この人口魔石、どうしたのですか?」
「分からないのです。授業が終わり、花摘みに行って戻ってきたら、これが鞄の中に……」
つまり、モニカ様が手洗いに行っている間に、これが鞄の中に入っていた?
魔石が勝手に入ってくるわけはない。
だとすると、これを入れた人がいるはず……
教室には、まだまだ生徒が半数近く残っている。一体、誰が?
「とりあえず、その人口魔石は鞄の中から出して、誰かが見つけやすいどこかに、そっと置いておきましょう。まさかとは思いますが、誰かのを盗んだと難癖をつけられる可能性もありますので」
「そ、そうね」
私の言葉に、モニカ様は素直にうなずき、今まさに魔石を取り出そうと鞄に手を入れた、その時……
「モニカ・ベルモート!」
教室にいなかったウィリアム殿下と側近たち、アリアがこのタイミングで教室に戻ってきた。




