「幸運」スキル、初体験!
夕陽が沈み、夜になった。
……フェリを誤魔化して遠ざけたのはいいが、結局のところ俺の問題はなにひとつ解決していない。
身分には高額借金。
手元には魔導爆薬。
記憶には爆殺命令。
未来には絶体絶命……。
「こんなはずじゃなかったんだよなぁ……」
「幸運」スキルがあるからなんか未来は明るいんじゃないかっていうくらいの軽い気持ちで王都に来ただけで、まさか、人殺し(ただし高確率で自分も死ぬ)まっしぐらだとは思わなかった。
「俺は……楽しいことや刺激がたっぷりの王都で、手堅い仕事を見つけてちゃんと独り立ちして、できれば可愛い奥さんなんか見つけて……平和に暮らしたいだけだったんだよな……」
そのくらいの幸せなら「幸運」スキルがなんとかしてくれる。
そう思ったっておかしくないだろ?
「望みと言ったらその程度の……小市民なんだよ……」
ふと夜空を見ると、ぱぁっ、と明るくなった。
「花火……」
今日は王様だか王妃様だかの誕生記念祭だったか。
街がいつもより少し、騒がしいような気がしていた。
「……ま、ここには誰もいないけど」
俺がいるのはとあるビルの屋上だった。
「蜥蜴とピッケル」が清掃を請け負っているビルで、オーナーは金満デブで常に高そうな服を着て歩いていた。
クソ、うらやましい!
じゃなかった。いや、うらやましいのは確かだけど。
それはともかく……合鍵があるので、魔導エレベーターも使い放題で屋上に簡単に上がってこられる。
20階のビルの屋上は風が強くて、飯を食うにも、洗濯物を干すにも、もちろん美女を侍らすにも向いてない。
掃除もしていないので、昨晩降った雨がまだ水たまりになって残っている。
無用の長物のここは、俺みたいな人間がひとりぼっちになれる数少ない場所ってわけだ。
「じめじめしたベンチ」の仲間、「吹きさらしの屋上」である。
「あん? なんだアレ……」
大通りを挟んだ向かいのビルなんかは高さ10階程度なので、ここほど強風ではないのだろう。
なんかピンク色の魔導ライトがプールを照らしている。
そこには女たちがひとりの男を囲んでいるが、完全に別世界だ。あるにはあるんだ、ああいうゴージャスな世界が。この王都エルドラドには。俺にはまったく縁がないってだけで。
足元の大通りだって多くの王都民が出て、お祭り気分を味わっている。
幸せそうでいいですねぇ。
誰も魔導爆薬のことなんて考えもしないんでしょうねぇ……。
「……あのプールも、大通りも、俺には関係ない世界なんだよな」
魔導爆薬を持つ手が震えている。
なにが「漢の中の漢」だ。
死ぬのが怖い。人を傷つけるのも怖い。ただのビビリだ。
やられた報復に死に物狂いで捜して、兄をぶちのめすことすらできない半端者だ。
「あーあ……田舎で農業やってりゃよかったのかな……」
小麦畑をやってる親父に言わせれば、俺の細腕じゃ「農業は無理」だそうだ。
ひ弱で貧弱。
なんで、ゴリラが取り仕切る血なまぐさい裏ギルドにいるんだ、俺。
「そうだよ……なんで俺は裏ギルドになんか所属しちゃってるんだよ……ここじゃ女の子との出会いもないし!」
可愛くて気の利くお嫁さんを捜すなんて裏ギルドにいたら不可能だ。
2桁の計算ができずたまになにかぶっ壊す時限爆弾みたいな女しかいない。
いや、見た目はいいんだよ、見た目は……どうしてその他のマイナス要素があんなにデカいんだよぉ!
「ていうか、どうせ裏ギルドの借金なんて合法でもなんでもないんだろ! 払う義務はない! 元々が俺の借金でもない!!」
気づいた。
気づいてしまった。
借金を返すアテがないなら、踏み倒せばいいじゃない。
ドンッ、ドン——。
花火が上がる。
「ふはは、ふは、ふはははははは! そうだ! 逃げちまえばいいんだ!」
まるで俺の前途を祝福するかのように、花火が上がる。
「あ……?」
屋上に残っていた水たまりに、ふと、見慣れないものが映っていた。
金色に光る髪が逆立っている。
そして目も、金色。
フェリのような金目ではなくて、それ自体が金色の光を放っている。
「これ……俺、か?」
くせっ毛の茶髪に、鳶色の目。それが本来の俺だ。
金色に光る男じゃない。いや、将来的には輝かしいゴールデンマンになる可能性はあるけどね?
