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Part.1

失って初めてその価値に気付くって、よくあることだと思う。端的に言えば、人は慣れてしまうから身の回りのことが全て当たり前になって、その価値が分からなくなってしまうってことなんだろう。でもだからといって、それを知っていれば当たり前と思っている事の大切さに気付けるかと言えばそうでもない気もする。では試しに何か身の回りのもので考えてみようか。


例えば自分の部屋。俺にとってその部屋の存在は至極当たり前のものであり、今の今までそれが無くなるなんて考えたこともなかった。それが今この瞬間に無くなったらどうだろう。


いや、何で無くなるの?とか、部屋の中のものはどうなるの?とか疑問はあるけれども、それは一旦無視するとして、俺の部屋という定義空間が消滅したら俺はどういう感情を抱くのだろうか。


と、考えるが、意外と何にも感じない。喪失感や不安感を抱くのが普通な気がするが、実際あんまりよく分からないっていうのが本当だ。というか、無くなるなら無くなるでいいんじゃないかとすら思う。実は俺にとって俺の部屋は大したものではなかったという話もあるかもしれないけど、やっぱり部屋が無くなったらそれなりに悲しい気持ちにはなる気がする。でも気がするだけで、何回想像してもどういう気持ちになるかが浮かばない。


この例えにあまり現実味がないからなのか、それともこの例えが本当になっても俺はあんまり悲しい気持ちとかにはなったりしないのか、それは分からないけれど、これが失うまでその価値が分からないってやつなのだとしたらやっぱり俺は繰り返すのだろう。失う度に苦しむのだろう。失わないと気付けないのだから。失うのはいつも突然だというのに。




あっという間に月日は流れ、とうとう明日から夏休みだ。とは言っても、俺のカレンダーには何の予定も書かれてはいなかった。部活に入っていないと夏休みは暇だ。部活に入ってる奴らは部活だけやっているのかと思いきや、部活の帰りに寄り道をしたり、休みの日は部活の友達と遊びに行ったりと隙がない。結局俺のような帰宅部が暇だけ持て余して何をするでもなく、ただ過ぎ去る日々を眺めることしかできずに夏休みを終えるのだ。

いや、俺も部活には入っていたんだ。1ヶ月間だけ。なんか周りとそりが合わなくて、なんとなく辞めてしまった。あの時は真剣だった気もするけれど、今となっては少し後悔している。

違った。もう後悔はしないと決めたんだ。俺は後ろは見ない。前だけ向いて生きていくんだ。

で、明日からどうしよう。




「天ケ谷君は何か夏休みの予定はあるの?」

北見は遠くを眺めながら言った。


学校からの帰り道。俺は北見と一緒だった。

彼女、北見 麗は俺のクラスメイトで俺と同じ小学校、中学校を卒業している。そう言うと幼馴染のように聞こえるけれど、彼女と頻繁に話すようになったのは高校に入ってからで、それまでは特に親しくもなかった。考えてみれば、小中が同じだったやつは何人もいたし、その中で同じ高校に進学するやつがいてもなんら不思議はない。そもそも幼馴染ってのは家が近所で小学校に上がる前から遊んでいた仲みたいなのを言うのであって、小学校からの友達を幼馴染とは言わないと思う。だから俺たちは何か特別な関係とかそういうのでは全くない。でも今日は珍しく彼女に誘われた。彼女も帰宅部なので、いつでも帰る時間は大体同じくらいだが一緒に帰るのは高校生になって今日が初めてだ。


