漂流の果て、私たちは
「……行けるか?」
朝焼けの海を前に、サキがごくりと唾を飲み込んだ。
組み上げた筏は、手製にしては上出来だった。大木を十数本、丁寧に繋ぎ合わせ、浮力と安定性を確保。荷物を載せても沈まないようバランスも調整してある。
「計算上は……いける。あくまで計算上だけどね」
スバルが自嘲気味に笑う。だが、その顔に迷いはない。
「ユミ、水は?」
「満タン! ろ過済みの分もストックしてあるし、薬草も少し詰めたよ」
「よし。じゃあ、ノア、最後のチェックお願い」
ノアは無言でうなずき、筏をぐるりと一周して確認する。結束は強い。ロープの緩みもなし。木材も乾燥しすぎず、適度な柔軟性を保っていた。
「……問題ない。乗れる」
その言葉に、みんなが息を吐いた。
だが、緊張はまだ解けない。
この島に、簡単な脱出など存在しない。
「……海に出た瞬間、何かあるかも」
ミユがぽつりと呟く。
「監視者が、黙ってるとは思えない」
「だったら……」
サキが、銃を肩にかけ直す。
「やるだけさ。出し抜いて、出し抜いて、最後にぶん殴ってやる」
「過激すぎるぞ、それ」
「はは、でもちょっとスッキリしたかも」
冗談を交えながら、全員が乗り込む。
波は静かだった。まるで嵐の前の、嘘みたいな凪のように。
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出航から二時間。
筏は順調に東へ流れていた。
風向きも良好。太陽は高く、海面がきらきらと光を返す。
「……いける、かも」
ユミがほっと笑ったその瞬間――
ズガァンッ!
轟音とともに、海面が爆ぜた。
水柱が高く舞い上がり、筏が大きく揺れる。
「っ、やっぱり来たかッ!」
ミユが即座に双眼鏡を構える。見えたのは、遥か後方、島の岩陰から現れた黒いシルエット。無人遠隔型の迎撃艇だ。
「監視者……いや、迎撃装置か」
「冗談じゃねえ……! あんなもん、話が違うだろ!」
「“脱出を想定した対処”か。やっぱり、この島……最初から閉じ込めるつもりで作られてた」
砲塔が回る。次の射撃がくる。
「伏せて!」
ドゴォン――!
筏の脇をかすめた弾が、海を裂く。水が降り注ぐ中、ユミが叫んだ。
「どうするの、これ、壊されちゃうよ!」
「突っ込む」
ノアが、静かに言った。
「……え?」
「迎撃艇は無人。近づけば攻撃精度が落ちる。狙いを外させるには、それしかない」
「いや、でも……危ないって! ノアちゃん、また自分が盾に――」
「私は前に出る。それが、一番、確実だから」
もう、誰も止められなかった。
ノアは迷わず筏を飛び降り、冷たい海を蹴って、一直線に迎撃艇へ向かう。
銃声。閃光。水しぶき。
一発、二発、三発――
「ノアああああああ!!」
サキの叫びが空に響く。
だが――
ザバァッ――!
ノアは沈まなかった。
その身に無数の傷を負いながら、青白い閃光が何度も走る。
再生する。再生する。痛みも恐怖も、ただ前へ進む意思の中に溶けていく。
そして、ノアは迎撃艇に取り付き――
爆薬を叩き込んだ。
ドォォォン!
黒煙が上がる。監視装置が停止し追撃が止む。
筏の上で、全員が息を呑んだ。
「ノア……生きて、戻ってこい……!」
スバルの声が震える。ユミは涙をこらえ、ミユは歯を噛みしめる。
そして――
「……戻った」
ノアは、血に濡れながら、筏の側面から静かに這い上がった。
「ノアああっ!」
ユミが駆け寄り、スバルとサキが支える。
「バカ野郎……! こんなにボロボロになって……!」
「……でも、みんな、生きてる」
「そりゃそうだけど……ああもう!」
サキが泣きながら叫び、スバルが背中を叩いた。
「バカはお互い様だ。とにかく、成功した。あとは流されるだけだ」
「風、変わってない。いける……このまま、海流に乗れれば……」
ミユの言葉を背に、少女たちは静かに座り込む。
荒れた呼吸、震える体、傷だらけの筏。
それでも、彼女たちは――まだ、生きていた。
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夕方。
水平線の先に、薄く島影が見えた。
「……あれは……!」
「……本土……?」
誰が呟いたかもわからない。
ただ、全員がそれを希望と信じた。
「……あと、少し」
ノアがそう呟いたとき、ふと空を見上げる。
上空を、ドローンが一機、通り過ぎていく。
だが、今回は――攻撃してこなかった。
ミユが小さく笑った。
「……観察対象から、生存者に格上げってとこかしらね」
スバルが鼻で笑う。
「なんにせよ、今度はこっちが見てやる番だ」
海風が吹く。
太陽が、黄金の光で少女たちを照らした。
彼女たちは、誰一人として壊れてなどいなかった。
どれだけ削られても、命は命だ。
意思は、ここにある。
「行こう。……未来へ」
誰かの言葉に、みんながうなずいた。
筏は進む。
少女たちの選んだ、最初の自由へ向けて。




