2 トリロ身の上話を聴く
「俺は、ここの領主トリロだ。名は何と言う」
「私の名はプラ=ナ=リア。見捨てられた王国の彼方にある、プラメリア王国の王子である。トリロ殿には、特にリアと呼んで差し支えない」
トリロはプラメリア王国のことは、よく知りませんでした。でも見捨てられた王国ならば、村と山を挟んで隣り合わせているので、知っています。
「プラメリアは遠い国なので、生憎俺には分からないが、見捨てられた王国には行ったことがある。あそこはもう、普通の国に戻ったように聞いているが」
見捨てられた王国は、とても栄えた国でしたが、ある時、美しい王子にかけられた呪いのせいで、城は死んだようになり、町の人達は遠くへ引っ越してしまったのでした。
呪いというのは、王子に最初に口づけをした者が王子を目覚めさせ、その愛を受けるまで王子を始めとする城の人々が眠り続けるというものでした。
評判の美しい王子に愛されようと、あちこちから美しさが自慢の姫君が家来を連れてやってきました。
ところが城の周りには、恐ろしいドラゴンが待ち構えておりました。姫君は次々とドラゴンに吹き飛ばされたり、炎に焼かれたりしました。
トリロは訳あって、王子の呪いを解くことに協力したのですが、成功した後すぐに戻ってきてしまい、その後の様子を知りませんでした。リアはトリロがプラメリアを知らないからといって、腹を立てませんでした。むしろ喜んでいるようにすら見えました。
「私も風聞でしか知らぬが、お話ししよう。大層美しい姫君によって、王子の呪いは解かれて二人は婚約したのだが、その美しい姫君は魔女であったのだ。何か王子が気に入らぬことをしたらしく、再び似たような呪いをかけられて眠りについたということだ。今度は目覚めた後、世界一不細工な女と結婚して子をなすまで呪いは解けないとか」
「そりゃ大変だ」
「しかも半端な不細工女がやってくると、ドラゴンに焼き殺される。それでも運よく生き延びた女が自信を持って良い嫁入り先を見つけたので、一か八か勝負に出る不細工女がよく訪れる。以前ほど見捨てられてはいないが、呪われているという意味ではやはり、見捨てられた王国だ」
「なるほど」
トリロが聞き上手であったためか、リアは自分からこれまでのいきさつを話し始めました。トリロはよい頃合いを見て、果物を肘掛けに追加しました。
プラ=ナ=リアはプラメリア王国の末王子として生まれました。
赤ん坊の頃から光り輝くように美しく、しかも愛らしかったので、王やお妃を始め、城中リアに夢中となって世話をしました。成長しても美しさと愛らしさは損なわれず、ますますリアは光り輝きましたので、国民もこぞって末王子を賞賛しました。
王国の跡継ぎには兄王子が何人もありましたので、リアは気楽な身分でした。自らの美しさに惹かれて近付く女性達と気ままな恋愛を楽しみ、毎日のんびりと過ごしていました。
ある日、リアは僅かな供を連れて、馬に乗って森へ狩りに出かけました。飛び出す野兎や野鳥を次から次へと射止め、末王子はご機嫌でした。途中、初めて見る泉がありました。一行はそのほとりで一休みすることにしました。
「これだけ獲物があれば、立派な晩餐会が開けるぞ」
「さようでございます、リア王子様。皆様が充分に王子様の獲物を堪能することになりましょう」
「おい。そこに隠れている者。出て来い。出なければ、射殺すぞ」
お供の一人が弓矢を番えて言いました。末王子の一行に緊張が走りました。鏃が指す薮が、がさがさと揺れたかと思うと、手桶を頭に乗せた少女が現れました。少女は末王子の一行と見ると、跪いて邪魔をしたことを詫び、水を汲ませて欲しいと頼みました。リアは少女に一目惚れしました。獣ばかりの森の中で、少女はひと際清浄な輝きを放っておりました。
「水など、いくらでも汲むがいい」
末王子は言いました。
「その代わり、水を汲んだら、それを置いてこちらへ来なさい」
また始まった、とお供達は互いに目配せしました。少女は森の中にいて、末王子の生活を知りませんでしたから、手厚く礼を述べると、リアが言った通りにしました。
するとリアは少女を馬にひょいと乗せ、そのまま泉から城へ帰ってしまいました。少女は驚いて泣き叫びましたが、末王子の立派な馬の脚を緩めることはできませんでした。
城へ帰り着いたリアは、少女を侍女達に任せ、晩餐会へ出かけました。
とても素晴らしい晩餐会でした。何もかも、リアが想像した通りに運びました。王も王妃も、末王子の狩りの腕前を褒め讃えました。満足したリアが部屋へ戻ると、すっかり仕度を済ませた少女が寝台におりました。
少女は侍女達の手によって、余す所なく着飾っておりました。でも、こうしてお城の中で見ると、いくら綺麗な服を着せても、どこか野暮ったい部分が残っておりました。むしろ衣装で飾り立てれば飾り立てるほど、城に来る美しい女達との違いが際立つようでした。リアはすっかり少女への熱が冷めてしまい、啜り泣いている少女をおざなりに扱うとそのままふて寝してしまいました。少女の野暮のために、晩餐会に傷がついたように思ったのです。
リアが目覚めると、少女の姿はありませんでした。
末王子は悪夢が去ったと喜び、寝台から抜け出しました。朝の心地よい風を感じようと、開いた窓からバルコニーへ出ました。両手をいっぱいに広げて深呼吸しようとして、末王子はまだ夜が明けていないことに気付きました。
空には星が瞬いております。ふと下を覗き込むと、白いものが落ちていました。
泉で見つけた少女のようでした。
さすがに末王子も慌てて部屋を飛び出し、人を呼びながら少女の元へ駆け寄りました。抱き起こしましたが、少女はぴくりとも動きませんでした。既に事切れていたのです。
その時、生暖かい風がリアの頬を撫でました。気がつけば、空は真っ暗でした。