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水源地での油断

 ノアは気を緩めてしまっていた。


 喉がカラカラだった。唇も乾いてひび割れている。だが、確認が先だ。周囲に毒草がないか、動物の痕跡は? 水は澄んでいるが、本当に安全か?


 いくつものチェックを済ませてから、ようやく手ですくって水を口に含んだ。冷たくて、透き通るような味がした。


「……生き返る……」


 その瞬間だった。背後で、カチッと金属が擦れるような音がした。ノアは息を呑み、反射的に振り返った。


 だが、遅かった。


 空気が裂ける音とともに、何かが飛んできた——そして、背中に突き刺さった。


「っ……!!」


 叫ぶ間もなく、二本、三本、四本……次々に矢が突き立つ。身体がぐらつき、膝が崩れそうになった。痛みが脳を突き抜け、息が詰まる。


 トラップだ。あの茂みに仕掛けられていたのか。


「っ……は、はぁ……っ!」


 ノアは木に手をつき、必死に意識を保った。痛みがあまりにも強すぎて、まともに考えられない。けれど、このままではまずい。傷は、ゆっくりだが治癒の兆しを見せていた。だが、矢が刺さったままでは治りきらない。


 抜くしかない——自分で。


「う、うそでしょ……」


 弱音が漏れる。こんな痛み、今までに経験したことがない。矢は背中、肩甲骨のあたりから腰にかけて数本刺さっている。手が届く位置もあるが、届かないところもある。


「でも……やるしか、ない……」


 ノアは震える手で、最も手前に刺さっている一本に手をかけた。


「っ……!!」


 引き抜いた瞬間、視界が真っ白になった。痛みで膝が地面に崩れ落ちる。血がどっと流れ、手の中で矢が重く感じる。


「あと……何本……っ」


 歯を食いしばりながら、ノアは一つ一つ矢を抜いていった。抜くたびに体が跳ね、声にならない悲鳴が漏れた。呼吸が荒くなる。頭がぼんやりしてきて、指先に力が入らない。


「もう少し……もう少しで……」


 最後の一本を抜き終えたとき、ノアはその場に倒れ込んだ。だが、治癒の力がようやく本格的に働き始めている。裂けた筋肉も、損傷した血管も、ゆっくりと元に戻っていくのがわかった。


「はぁ……はぁ……。死ぬかと思った……」


 身体は全身びしょ濡れ。血と汗と泥にまみれている。けれど、死んでない。生きてる。


 ノアはふらつく足取りで立ち上がると、改めて周囲を調べ始めた。茂みの中、落ち葉の下、木の枝の配置……すべてを丁寧に確認する。二度と同じミスは犯さない。幸い、他のトラップは見当たらなかった。


 よし。仲間たちのもとへ戻ろう。



ーーーー

「ノアだ!! ノアが帰ってきた!!」


 先に気づいたのはミユだった。


 彼女の声に、スバル、サキ、ユミが一斉に駆け寄ってくる。皆、15歳の少女たち。ノアと同じく、この厳しい土地で必死に生き延びようとしている仲間たちだ。


「ノア、どうだったの!? 水、あったの?」


 サキが食い気味に聞く。ノアは疲れ切った笑みを浮かべながら、頷いた。


「……あったよ。小さい湧き水だけど、飲める。安全も確認済み。私たち、しばらくは大丈夫……」


「よっしゃあああああっ!!」


 スバルが思い切り叫んだ。皆の顔に安堵の色が広がる。乾いた唇に、少しだけ笑みが戻る。


「すごいよ、ノア……! 本当にありがとう……!」


 ユミがぽろぽろと涙を流しながら、ノアに抱きついてきた。ノアは驚いたように目を見開いたが、優しく頭を撫でてやった。


「ううん、大丈夫。ちょっと……大変だったけどね」


「ねえ、その背中……!」


 ミユが目を見張った。ノアの服は破れ、血の跡が生々しく残っていた。


「うそ……それ、矢? トラップに引っかかったの?」


「うん。完全に油断してた。背中に何本も刺さったけど、自力で……抜いた」


「……っ!」


 皆が息を呑んだ。言葉を失っている。


 だが、ノアは静かに笑った。


「もう大丈夫。治ったから。でも……本当に怖かった」


 しばらく沈黙が流れた後、スバルがポツリと呟いた。


「ノア、すごすぎるよ。私だったら絶対ムリ。泣き叫んでそのまま倒れてる」


「私も……私だったら、動けなかったと思う……」


 ユミも小さく言った。ノアは肩をすくめる。


「私だって泣きたかったよ。でも……みんなに水を届けたかった。それだけで、動けた」


 その言葉に、皆がぐっと胸を詰まらせた。


「……ありがとう、ノア。本当に……ありがとう」


 サキが真っすぐな瞳で言った。ノアは少しだけ目を伏せ、こくんと頷いた。


「さあ、明日はみんなで水源まで行こう。場所も教えるから。一人じゃなくて、これからはみんなで確認しながら進もう。……私みたいに、痛い目見ないようにね」


「うん!」


 少女たちは声を揃えて頷いた。薄暗い森の中、小さな光が灯ったようだった。


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