イグニスの誕生
8月2日。ノワール公国にイグニス制度が併設された。魔王さまは野崎姉妹に応えるべくイグニス制度の創設を急いだ。まだ32歳のナタリーとメリッサしかいないが、ナタリーが彩奈。メリッサが郁美を受け持つ。翌日にはアンジュ制度がヘレン制度に併設されるが、もちろん野崎姉妹がヘレン相手に訓練されるのはキツいから。そのためアンジュは満14歳から16歳で構成される予定だが、こちらはまだ人材が集まっていない。これで彩奈たちは9月からの参戦が可能になり、有紗たちの先駆けを務めることが期待された。あえて野崎姉妹を金曜に参戦させ、下部組織の子に先陣を任せる。異世界側は彩奈たちを極めて高く評価していた。リアルでは絶対にあり得ないが、向こうはこんな子たちが大好きなのだ。ナタリーとメリッサは幼馴染だが、離婚して今年で10年目。夫以外オトコを知らずに生きてきた。キスや性的な技術は拙く、格闘経験も皆無。本業はスーパーのパートだから社交的だし苦労も絶えない。イグニスは国が支給するマンションに住めるし、家賃や光熱費は無料。でも無償だから仕事しないと食べていけない。だが彩奈たちの人気が出ればお姉さん兵士たちもその恩恵を享受できる。スポンサーがつくからだ。基本的にはイグニスが野崎姉妹をリードしていく形になると予想されたが、のどかで牧歌的な戦いになりそう。ナタリーたちは彩奈たちにメッセージを送れるが、プライベートビデオは求めないことにした。親戚の家に暮らせば苦労も絶えないだろう。イグニスは野崎姉妹に以下のようなメッセージを送った。[彩奈ちゃんと郁美ちゃん。私たちはあなたたちとの出逢いを楽しみにしています。9月5日から参戦が可能ですが、もちろん義務ではありません。私たちはふだんスーパーでパートをしているお姉さんですが、できればあなたたちの晴れ姿。つまり秋服に身を包んだ姿を拝見できれば嬉しいです。イグニスは魔法戦士を不幸にはしません。もちろんある程度のしんどさは伴いますが、私たちは責任を持って彩奈ちゃんたちを育て上げます。息が詰まるような関係は作りませんし、プライベートビデオの提出も必要ありません。ですがもちろん提出は任意なので見たい気持ちは強いです。今は参戦しなくてもふつうに豊かになれる時代なので、あなたたちが悔いのない選択をしてほしいです]下部組織のメンバーへのメッセージは極めて異例だが、異世界はオシャマ倶楽部のポテンシャルを理解していた。有紗たちが作り上げた下部組織だからきっと素質のある子たちに違いないという期待感が先行した。イグニスは容姿よりもむしろ内面の美しさが評価されたが、美人には違いない。子どもを産んでいないせいかからだの線が綺麗。飛び抜けたルックスではないが、ナタリーたちは自分磨きを怠らない。どころかむしろ野崎姉妹におばさん扱いされることを密かに恐れた。特にイベントは開かれないが、マスコミの取材はあった。記者会見で2人は早くも緊張気味。「なぜ私服姿なんですか?」「コスチュームがまだ未定なんです」「彩奈さんたちのイメージは?」「芯が強そうですわ」「どんな対戦を期待しますか?」「あの子たちの成長を促すような戦いをしたいですわ」「対戦期間は?」「1年間やりたいです」「なぜですか?」「や、やっぱりその・・・彩奈ちゃんたちの夏服を見たいからですわ」記者たちに笑いが広がった。「彩奈さんたちと真夏に決着をつけたいからではないんですね?」「け、決着とかその・・・生々しい言葉はキライですわ」彼らは微笑んだ。あんまりストレートな質問は控えよう。「勝ち負けよりも楽しみたいんですよね?」「そ、そうですわ。別に負けたって恥じゃありません」ナタリーはなぜか誇らしげだ。「ではメリッサさん、郁美さんとのマッチアップは?やりにくさはありませんか?」「特にありませんわ」メリッサは続けた。「最近の幼い子は割と大柄ですから」記者会見が終わると2人はぐったりしたが、意地の悪い質問は控えてもらえた。このあたりがリアルとの違いであり、ヘンに抜け駆けしたがるヘボ記者なんぞいなかった。いい意味で素早く空気を読み、質問の内容を柔軟に変えていく。イグニスは異世界の未来を担う大切な人材であり、記者会見でナタリーたちを貶めるのが目的ではない。何しろ魅力ある魔法戦士を増やすのが目的だからお姉さん兵士たちの責任は重いのだ。イグニスは幼い子がお相手だから成長を促さないと勝負にならない。このあたりがナタリーたちのさじ加減の難しさ。目先の勝ちにこだわらず彩奈たちを躾けていくのは簡単にはいかないが、イグニスはむしろ楽しみ。ようやく居場所を見つけられた野崎姉妹が意気に感じ、9月に参戦してくることは容易にイメージできる。魔法戦士は今も昔もこんな古いタイプが多い。「彩奈ちゃんたちの参戦が楽しみだわ」「私もよ。郁美ちゃんたちは必ず来るわ」