水たまりに映る——こすっからい目つきも、冴えないそばかすも、俺のものだ。
ただ髪と目が金色に光っているだけで。
——スキルを発動したときには肉体の一部にわかりやすい変化がある。
「お、おいおい……おいおいおい……! マジか! ここで俺の『幸運』スキル発動しちゃう!? 発動しちゃうの!? ひゃっほおおおおおお!」
つまりはこういうことだ。
「俺の未来は明るい!」
それならやるべきことはひとつだ。
「借金なんて知るかバ――――――カ! 魔導爆薬なんて知るかバ――――――カ!」
ドンッ、ドンドンッ。
花火が上がって周囲が明るくなる。
「俺は王都を抜け出してやるぞォーッ!! ひゅうーっ!!」
俺の気分は最高潮で、手にした魔導爆薬を天に掲げた。
——ジッ。
「ん?」
なに?
なんだ今の音?
「…………」
そっと魔導爆薬の入った包みを見ると——煙が出てる!? なんで!?
「あづっ!?」
俺の頬にも熱さと痛みが走った。
上からなんか落ちてきた——。
これ、花火だ。
花火の燃えカスが落ちてきてるんだ。
「ちょちょちょちょちょ!」
あわてて包み紙を開けると、リレーのバトンのような魔導爆薬が6本、ヒモでぎっちり結ばれている。
その先端から伸びている灰色の導火線が——。
「火が点いてるぅ!?」
俺はテンパった。
あわてて導火線を握るが、
「あぢぃっ!? なんで消えねーのこれ!?」
まさか魔術的ななんかで一度火が点いたら止まらないとかそういうヤツなのか!?
「どうするどうするどうする。ここで爆発四散なんてイヤだぞ俺は——」
ドンッ、ドンッ、ドンッ——。
花火の光が俺を照らし出す。
「そ、そうだ……」
思いついた!
「こいつも花火になっちまえええええええええ!」
俺は両手でつかんだそれを、下から上へ、思いっきり、夜空へと魔導爆薬をぶん投げた。
大空で爆発すれば、汚ねぇ花火のできあがりだ!
「……え?」
だけど、俺は忘れていた。
「全然上がらん!?」
俺の腕力なんてしょぼしょぼのゴミカスレベルだということを。
すぐに頂点に達した魔導爆薬が落ちてくる——俺を目がけて。
「いやあああああああ!?」
おかしいだろ!「幸運」スキル持ちなのに! スキルが発動してるのに!?
そのとき、
バタバタバタバタバタバタバタ——。
黒い霧のようなものが飛んできた。
羽ばたいているのでなにか鳥のようなものだということはわかった。
それが、花火の明かりと騒音に驚いて飛び出してきたコウモリの群れだと知ったのは後のことだが、それはともかく——コウモリの大群は俺のぶん投げた魔導爆薬の包みをつかんで飛び去っていく。
「お、おおっ!? マジか!?」
これか。
これこそが俺の「幸運」スキルなんだ……!
いやー助かったぜ!
「…………でも」
でもな?
なんでまだ爆発しない?
ていうかどこまで飛んでいくんだい、黒い霧よ。
「おまっ、もっと人がいるところに落としたりするんじゃねえぞ!? おい、おいおい、おいぃぃぃっ!?」
大通りに落とされようものなら、大惨事だ。
だけどそうはならなかった。
なぜなら黒い霧は向かいのビルの上、ほら、ピンクにライトアップされたプールがあるところ、あの上空に向かったのだ。
そして、そのときは訪れる。
ドォンッ……。
明らかに、花火とは違う音。
魔導爆薬が燃えると青白い炎になるんだな。
俺、初めて知ったわ。
「ひっ……」
青白い炎が黒い霧を呑み込み、難を逃れた黒い生き物たちは狂ったように逃げ惑う。
そして、問題はその下だ。
黒い生き物が大量に死んで、肉片と血がプールやプールサイドに降り注いだのだ。
美女——あんなところにいるのだからきっと美人に決まっている——たちが金切り声を上げ、卒倒し、逃げ回っては血を踏んで転び、大変な騒ぎになっている。
「…………」
これ……もしかしなくても、ヤバイ?
なんだなんだと下の大通りも空を見上げては、血が落ちてきて大騒ぎになっている。
「俺……俺」
俺にできることは、たったひとつだ。
「知ーらねっと……」
回れ右して、俺はビルの屋上を後にした。
俺がやったことは秘密だ。これは墓の下まで持っていく。
「幸運」スキルは終わったのか、俺の髪と目の色は元に戻っていた。
願わくは、ひっそりと、誰にもバレずに、王都を逃げ出せますように。
と言うわけで新連載です。
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