「予定なんかねえよ。北見と一緒だ。」

「嫌ね天ケ谷君。だからそんな可哀想なあなたを遊びに誘ってあげようとしているのに。」

彼女は横目でこちらを見ながら言った。


「俺と北見がどこに行くっていうんだよ?」

「水族館とか。」

「デートじゃ無いんだからさ。」

「……」

彼女は目線を戻した。

戻す瞬間に睨まれた気がしたが、気がしただけだったと思う。


「ではどういう所に行くのが適当なのかしら。」

「うーん。知らね。」


俺は女と遊びに行ったことないし、多分北見も男と遊びに行ったことがない。つまりここで建設的な意見が出る筈は無かった。考えるだけ時間の無駄だ。


「そういう意気地のないところは嫌いよ。」

「はいはい、そうですか。」

「まったく、しょうがない人ね。」

「どういうことだよ。」

しょうがないって何だ。俺のどこがしょうがないんだよ。


「まったく、しょうもない人ね。」

「しょうもないってなんだ!俺のどこがしょうもないんだ!」

あ、こういうところか。



「そう言えば天ケ谷君、水族館って知ってる?」

「そこからやり直しちゃうんだ。」

「あなたは知らないかもしれないけれど、水族館ってとても綺麗なのよ。」

俺だって水族館くらい知っている。

魚がいっぱい泳いでるやつだ。


「そう言えば最近水族館に行った記憶がないな。」

「そうね、私も無いわ。あ、水族館を知ってるのね?」

「水族館って何のた…」

「無視なのね。」

「いや、だって、『あ』とか言うからさ。」

忘れるくらいなら余計な失礼はやめて欲しい。自分の言葉にもっと責任を持って欲しい。



「で、何かしら。」

「自分で話を遮っておいてそれはないんじゃないかなと思いながらも優しい俺はそのことに一旦目を瞑って話を続けた。」

人は何の為に水族館に行くんだろうな。


「心の声と台詞が逆になっているわよ。」

「うわ!間違えた!」

てか話が全然進まねえ!


と、気を取り直して

「人は何の為に水族館に行くんだろうな。」

「魚を観察する為でしょう?」

「そりゃそうなんだけどさ。でも水族館に行く人の内、何割が本気で魚を観察しに来ていると思う?学術的なことは俺たち素人には分からないし、あれって一種の博物館なわけだろ?」

「そうかもしれないけど、人間ってそんなに論理的には生きていないものよ。結構ふんわりしているの。なんとなく魚を見たい、みたいな気分で行くのよ、多分。」

「なるほどなあ。まあ、なんやかんやと理由をつけて水族館に行かない俺みたいな人よりも、そういうなんとなくで来てくれる人の方が水族館的にもありがたいのかな。」

言われてみれば大半の水族館は営利団体なのだ。

人々も遊園地的な感覚で足を運ぶのかもしれない。俺は人が遊園地に行く理由も分からないのだが。



「ああそうそう。否定するのを忘れていたけど、私にはちゃんと夏休みの予定があるのよ。」

「へぇ、どんなだよ?」

「家族とのハワイ旅行。」

「それは自慢か?」

「自慢?何のことかしら?私はただ、あなたが夏休みの間私と会えないのが寂しくなって私を遊びに誘おうとした時にあなたが困ると思って、事前に教えてあげているだけよ。」

「想像力豊かすぎだろ。」

それを俺なんかではなく、もっと別のことに活かして欲しい。


「で、その旅行はいつからなんだ?」

「ちゃんと訊くのね。」

「まあ一応な。」

「良いわ、教えてあげる。夏休み最後の一週間よ。」

「覚えておくよ。」

「最後まで覚えていられるか不安ね。」

「俺を何だと思ってるんだ!」

真剣なトーンで言うので、冗談なのか本気なのか分からない。



「あ、そろそろお別れね。」

「北見は俺の家を知ってるのか?」

「ええ。あそこでしょう。」

北見は俺の家を指さした。


「昔家に来たことあったっけ?」

「一度だけね。」

「ふうん。」

いつだろう。覚えていない。でもこんなどうでもいい嘘はつく筈がないから本当なんだろう。



「あら?妹さんがいるのは知っていたけれど、お姉さんもいるのね。」

「いや、俺には妹しかいないぞ。」

この世界には。


「ではあれは誰?」

そいつは俺の家から出て来た。

フルフェイスヘルメットにライダースーツ。明らかに家族ではなかった。


「お前…あれはお姉ちゃんっていうか…」


「んーんーんー」

そしてそいつは両腕に、両手両足を縛られ、口をガムテープで塞がれた妹を抱えていた。お姫様だっこみたいな感じで。


「お姉ちゃんじゃかったら何なの?」


誘拐犯。

妹が誘拐される。

俺の目の前で。


季節感

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