忙しい一日の終わり
「行くぞ」
「へい!」
「シャス!」
「ダフニアアアス!!」
子分が3人ついてくる。ひとりめは出っ歯でこすっからい目をしているヤツ。話題と言えば博打でいくら勝ったとか、女にこれだけ貢がせてるとか。
全部ウソだろーな。だってこいつバカだし。言葉が通じるだけマシだけど。
ふたりめは筋肉ムキムキで、着られるジャケットのサイズがないために「蜥蜴とピッケル」で唯一ジャケット着用義務を免れている。
「シャス」か「シャ……ス」の二通りしかしゃべらない。前者がイエスで後者がノーだ。
もちろんバカだ。
三人目は挨拶からしてぶっ壊れている。他に言うべきことはない。バカだ。
なにが悲しいって、この3人全員俺より年上なんだよな。
ハタチは越えていると思う。こいつらの年齢なんて興味の欠片もないので聞かないけど。
「スコットさーん、『蜥蜴とピッケル』ですわ。借りたお金返してくださいよー」
今日の1発目は借金の取り立てだ。
ごんごんとノックしていると、
「ここはコイツに任せやしょうよ」
こっすからい出っ歯がなんか割り込んでくると、筋肉バカが、
「シャス!」
「あ、おい……」
「シャアアアアス!」
ドンッ、とパンチをお見舞いして、木の扉を破壊した。
「…………」
「どうぞ、兄貴」
「シャス」
得意げな出っ歯と、褒めて欲しそうな筋肉。
ぱらぱらぱら……と粉砕された木の扉が地面に散らばる。
扉の向こうにはこれから仕事に行こうかという感じの職人が呆然として立っていた。
「……あのな」
俺は頭痛をこらえながら言った。
「スコットさんの借金は毎月返済で1万1千イェンだ……この扉を直すのにいくらかかると思う?」
「…………」
「…………」
出っ歯と筋肉が顔を見合わせている。
ちなみに言うけど、3人目のバカはすでにここにいない。来る途中でふらふらと、春風に誘われた変質者のようにどっかに行った。あれは筋金入りのバカだな。
スコットさんは毎月きちんと支払いしてくれている優良顧客である。
平謝りに謝って、扉はきっちりこちらもちで弁償することを伝えて事なきを得た。
俺が残ったバカふたりに説教を垂れようと思ったのだが、
「なんだ。借金の取り立てってもっとバイオレンスでショッキングなアレだと思ったんすけど、楽勝っすね!」
「シャス!」
説明する気もなくなった。
2件目以降は「絶対に手を出すなよ。口も開くなよ」と言い含めておいたおかげで何事もなく済んだが、まず出っ歯が消え、昼飯時には筋肉もいなくなっていた。
バカは困る。
それ以外の感想が出てこない。
次の仕事は「契約店舗」への顔出しだ。いわゆるケンカの仲裁をしたり、悪質な嫌がらせをしてくるようなライバル店舗があれば、そっちににらみを利かせるのだ(ジーナちゃんの店舗は今日の予定に入っていないのが残念)。
で、毎月ナンボという感じでお金をいただく。
とはいえそうトラブルが起きるわけでもないので、俺も俺で、その店舗で昼飯を食ったりして金を落とすようにしている。
「店長。なんか変わったことないっすか?」
「あ? ねーよ。アンタみたいなガラの悪いジャケット男がいると他の客が迷惑だから、それ食ったらとっとと帰ってくんな」
「…………」
世間の、裏ギルドに向ける目は冷たいのである。
それから15時過ぎまで「蜥蜴とピッケル」の現場を回る。大抵の場所でトラブルが起きているので——しかも、舎弟たちがやらかしているので、それに収拾を付けるのが俺の役目だ。
午後16時、疲労とストレスによる頭痛に悩まされながら事務所に戻る。
本部長は相変わらずヒマそうに事務所にいて、今日はどこで飲むか、愛人のところに行くか、たまには風俗で一発……なんていうクソみたいなことを悩んでいるので、是非ともお相伴にあずかりたい俺はゴマをする。
一度も連れて行ってもらったことはない。
このころには別で出かけていた舎弟たちも帰ってきており、俺が現場に顔を出せなかったところはトラブルが起きている上、仕事の漏れもいっぱいあるのでそれを片づけるためにまた外回りだ。今度はチンピラを5人連れて出る。
