これよりプランNTRに移行する
僕達――『至高の脳破壊』は、脳破壊をこよなく愛する冒険者が集まったパーティだ。
…………ごめんなさい。パーティなんてファンタジー的な言い回しをしましたけど、本当はただの同好会です。
メンバーもギルドに所属してる冒険者じゃなくて、学生。そもそも現代社会において、冒険者なんているはずもなく。
ただ、選ばれし者が集っていることは間違いのない事実。
脳破壊――10代半ばでこの頂きにたどり着ける人間がどれだけいることか。恐らく全世界の高校生の1%にも満たないだろう。
『至高の脳破壊』の会長は僕よりひとつ上の幼馴染のお姉さん、坂上真姫――真姫姉だ。
真姫姉は齢16にして、 脳破壊を極めし変た………ゲフンゲフン、淑女だ。
実際のところ真姫姉はすごい。
学業の成績は優秀。いつもテストは学年で一番。それでいて、スポーツも万能なのだから非の打ち所がない。
そして真姫姉は容姿も優れている。男子からモテモテだ。本来であればこんな狂っ――素晴らしい同好会とは無縁な存在のはずなんだけど……。
まあそれはいい。だけど真姫姉とお近づきになりたいがために、『至高の脳破壊』に入りたいと言ってくる男が多いので困る。
真姫姉は高校の生徒会長をしている。表では生徒会を、裏では『至高の脳破壊』をまとめあげているのである。正に真姫姉は女傑と言っていいだろう。
副会長は僕、依田欣也。唯一真姫姉と一緒に『至高の脳破壊』を創立したメンバーだ。故に最古参の会員でもある。
僕は真姫姉と違ってそれほどスペックは高くない。
成績は真ん中ぐらいで、運動はちょっと苦手。顔の方はと言うと…………多分普通かな。本当に多分だけど。
現在『至高の脳破壊』では、とある作戦が目下で進行中だ。
プランNTR――真姫姉が立案した『至高の脳破壊』の会員に脳破壊を堪能してもらう計画。
最も脳が破壊されるものと言えば何か。そう――寝取られだ。そして次点でBSS。
脳破壊を嗜む変た――紳士淑女達の中には異論反論はあるだろうが、『至高の脳破壊』ではそう結論づけている。
まず真姫姉が生徒会長の権限を用いてイベントを催し、会員に出会いの場を提供する。そして会員にはそこで恋人を作ってもらう。
あとは簡単、恋人が寝取られるのを待つだけ。
待つと言っても、何もしないわけじゃない。これもまた真姫姉の権限を使って、会員の恋人の浮気相手になりそうな人と出会わせる。
これで効率よく脳破壊を楽しめるという訳だ。そこ! それって寝取られじゃなくて寝取らせじゃね? とか言うツッコミはなしだよ!
一見完璧に見えるプランNTR。だけど進行具合はそれほど芳しくない。そして今日も――。
「真姫姉大変だ! 長谷川が裏切った!」
「なにっ!」
件の長谷川は『脳破壊』の幹部をしていた。彼ならつつがなく任務を遂行すると思っていたのだが、こうもあっさり裏切るとは……。
「長谷川の奴、彼女ができた途端『至高の脳破壊』を抜けたいって言ってきたんだ」
「フム……脱退を申し出たのはこれで5人目か……」
基本的に会員に恋人を作るというところまでは順調にことが進む。
けれど、恋人ができた会員は皆口々に「彼女に愛着が沸いた」だの「彼のことを手放したくない」だのと言って、『至高の脳破壊』を辞めていくのだ。
全く情けない。情に流されて脳破壊から逃げるなんて。
「どうしよう真姫姉。『至高の脳破壊』の会員はもう僕と真姫姉だけになっちゃったよ?」
「どうしたものか……。イベントを催しすぎたせいでもう生徒会の予算もない」
真姫姉が頭を抱えている。普段一緒にいる僕でも、こんな姿は初めて見た。
それくらい真姫姉は理性的な女性なのだ。その彼女がここまで思い悩むということは、事態が相当深刻であることを表している。
「「……」」
重苦しい空気が生徒会室を支配する。打開策を頭の中で検討してみるものの結論は出ない。
「!!」
真姫姉は何か妙案を思い付いたのか、唐突に手をポンッと叩いた。
「これより、プランNTRからプランBSSに移行する!」
「BSS? 好きな人に彼氏ができるっていうのであってる?」
