闇夜の交戦
夜の森は、再び静けさを取り戻していた。しかし、その静寂の中にも、どこか不穏な空気が漂っていた。ノアは寝袋の中で体を横たえながら、目を閉じていた。しかし、眠りに落ちることはなかった。今夜は、何かが起きる予感がしていたからだ。
焚き火の残り火がパチパチと音を立て、薄明かりの中でかすかに揺れている。その炎の光が、辺りの木々に長い影を落としている。虫の声も聞こえず、ただ風の音と、遠くから時折聞こえる鳥の鳴き声だけが耳に入る。まるで森全体が、何かを待っているかのような、張り詰めた空気が漂っていた。
ノアは体を丸める。目を閉じると、疲れた体が一瞬だけ安らぎを求めているように感じる。しかし、その安らぎも長くは続かなかった。すぐに、遠くから何かの足音が聞こえてきた。それはただの風や動物の足音ではない。人の足音でもない。もっと低く、速く、何か不気味なものを感じさせる音だった。
「……来る」
ノアは息を殺し、じっと耳を澄ます。その足音は確実に近づいてきている。まるで狩りをしている獣のように、足音は徐々に大きく、そして速くなる。
「ミユ、起きて。何かが近づいてる」
ノアは、隣で寝ていたミユの肩を軽く揺さぶった。ミユは寝ぼけた様子で目をこすりながら、ノアの顔を見た。その表情から、すぐに何かが違うと感じ取った。
「……え?」
「起きて、何かが近づいてる」
ミユはしばらくノアの言葉を呑み込みながらも、すぐにその意味を理解した。ノアが言う「何か」とは、ただの動物ではないことは明らかだ。
ノアはそのまま、隣のスバルを叩いた。
「スバル、武器。急いで」
スバルはすぐに反応して、飛び起きると、脇に置いてあったサバイバルナイフを手に取った。
「マジか……分かった」
「サキ、ユミも起きて」
ノアは、サキとユミが寝ている方向に目をやった。二人はノアの声に反応して、すぐに目を覚ました。
「準備、できてる?」
「もちろん」
サキが短く答え、ユミも黙って立ち上がる。二人とも素早く動き、全員が静かに周囲に目を光らせた。
「三体、だと思う。距離は30メートルを切った」
ノアの声は冷静で、すでに次の行動を考えながら周囲の状況を分析していた。仲間たちの体が一瞬で引き締まるのが感じられた。
「普通の動物じゃない。動きが変だ」
「右側から回り込んできてる。連携してる……。」
ユミが低くつぶやく。
「……軍用犬かも」
「犬?」
スバルが言いながらも、その言葉の奥にある意味をすぐに察していた。軍用犬の訓練を受けた犬なら、こんな森の中でもあっという間に動き回り、狙った獲物を仕留めることができる。
「牙の形、影の動き、躊躇がない。あれは訓練されている」
サキが冷静に判断した。
「囲まれる前に先手を取る」
ノアは素早く地面に指で図を描いた。皆がその指示を理解し、即座に動き出す。
「この木を使ってバリケード代わりにする。私は右、スバルは左、サキとミユは中間で連携。ユミ、後ろを頼む。」
「了解」
ノアの指示に従い、全員が素早く配置に就いた。数秒後——茂みの奥から、低く唸る音が聞こえた。それは、ただの犬ではなかった。毛並みが刈り込まれ、筋肉が鎧のように張り詰めている。その目は、ただ光を捉えているのではなく、獲物を見定める捕食者のようだった。
一匹目が飛び出した。
「来たッ!」
ミユが叫び、ノアは即座にナイフを構えて前に出た。
「倒れ込め!」
ミユは素早くしゃがみ、飛びかかってきた犬の軌道を外す。そこに、スバルが飛び込むようにしてナイフを突き刺した。
「くっ……重い……!」
犬が暴れながら、スバルは両腕でその体を抑え込もうとするが、その力は並大抵ではない。ノアが側面からもう一度一突き。
「一体、倒した!」
「まだ二体だ!」
サキが叫んだ瞬間、二匹目がユミの背後から飛びかかってきた。
「ユミ、伏せろ!」
サキの声が届く前に、ユミは直感で身を転がし、犬の牙が空を裂く。その隙を突いて、ユミは足で犬の腹を蹴り上げ、間合いを取る。
「やったるわよ!」
ユミは転がりながら、さらに足で犬を蹴り飛ばし、サキが背後から静かに接近。サキはその隙に、犬の脇腹にナイフを深く突き刺した。
「ッ、このっ!」
犬が激しく暴れる中、サキは歯を食いしばり、刃を押し込む。
「二体目、ダウン!」
残る一体は、ノアを狙っている。
「私に来い……。」
ノアはしゃがみ込み、犬の攻撃を誘う。その瞬間、犬は唸り声を上げて突進してきた。ノアはその動きを読み、半身に体をかわす。
刹那——ノアは素早くナイフを犬の喉元に滑らせる。
「がっ……!」
犬はすぐには倒れない。鋭く反撃し、ノアの腕をかすめた。その痛みにもかかわらず、ノアは冷静さを失わない。
「ノア!」
スバルが叫び、駆け寄ろうとするが、ノアは手で制止する。
「来ないで。動きが読めた。」
犬が再び突進してきた。ノアはその瞬間、地面を蹴り上げ、視界を遮る。その隙を突いて、ノアは跳び上がり、ナイフを深く突き刺した。
「これで……終わり!」
犬は最後の唸り声を上げて、倒れた。
沈黙が戻る。ノアの腕には血が流れていたが、すぐにその傷は治癒し始めた。特異な体質により、ノアの傷はすぐに癒されていく。
「……ふぅ。全滅だな。」
「誰も噛まれてないか?」
ミユが心配そうに尋ねる。
「ノア、腕……。」
「かすり傷。大丈夫よ。」
ノアの傷口は静電気の火花と音を発しながら素早く再生されていた。
「でも、これ……偶然じゃないよね。」
ユミが呟いた。彼女もその疑問を抱えている。
「訓練された軍用犬がこんな森の中に、偶然いるわけがない」
「誰かが、放った」
サキの言葉に、誰も異議を唱えることはなかった。
「私たちを試しているのか、それとも……狩ろうとしているのか」
ノアの目が冷徹に光る。
夜の闇の中で、再び少女たちは背を預け合いながら、戦士としての心を一つにして静かに夜を迎えた。