午後20時、さすがに疲れた、もう無理、一歩も歩きたくない、と思いつつ事務所に戻るころには連れて出たチンピラはすでにどこかに消えている。ひとり残っていれば御の字、ふたり残っていたら奇跡だ。フェリを連れて出るとずっとついてくるのだが、フェリといっしょだとアイツもなにかを「破壊」してトラブルの元になるのでできる限り別行動にしたい。
事務所内は、「どうした? 野球でもしたか? ヤンチャだなぁ!」というくらいとっちらかっているのだけど、片づける元気なんてあるはずもない。
帰って寝たいが、繁華街のケンカ沙汰はこの時間からが本番だ。
居酒屋、キャバクラ、風俗。
ゴミの部屋でウトウトしていると大声で呼び出される。
ケンカが起きたのだ。俺が仲裁に行かねばならない。俺になにかおごってもらえるんじゃないかと期待した目のチンピラが何人かいるので、そいつらを連れて行く。チンピラでも連れて行けば、ハッタリくらいにはなる。
いや、事務所に放っておくとなにかとんでもないものを破壊しそうで怖いから連れて行くという理由もある。
午後23時、繁華街、風俗街、大体そのあたりで解散。
忙しいと一杯おごるような余裕もないので、恨めしい目で見られる。勘弁してくれ。
午後24時、家で寝る。
「——『蜥蜴とピッケル』には『期待の新星』が入ってうらやましい、なんて言われたぜ。なあ、おい、舎弟頭、聞いてるか? お前が舎弟頭になってもう10日経ったわけだな。調子はどうだ。ぶいぶい言わせてるか?」
「無理っす……」
「あ?」
「無理っす。仕事がもう回らないっす……」
本部長の部屋に呼び出された俺は、正直に言った。
どいつもこいつもバカばかりで、マジで使い物にならない。
あれこれ説明して教えてやるのだが、最初は「ふんふん」なんて顔をしていたのに、話が長くなるとつまらなさそうな顔をして、翌日には来なくなる。
だがどこから湧いて出るのか、新しいチンピラがその翌日には補充されている。
「なあ、ダフニアよ」
ニカッ、と笑うゴリラ。
たぶん笑ってるんだよな……? ひょっとしたらケツがかゆくてむずむずしてる顔なのかもしれない。
「お前以外に舎弟頭がいないのに気づいたか?」
「あ……」
俺はハッとした。
確かに、いない。
「どいつもこいつもバカばかり。そのとおりだ。そもそも言葉をまともに話せるヤツがいねえんだからしょうがねえ。その中で、お前は頭ひとつ抜きんでた。お前は舎弟頭になるべくしてなったんだ」
「いや、え? ていうか今まではどうしてたんですか?」
「俺が首根っこつかんで『現場で真面目に仕事するか、それとも魔導爆薬持って特攻するか、どっちがいい?』と聞きゃあ大抵のヤツは仕事したな」
「…………」
おかしいな?
俺は一発目から「魔導爆薬路線」だったんだが?
「おいおい、ダフニア。そんな目で見るんじゃねえよ。お前は特別なんだ、特別」
「…………」
なにが特別だ。
信じるわけねーだろ。
大体ゴリラが人の言葉しゃべってんじゃねーよ。
「しょうがねえな、お前は……近いうちに風俗連れてってやっから。それも1回10万イェンの高級風俗な」
「本部長、俺、いや、わたくし、ギルドのために尽くします!」
「お前の手のひら返しはある意味清々しいな」
やったぜ! これで俺も童貞とお別れだ!
舎弟頭になって、金の回りは多少なりともよくなった。舎弟に安酒をおごるくらいならできるのだ。
だけどさすがに風俗は無理。
高い。
あと勇気がない。
だって、性病とか気になるじゃん! あと童貞丸出しでいったら「あいつ絶対童貞だよプッ」とか笑われたり「風俗店のマナーも知らないのかね」とか陰口叩かれそうだし!
ちなみに、借金についてはあくまでも俺のものじゃないと主張しているし、前回の魔導爆薬の件で帳消しになってもいいはずだし特別ボーナスが出てもいいはずではある。
本部長は「だけどなぁ、本来の約束である『逆毛は生き様』のボスはまだ生きてるしなぁ……チラッ、チラッ」とかクソウザいアピールをしてくるけどな。「魔導爆薬がダフニアさんに使って欲しいって言ってるよ~?」じゃねえよ。懐からバナナ感覚で魔導爆薬出すんじゃねえよゴリラ。でも高級風俗は楽しみにしていますね!