「あっている。我々は脳破壊を生み出すために周囲の人間を変えようとしたが、それがよくなかったのだ。他人を変えるのは難しい、だが自分を変えるのは簡単だ」
「でも、好きな人に彼氏ができるとは限らないよ? それに僕、今好きな人なんていないし」
「何を言っている欣也、君には心当たりがあるだろう?」
そんな人いたかなあ……。
記憶を辿るも、思い当たる節はない。敢えて挙げるなら真姫姉くらい。そしてもう一人。
もしかして……。
「春奈のこと?」
「そうだ。春奈には今親しい異性がいるだろう? BSSにはもってこいだ」
僕には真姫姉以外にもう一人幼馴染がいる。志原春奈――それが彼女のフルネーム。
昔は僕、真姫姉、春奈の3人でよく遊んでいた。高校に入るまでは一緒に帰ったりもしていた。
だけど僕はそんな春奈と疎遠になってしまっている。別に彼女のことが嫌いになったとかじゃない。むしろちょっと寂しいくらい。
距離ができた理由――それは春奈に彼氏ができた。それだけの話だ。
「うーん……彼氏持ちの女の子を好きになれって言われても……BSSじゃない気がするし、川添先輩に悪い気がする」
春奈の彼氏は僕もよく知っている。真姫姉が会長を務める生徒会の副会長――川添拓人先輩だ。
川添先輩は真姫姉と対をなす存在だと言われている。男子に人気なのが真姫姉なら、女子に人気なのは川添先輩だ。
「安心しろ。私の見立てでは川添と春奈はまだ付き合ってはいない。まあ、時間の問題ではあると思うがな」
「いきなり春奈を好きになるなんてできないよ。今までそんな感じにはならなかったし」
「欣也、それは君が行動していないからだ。人の想いは行動することによって強くなるものだ」
「具体的に何をすればいいの?」
「春奈に告白しろ。そしてフラれるんだ。一度意識してしまうと春奈が気になって仕方がなくなるはずだ」
言われてみれば確かにそうだ。何もせずボーッとしていたら思い入れもへったくれもない。
「わかったよ」
「頼んだぞ欣也。『至高の脳破壊』の副会長の君が存分に脳破壊を楽しめることを祈っている」
「ありがとう」
よくよく考えてみれば、このシチュエーションは最高かもしれない。
想いを伝えるものの、願い叶わずあっさり幼馴染にフラれてしまう僕。
一方で幼馴染はイケメンの先輩と付き合い、先輩とイチャイチャパコパコする。僕のことなんて頭の片隅にもない。
彼女の瞳に写っているのは、先輩の逞しい身体。幼馴染は先輩の腕の中で至福の笑みを浮かべるのだ。
そして先輩が彼女に対してこう言う。
『よかったのかい? 幼馴染くんは君のことが好きだったんだろ?』
僕との関係を尋ねられ、自分の想いが伝わりきれていないと幼馴染は膨れっ面になる。故に彼女は先輩への愛を言葉にする。
『彼はただの幼馴染です。私が好きなのは先輩だけ、愛してるのは先輩だけなんです』
あ……。
あああああ……。
たまんねぇええええええ!!
絶対に成功させてみせる! プランBSSを!
僕は行動を開始した。まずは春奈と連絡を取り、学校の屋上へと呼び出した。
ベタとは言え、告白をするとなればここしかあるまい。というより他に思い付かなかった。
「なんか久しぶりだね。こうして欣也と話すの」
「うん、そうだね」
「私寂しかったんだよ? なんか私のこと避けてなかった?」
「そんなことないよ」
お! いいぞいいぞ! これは上げてから落とされるパターンだ。
寂しかったとか言って、気があるように見せかける。
しかしいざ告白すると、僕のことをそういう風には見れないとかいうやつだ。間違いない。
「で? 話って何?」
「実は……春奈のことがずっと好きだったんだ! 僕と付き合ってほしい」
「いいよ」
「うん、分かってる! 春奈が川添先輩のことを好きなのも」
「だからいいって言ってるでしょ」
「でも春奈を想う気持ちを抑えられなかったんだ! ごめん……迷惑だよね」
「いいって言ってんでしょうがぁあああああああ!!」
耳がキンキンする。爆竹を耳元で破裂させたみたいに。
「私も欣也のことが好きだったの! でも欣也には真姫姉がいると思って、私……」
What?
