ここはどこ? 私は——蓮見士郎。 -2-
「おかしい。三分で着いてしまった」
走り続けて三十分ほどかかると思っていたのに、目的地の建物には三分で到着した。
まぁ、それはいいか。大事なのは、ここが日本のどこなのか。それだけだ。
「やっぱり門が壊れてる。なんでだろう」
目的地は村なのか所有地なのか、一目見ただけでは分からなかった。
とにかく中に人はいるはず。俺は門から中に入る。
「……廃村?」
ぱっと見のイメージは廃村。
木造家屋はあるものの、ほとんどが壊されている。よく見てみると花壇や噴水も壊されていて、人の気配は無い。
人が暮らしていたのは確かだろうけど、もう誰もいないのだろうか。そうなると話が聞けないから困るんだけど。
辺りを見渡しながら歩を進めて数十秒。
「キエエェェェェェェ!!」
それは突然の奇声。背後から聞こえて振り返ろうとした瞬間——
「イテッ」
——後頭部を殴られる。
俺は振り返った。
「……」
「……」
俺を叩いたであろう《《ソレ》》はポカンと口を開けて唖然としている。
ソレとは、禿げ頭で皺のある顔。耳が長く、全身緑色で、六十センチほどの体長。腰元をボロ布で隠し、手には棍棒を持っている。
ゲームをやらない俺でも分かる。
ソレとは——ゴブリンだ。
「イヤアァァアッァァア!?」
「キエェエェェェエエェ!?」
俺は奇声を上げて一目散に逃げだした。
なんだよ、ゴブリンって。ここは日本じゃないのか!?
さてはドッキリ。いや、あれが作り物なわけがない。何よりちゃんとした棍棒で頭を殴られてるんだ。あんなのが放映されたらドッキリとて大炎上だぞ。
「し、城ッ、城!!」
全力で走り続けて数秒。
ここらの建物の中では一際大きい城に入って扉を閉め、背中を預ける。
「ゆ、夢だ! これは夢だ!」
そう、これは夢。頬を抓れば俺は部屋のベッドで——痛い。抓った頬が、痛い。
夢じゃないなんて。それなら説明のつけようが——
「きゃあああああああ!!」
「——っ!?」
女の子の悲鳴。場所は——階段を上がって左側、二階の手前から二番目の部屋。
何故そこまで詳しく特定できたのか分からない。けど、行くしかない。
目の前にある階段を駆け上がる。左側の廊下、手前から二番目の部屋。
そこに入ると、今まさにゴブリンが女の子を襲おうとしていた。
「——っ」
怖い、怖い、怖い。恐怖が体を支配して動けない。
女の子の悲鳴が聞こえたとて、俺に何ができようか。喧嘩なんてしたことないし、さっきだってゴブリンから逃げ出した。
俺にできることなんて、なにも——。
「——っ!」
女の子と目が合う。
涙を流す瞳は、恐怖に揺れている。
今、振り下ろされようとしている棍棒を前にしている彼女の方が、俺なんかよりよっぽど——。
「うおおおおお!!」
踏み出す。
不格好でもいい。不細工でもいい。
ここで動き出さなかったら、男じゃねえ。
「ギエッ!?」
ゴブリンにタックルをかます。
バギャン、というタックルとは思えない音と共に、部屋の壁を貫通して姿が見えなくなったゴブリン。
俺は少女に手を差し伸べた。
「もう大丈夫! 一緒に逃げ——」
そこで初めて、その少女の全てを見た。
腰まで伸びる金色の綺麗な髪。
緩やかな曲線を描く眉毛。上向きの長い睫毛。
涙で線がぼやける薄い水色の綺麗な瞳。
きめ細やかな白肌に、柔らかそうな頬。
小ぶりな朱色の唇が若干開いている。
全体的に整っていて、小さな顔。
あまりに美しい少女との出会い。
それが人生を一変させてしまうことになるのを、俺はまだ知る由も無かった。