オチョの神演出
「夏の夜の恋物語企画」参加作品
最終話 2196文字
さらに真剣味を増した里見さんの表情が硬い。
「どうして私なんです?
どこにでもいそうな女ですよ?
美人でもないし、スタイルだって人並ですし、
特別な要素はなんにも無いんですよ?
地味で、平凡で、華があるわけでもないし、
それに、この間、振られたばかりですし……」
あぁ、自信を無くしちゃってる……
自己評価が低い……
「里見さんの笑顔が好きなんです。
見るとすごく優しい気持ちになれるんです。
元気にしてくれるんです。それとね……」
そこのぶんぶんしっぽ!
笑ってんじゃないよ。
「オチョがいるでしょう? それがダメ押しですね」
えっ? 今のそんなに驚くところですか⁉
里見さんはオチョを見る。
「俺もね、年末に振られたんですよ。
求める物が違うよねって言われて。
まぁ、お前じゃないんだって言われたわけです」
オチョの頭を軽く撫でる。
「でも、オチョにあんなに好きだって示されて、
あぁ、必要とされてるなぁって思えたんです。
で、隣を見たら、そんな姿を見て微笑んでくれてる人がいる。
俺もこの笑顔の役に立ててるんだって思えた。
救われた気がしたんですよ。あなたとオチョに」
里美さんの目からひとすじの雫が流れた。
その理由、訊いていいのだろうか。
「あ、あのですね、これは嬉しいからですから。
まさか、そんなこと言われるなんて思わなくて。
私、この前お別れした人から、
自分と犬のどっちが大事なんだって言われたんです」
言いたくなる気持ちは分かるが、不細工なセリフだな。
「その人は犬が嫌いで、アレルギーとかは無いらしいんですけど、
私には好意を持ってくれていたんですけど、
どうにもオチョの存在が気に入らないらしくて……
なのに、同じオチョがいるってことで、
まったく逆のことを言われたのが嬉しくて……」
里見さんの涙は止まらない。
でも笑顔だ。
「嬉しくなれたのなら、解決しましたね。
よし、里見さん。出店を見て回りましょう!
せっかくの浴衣美人がお祭りに行かないのはもったいないでしょ!」
俺の言葉に反応したのはオチョだ。立ち上がり、行く気満々だ。
俺は立ち上がり、オチョのリードを右手に持ち、
左手を里見さんに差し出す。
「あ……」
里見さんは、両手で口を覆い、また涙をこぼす。
何か琴線に触れたみたいだな。
「犬好さんは、不思議な人です……」
出発は待ちますか。
涙を拭いながら、里見さんは教えてくれた。
「ずっと夢だったんです。
男性にオチョのリードを持ってもらって、
私は、その人が差し伸べてくれた手を持って……
少女の憧れです」
涙のあとが残る笑顔、それがすごく綺麗で、
俺には、とても愛おしかった。
「またひとつ、あなたの役に立てた。
俺も嬉しいです。立てますか?」
改めて左手を差し出すと、
里見さんが右手を重ねてくる。
「はい」
オチョを連れ、二人で出店を見て回れば、
店員さんから、恋人同士と声をかけられる。
嬉しいやら、恥ずかしいやら。
冷静に見たら、実に変な組み合わせだ。
スーツの男が犬連れて、浴衣姿の女性と歩く。
でもいいんだ。すっごく楽しいし、
里見さんも笑顔だ。
ひとしきりお祭りを堪能したころ、
里見さんがほんの少しの沈黙のあと尋ねてきた。
「ねぇ、犬好さん。
私たちの『お友達期間』って、どうなったら卒業なんでしょう?」
横顔から察するに、悪い話題ではなさそうだが……
「え、えーと、お互いのことをよく知って、今より仲良くなれたら?」
あなたが好きになってくれたら。
それを今日言ってもいいのか?
「ふふっ。知ってますか?
『恋』ってね、好きになったら、もう始まってるんですよ」
ちょっといたずらな笑顔で、俺の顔を覗き込んでくる。
余計なものは混じっていない。
まったく純粋な、喜びの笑顔。
あぁ、キレイだなぁ。この笑顔が大好きだ。
縁日の人混みの中だけど、関係ない。
今、言うしかない。彼女は待っている。
彼女の両手を持って、真正面から、間違えようのない言葉で伝えよう。
「里見伏咲さん。
俺はあなたが大好きです。
結婚を前提に、お付き合いをして下さい」
「犬好真平さん。
私もあなたのことを大好きになりました。
ぜひ、よろしくお願いします」
「ワンッ!」
「あぁ、オチョも大好きだぞ。
よろしく頼むな」
周囲の人たちから祝福の言葉と拍手が起こる。
実に照れくさいけど、最高に幸せな気分だ。
「真平さん」
浴衣を着た美人が、恋する乙女の笑顔で、呼びかけてくる。
「伏咲さん」
抱き寄せて軽く口づける。
周囲の歓声が一段と大きくなる。
そんな周囲の歓声を黙らせる音が空に響く。
今年最初の花火が夜空を彩る。
皆が夜空を見上げ、咲いては散る花を愛でる。
俺は愛しい人を背中から抱きしめたまま、花火を見上げる。
まったく以て最高のシチュエーションだ。
どう考えても俺たちを祝福しているとしか思えない。
このタイミングまでお前の計算通りなんじゃないのか?
この瞬間を演出してくれた俺たちの天使は、
花火の音に慄いて、しっぽを丸め、俺の足の間で震えていた。
その姿がおかしくてクスッとしてしまった。
「真平さん?」
不思議そうに伏咲さんが訊いてくる。
「いや、オチョがね、見て、伏咲さん」
「ま、オチョ。すっかり真平さんに甘えてる」
「今日のところは勘弁してあげようよ。
全部オチョのおかげだしさ」
「ふふっ、そうね。
ぜぇ~んぶオチョのおかげだもんね」
「オチョ、ありがとな。
お前のおかげで、ふたりともすげぇ幸せだ。
お前も同じように思ってくれてるか?」
ゆるゆると、かろうじてオチョのしっぽが揺れていた。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
私のエッセイにて、創作秘話というか、
書ききれなかったエピソードの概要説明というか、
没ネタ供養をする予定です。
興味のある方はお越しください。
8/8 21:00投稿予定