有紗と伽耶のお仕事
7月26日。私たちは事務所の更衣室で白のセーラーと紺のミニに着替えた。下部組織の[オシャマ倶楽部]に野崎姉妹が加入。彩那は12歳。郁美は10歳の美人姉妹だが、家に引きこもりがち。定番の夏服を着せられて野崎姉妹は借りてきたネコよりもおとなしくされた。本来ならばブルマーは着用厳禁だが、私たちは特別に赦した。オシャマ倶楽部に参戦義務はなく、ノワール公国に併設予定のイグニス制度に対応するのが目的。イグニスは三十路のお姉さん兵士であり、将来的には男の子の魔法戦士誕生を目論む。いずれ下部組織に[ショタコビッチ倶楽部]を加え、10歳時から12歳児を集める予定。こちらは岐阜産の中沢兄弟が有力。信夫は12歳。健二は10歳だが、自治会に歳上の女子が多い。いわば女系一家に近い環境で生まれ育ち、冬はオーバーニーソックスを履いて過ごすのが当たり前。女装への抵抗がなく、こちらもイグニスとやる予定。だがとりあえずオシャマ倶楽部を優先した。私たちはノワール公国のエージェントでもあるからだ。魔王さまの忠実なる配下でもあり、私たちは彩那たちを育て上げる責任があった。事務員も優しいし、野崎姉妹はようやくココロを開いてくれた。彩那たちは極めて高圧的な母親に馴染めず、家業の鍼灸療院を継ぐ意思はない。ここに来たきっかけはある雨の日の夕方。初診らしき中年男性に母親が極めて高圧的な態度で接し、その人がキャンセルして帰ってしまう場面を目の当たりにした。もはやあまりにも日常的な場面だが、かと言って彼に何ら落ち度はない。身元保証人を立てられず予定時間よりもかなり早めに来た。ただそれだけなのだ。「アレにはついていけません」「ムリもないわね」「私も生きてる実感がないんです」「継ぐ必要なんてないわ」75年続いただけが取り柄の戸田鍼灸療院だが、有美に人望はない。野崎姉妹は親戚の家で暮らしていたし、実家に帰るつもりはない。彩那たちに参戦義務は科されなかったし、そんなメンタルで耐えられるはずもない。かなり深刻な事態といえたが、野崎姉妹に罪はない。彩那たちは母性が不足していたし、安心して甘えられる女性が身近にいなかった。幸いにも私たちは即席で野崎姉妹を育て上げる必要はなく、イグニス制度が併設されるまではとりあえず大丈夫。私たちはムリな参戦を勧めないし、中には深刻な事態に直面している子も少なくない。私は蒲郡の太和堂にお世話になったが、高橋先生はすっごくいい人だった。彩那は足を痛めていたが、太和堂を勧めておいた。「アレにだけは診てもらいたくないんです」「たぶん私もムリ」「高橋先生は大丈夫ですか?」「腕は確かだし面白い人よ」昼食はひつまぶしを頂いたが、野崎姉妹は初めて食べた。やはり肩身が狭いのだろう。冷蔵庫には甘酒やスポーツドリンクが飲み放題。ウォータークーラーまであるのが地味に嬉しい。私たちは洗面所で歯磨きして雑務に戻った。彩那たちをタクシーで帰らせ、交通費と診療代を渡しておいた。ノワール公国から出たお金で、こんな理不尽は許し難い。「今どきあり得ない母親っているんだね」「信じ難いわ」私たちは暗澹たる気分になったが、下部組織とはいえオシャマ倶楽部は国家予算が投じられた。魔法戦士の文化は黎明期を脱し、これから一気に爛熟する。だが残念ながら異世界の庶民の需要に応えきれていない。バロン制度だけでは魔法戦士が増えないからだ。彩那たちが彼らに勝てるとは思えないが、イグニスならいい感じになれそう。もともとお姉さん兵士は母性に飢えた女の子や男の子の受け皿として集められた。キスや性的な技術が拙いから安心して参戦できる。将来的には40代以上のMの男性の受け皿にもなり得ると期待された。つまり多様な年齢層の需要に応えられる。下部組織の創設及び運営は私たちに一任された。[カネは出すが口は出さない]姿勢に私たちは好感した。「リアルは逆だよね」「カネはなくても口ばっかり出すよね」野崎姉妹はスターになれる器だし、交通費や診療代なんて安いもの。リンゼイは彩那たちのブルマー着用をあえて咎めなかった。「今どき杓子定規じゃ誰もついてこないわ」「あのババァと対照的ね」このあたり異世界は柔軟に対応するし細かいことにこだわらない。この件はさっそく事務員経由で魔王さまに報告された。後日。彼らはがく然とした。「バカな。今どきそんなババァがいるだと」「だから日本はダメなんだ」魔王さまはイグニスに母性を求めたが、医療従事者と床屋を除外した。性的な技術格差が広がるのを憂慮したのだ。例えば実家が鍼灸療院とか床屋もダメ。かねてから医療従事者によるパワハラが異世界にもあるし、リアルでは東区の抜け道商店街の床屋が酷いと有名。まぁあの抜け道商店街自体がまるで京都か何かとカン違いしているのだが。あまりの異様さが異世界で連日報道され、善良な庶民のひんしゅくを買った。