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3 トリロ呪われた話を聴く


 「王子プラ=ナ=リア」


 すぐ近くでしゃがれた声が聞こえ、末王子は思わず少女の死骸を放り出しました。白い衣装を纏った少女は、操り人形のようにぎくしゃくと起き上がり、人間とは思えないほど大きく目を見開いてリアを見つめました。


 「よくも孫娘を弄んだな。命まで奪いおって。この恨みは必ず晴らす」


 声といい、その表情といい、まるで少女とは別人でした。老婆のようでした。リアは気を失いました。



 次にリアが目を覚ました時には、寝台の上に寝かされておりました。末王子は恐る恐る寝台を抜け出し、窓を開けてバルコニーに出ました。


 すっかり日が高く昇っておりまして、燦々と降り注ぐ太陽の光の中、小鳥のさえずりが喧しいほどでした。末王子はそっと下を覗き込みましたが、そこには石畳があるばかりでした。末王子は今度こそ悪夢が去ったと喜びました。


 その後、朝食を運んできた侍女も、少女の仕度を命じた侍女達も、誰一人として少女が消えたことを話題にしませんでした。末王子も周囲の気遣いに感謝して、少女について聞こうとはしませんでした。



 再びリアの享楽な生活が始まりました。毎日が楽しく過ぎていきました。末王子は一生このまま過ごしても満足でしたが、親として王も王妃も同じようには考えておりませんでした。


 プラメリア王国の王子にふさわしい花嫁を、リアに与えようと伝手を探しておりました。リアの美しさは近隣にもなり響いておりましたから、相手を募ることには苦労しませんでした。


 むしろ、一人に絞ることの方が王と王妃にとって難問でありました。とうとう最後には、隣国の王女との結婚が決まりました。隣国とは、見捨てられた王国とは別の国です。末王子は王女を自ら迎えに行くことになりました。この王女も可愛らしいと評判の姫君で、末王子は一刻も早くこの目で確かめたかったのでした。


 隣国の王女を迎えに行くには、泉の少女を攫った森を通らねばなりませんでした。


 リアは花嫁のことばかり考えていて、少女のことも森のこともすっかり忘れておりました。

 一行は隊列を組んで順調に森の中を進みました。森は広く、なかなか出口に辿り着きません。


 そのうち、空が急にかき曇ったかと思うと、雷鳴が轟き、大粒の雨が一行を襲いました。

 普通、森の中の雨は重なり茂った葉っぱに遮られて、霧雨のように穏やかになるものですが、あまりに大粒の雨なので、葉っぱを素通りして地面まで落ちてきたのです。


 一行は突然の雷雨に右往左往し、慌てて雨除けの仕度を始めました。末王子は馬車の中でお供の仕事ぶりを眺めておりました。

 と、目の前が真っ暗になりました。続いて手足に激しい痛みが走りました。大声で助けを呼ぼうとしましたが、痛みのせいか声が上手く出せません。


 やがて暗闇の中で、末王子は馬車から引きずり出されるのを感じました。漸く助けが来たかとほっとしたのもつかの間、末王子は薮の奥深くへ放り込まれました。


 手足の痛みはますます激しくなる一方で、末王子は腹を切り裂かれる鋭い痛みを覚えました。たまらず上げた悲鳴は、雷雨に掻き消されたのか、幻聴だったのか、誰も助けにくる様子はありません。

 切り裂かれた腹に、誰かが手を突っ込みました。さんざんいたぶられておきながら、末王子はこの時初めて側に人がいることに気付きました。


 誰かは末王子の腹に入れた手で内蔵を掴み、根こそぎ取り出しました。今度こそ、末王子は悲鳴を上げて、気を失いました。



 リアが目を覚ますと、雨はすっかり止んで地面も乾いておりました。


 どのくらい気を失っていたのでしょうか。末王子は起き上がると、這うようにして薮から出ました。まだ手足と腹に加えて顔まで痛むので、思うように体を動かすことができなかったのです。


 驚いたことに、外には誰もいませんでした。ぬかるみについた轍や馬の足跡が、乾いた地面に残っておりましたから、これは夢ではありません。末王子は置き去りにされたのです。



 実は、リアが気を失っている間に、こんなことが起きておりました。


 慌てふためいて雨宿りの仕度をしていた一行は、馬車の中で安全に過ごしている末王子のことなど気にかけておりませんでした。すっかり準備が整ったところで、末王子に報告しようと馬車を開けたお供は腰を抜かしました。


 馬車の中に末王子の姿はなく、切り落とされた手足だけが残されていたのです。


 当然、大騒ぎになりました。お供達は必死になって手足を失った末王子の行方を探したのですが、薮の中にいた末王子には誰一人気付く者がありませんでした。

 とうとう見つからぬまま、末王子はきっと死んでしまったに違いない、と皆思い込んで、揃って城へ戻って行ったのでした。



 リアはそんな事情など知りません。

 それでもお供達が移動したことはわかりましたので、もしや近くにいないかと一生懸命探しまわりました。


 何しろ、体中が痛くて手足が思うように動かないのです。探すといっても、たかが知れていました。這い回っているうちに、泉を見つけました。


 末王子は喉の渇きを覚え、直接泉に口をつけて水を飲もうとしました。危うく泉へ転がり落ちそうになりました。世にも醜い顔が、泉の中から末王子を覗いていたのです。


 末王子は慎重に泉へ顔を出しました。悪夢のように信じがたいことでしたが、その醜い顔はリア自身のものでした。


 リアは改めて手足を目の前にかざしました。目が小さくなったせいか、目の前にないとよく見えないのです。立派であった手足は跡形もなく、妙につるつるした矮小な手足が見えました。リアは絶望して泉に身を投げました。


 ところが、木片を浮かべたようにぷかりと浮いてしまうのです。どうしても溺れることはできませんでした。泉の縁に漂いついたリアは、仕方なしに陸へ上がりました。


 そうして漸く、泉の少女が死んだ晩のことを思い出しました。


 あの時言い渡された呪いとは、このことだったのです。そういえば、この泉は少女と出会った場所に似ておりました。少女のお婆さんか誰かが、近くに住んでいるに違いありません。


 リアはその人を見つけて、呪いを解いてもらおうと考えました。そこで不自由な手足を操り、森の中をあてもなく探しまわりました。いくら探しても、誰も見つかりませんでした。


 もし目指す人がリアに気付いたとしても、決して姿を現さなかったでしょう。なぜなら、孫を死なせた犯人の呪いを解きたくなかったに違いありませんから。


 リアは空腹に草木を齧りながら、森の中を何日もうろつきました。リアにも探す人が見つかる筈もないことは、少しずつ分かってきました。


 でも、どこへ行くあてもありません。お城へ戻ることなど、思いもよりませんでした。この醜い姿を見て、誰があの美しく愛らしい末王子と分かるでしょうか。たとえ王や王妃であっても、見分けがつくとは思えませんでした。


 うろうろしているうちに、リアは運良く森を抜けることができました。


 そこは見捨てられた王国へ続く道筋に当たりました。見捨てられた王国の話は、リアも聞いて知っておりました。今や、あちこちから不細工女が集まる場所となっているのです。


 そこならば、リアのような醜い姿をしていても、さほど目立たないかもしれないと思いました。そこでリアは見捨てられた王国目指して、よちよちと進みました。

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