02
ミーヤを知ったのは今から5年前だった。
たまたま視察で立ち寄ったチェーチル伯爵家でミーヤと出会った。
当時まだ12歳だったミーヤはクリッとした大きくて丸い目をキラキラとさせて僕を見ていた。
『可愛い』と素直に思った。
その時の僕はミーヤには身分を証しておらず、髪色も変えていたので、もしかしたらミーヤの記憶の中では僕とは別人として認識されているかもしれないのだが、チェーチル伯爵家で過ごした2日間は僕の人生を一変させたと言っても過言ではなかった。
僕は元々結婚には興味がなく、王太子という立場なのに婚約者も置かない変わり者として見られていた。
父である国王や母である王妃には候補者の中から早く選ぶようにと言われていたが、釣書を見ても実際に会ってみても全くピンと来るものがなく、何時かはしなければならないと分かっていても心が動かず全て跳ね除けたのだ。
その時の僕は17歳。
ミーヤとは5歳の年の差があり、流石に12歳の少女に一目惚れする事になるとは思いもよらなかった。
ミーヤはおっとりとしていて朗らかで、ただ隣にいるだけで心地好く、年の差があっても会話を弾ませる事の出来る頭の良さも持ち合わせていた。
おっとりしているのに意外と行動力があり、その意外性にも僕はどうしようもなく惹かれた。
控えめに言ってもミーヤは可愛すぎた。
容姿だけで言えばミーヤよりも美しい女性は沢山いるが、僕にはミーヤ以上に可愛いと思える女性を今まで知らなかったのだ。
たった2日間、しかも2人きりで話した時間は1時間にも及ばない僅かな時間で僕はすっかりミーヤに惚れ込んでしまった。
何が僕をそこまで惹き付けたのかは正直分からないが、あんなに結婚には興味がなかった僕が「ミーヤと結婚したい!ミーヤ以外いらない!」と思うようになったのだから自分でも驚きだ。
城に戻ると僕はその足でミーヤを娶りたいと国王に告げた。
国王は僕に好きな相手が出来た事を喜んで、すぐにでも婚約を結ぼうと動いたのだが、それに待ったを掛けたのが僕の婚約者候補筆頭と目されていたアリアンヌ嬢の父であり宰相であるブロイド侯爵だった。
ここ数代の王や王子達の妃を例に持ち出し「伯爵家では王族として相応しくない」と主張してきたのだ。
もっと過去まで遡れば何人もの王族が伯爵家の娘と結ばれていたのだが、どう反発しても「相応しくない」の一点張り。
その内自分の派閥の貴族達まで引き込み「絶対反対」の意を突き付けてきて、余りの反発に国王も無視する事が出来なくなり、ミーヤとの婚約話は泡と消えてしまった。
それから5年間、僕は隙を見てはミーヤと婚約を結ぼうとしたのだが、何処かで話を聞き付けては潰され続けた。
しかし流石に22歳になってもまだ婚約者がいないという状況は色々と不都合がある上に、婚約者候補として挙げられていた令嬢達も婚期を逃すと貰い手がなくなる為に他に相手を見付けてしまった為それまで断固として反対していた宰相も折れた。
まぁ、宰相が折れた最大の原因はアリアンヌ嬢がミューラ公爵家に嫁いだ為なのだが、今まで反対していた為に簡単に手のひら返しも出来ずここまで伸びてしまった。
そうして僕は晴れてミーヤを婚約者として迎えたのだが、僕とミーヤの間には何やら巨大な壁を感じる。
僕は恐らくストレートにミーヤへの気持ちを伝えているはずなのだが、ミーヤはいつも困ったように微笑むだけ。
「ちゃんと「好き」って伝えてますか?」
側近のイーサンに言われてドキッとした。
直接的な言葉はまだ言ってはいなかったのだ。
態度で示していれば伝わるはずだと思っていた僕は目からウロコな気分だった。
「そうか、きちんと伝えなければ伝わらない、か」
「そうですよ。人間、気持ちは言葉にしなければ正しく伝わりませんよ」
「そうだな!」
好きだときちんと伝えようと心に決め、僕は次にミーヤに会うまでに何度も脳内でシミュレーションをした。
*
ミーヤに会える日は思いがけなくやって来た。
妃教育が終わったミーヤとバッタリ出くわしたのだ。
これはチャンスだと思った。
「ミーヤ、少し時間をもらえないだろうか?君に伝えておきたい事があるんだが」
そう言うとミーヤは少しだけ体をピクッとさせ何故か青白い顔で頷いた。
何処で告白するかまでは全く考えていなかった僕は取り敢えず自室にミーヤを招いた。
酷く緊張した面持ちのミーヤはソファーに座るとドレスをギュッと握り締めた。
「そんなに固くならないで。流石に襲ったりはしないよ」
「そ、そんな事は...」
「ミーヤ、君が好きだよ。5年前に初めて君に会った日からずっと、僕には君しかいない」
「そんな事仰らなくともいいのです...分かっておりますから...私は虫除けで、殿下に心から好きな人が出来れば婚約は解消されるのだと、ちゃんと分かっております...」
「ちょ、ちょっと待って!何その話?!虫除け?!一体何の話をしてるの?!婚約を解消?!そんな事絶対に有り得ないよ!」
「え?でも...」
「でもじゃないよ!解消?!本当に有り得ない!僕は君の事が好きなんだよ?やっと、やっと手に入れたのにどうして手放すと思ってるの?5年も掛かったんだよ?!」
「私は、虫除けの為に立てられた仮初の婚約者では、ないのですか?」
「どうしてそういう事になるの?!」
「そう仰る方達が...」
「今からそいつら処刑してくる」
「しょ?!ま、待ってください!処刑は駄目です!」
ミーヤが僕に抱きつくようにしがみついてきた。
それだけで僕の体は面白い位に硬直してしまった。
顔なんて恐らく真っ赤だろう。
情けないけど、それ程ミーヤの事が好きなんだ。
「で、殿下?」
怖々と僕を呼ぶミーヤをここぞとばかりに思い切り抱き締めた。
「ミーヤ、大好きだ!本当に好きなんだよ、ミーヤ」
「ひゃっ!へ?あ?!ふぁい!」
僕の腕の中で慌てふためくミーヤが可愛すぎる。
「僕の気持ちを分かってくれる?君は虫除けなんかじゃないよ、ミーヤ。僕の恋焦がれる愛しい婚約者だ」
「...本当、ですか?」
「どうか僕の言葉だけを信じて...君だけなんだよ、僕が欲しいと思った女性は」
「...本当に?」
鼻声になったミーヤが僕の腕の中で泣き出した。
「ミーヤ、好きだよ、愛してる」
「...私も、お慕いしております」
「本当に?!」
「...はい」
その言葉だけですっかり浮かれてしまった僕は、ミーヤの頭や頬に何度も何度もキスをし、ミーヤは僕の腕の中で真っ赤になり気を失ってしまった。