「え……? 春奈は川添先輩が好きなんじゃないの? だって、あんなに仲良かったよね?」
「ごめん……そっか、欣也にはそう見えちゃってたんだね」
意味が分からない。僕は川添先輩と春奈がデートしているのをよく目撃している。
「拓人さんは私のお兄さんなの」
??????
「へ? どういうこと?」
「あんまり人に話すようなことじゃないから、欣也にも黙ってたんだけど、兄さんと私は産まれたお腹が違うの」
「え?」
「私も最近知ったんだ。腹違いの兄弟がいるなんて。お父さんからいきなり言われてびっくりしちゃった」
あわ……。
あわわわわわわわ! これアカンやつやん!
兄弟である以上、春奈と川添先輩が付き合うことはない。加えて告白が成功してしまっている。
複雑な家庭の事情を打ち明けてくれた春奈に、告白をなかったことにしてくれなんてとても言えない。
僕には春奈と付き合う道しか残されていないのだ。BSSによる脳破壊への道は閉ざされてしまった。
…………。
いや待てよ? BSSが無理でもNTRで脳破壊がいけるんじゃないのか!?
よし! 春奈が寝取られるシチュエーションを作り出せばいいんだ!
「そうだ欣也。恋人になったんだし、アレしなきゃ」
「アレって?」
急に春奈が距離を詰めてきた。
とっさのことで反応ができず、そのまま突っ立っていたら、いつの間にか目と鼻の先に春奈の顔があった。
もしや――。
「こういうことっ!」
――チュ!
Oh……
あ、ダメだこれ。春奈のことを独り占めしたくなっちゃったよ。他の男に彼女を渡したくなんかない。
ファーストキスの破壊力は凄まじかった。唇と唇が触れただけなのに、春奈のことが愛おしくなってしまった。
今になって裏切り者達の気持ちが分かる。こんなの味わってしまったらもう抗えない。
真姫姉……ごめん……。
僕、『至高の脳破壊』辞めるよ――。
★★★★★
欣也……君は素晴らしい。『至高の脳破壊』の要である君は立派に任務を遂行した。
君は作戦が失敗に終わったと思っていたようだが、実は違う。そもそも本当のプランはBSSではなくWSSだったんだ。
私は知っていたのだよ。
春奈が君に恋していることも、そして川添が春奈の腹違いの兄であることも。だから君に告白を促したんだ。
気付いていたかい?
私は君のことが好きだったのだ。春奈が君を好きになるずっと前から。それこそ胸が張り裂けそうなほどに。
おかげで見事なまでに脳が破壊されたよ。もう堪らなかった。
10年以上想い続けた男が奪われる悔しさ。想いを伝えなかったことへの後悔。苛立ちと悲しさがごちゃごちゃになるあの感覚にどれだけ酔いしれたことか。
究極の快楽を提供してくれてありがとう。君を想って、どれだけアレに耽ったかわからないよ。
さて、『至高の脳破壊』のリーダーとしてまだ私にはやらねばならないことがある。新たに会員を集めることだ。
欣也が脱退した今、『至高の脳破壊』の残りの会員は私一人となった。去っていった会員は恐らくもう戻ってくることはない。
だからと言って無闇やたらに勧誘するつもりはない。脳破壊の快感を理解できる者でなければダメだ。
されど目星は付いている。彼女――私のもう一人の幼馴染なら欣也が抜けた穴を埋めてくれるだろう。
フフフフ、春奈。君に脳破壊の素晴らしさを教えてあげよう。私とともに至高の喜びを分かち合おうじゃないか。
私は見抜いているよ。君の心の奥底で燻っている略奪願望を。
これ見よがしに私の前で欣也とイチャついたり、保健室で欣也と行為に及んだことを私に自慢してきたね。優越感に浸りたいがために。
春奈、それだけだと駄目なんだよ。
君は私がどれだけ苦しんだか想像できないだろう? 略奪という行為で愉悦を覚えたいならば、奪われるものの痛みを知らねばならない。
相手の痛みを理解することによって、より優越感に浸れるようになれるんだ。
君には才能がある。脳破壊を極めし者――『脳殺し』になる資質がね。
そのために欣也は返してもらう。元々彼は私のものだ。私が脳破壊を堪能するために君に預けたに過ぎない。
さあ、『至高の脳破壊』史上最大の作戦を実行をする時が来た。これより、プランWSSから――。
プランNTRに移行する――。
最後まで読んで頂きありがとうございました。