黒髪の少女と浴衣の美女
「夏の夜の恋物語企画」参加作品
第4話 2551文字
いつの間にか、俺の隣には少女が座っていた。
黒髪の10代後半だろう少女。
オレンジのバンダナをハチマキのように使い、
頭上の結び目はリボンのようだ。
俺が見ているのに気付いたのだろう。
「あ、どうも。隣お邪魔してます」
こちらを見ず、正面を向いたまま、ぺこっと頭を下げた。
「あぁ、これはご丁寧にどうも。お気になさらずに」
お祭りの参加者が多いから、空いているベンチも少ない。
座る場所を探していたのだろう。
追い出すようなことはしませんよ。
お互い正面を向いたまま。
知り合いでもないのだから、その後は会話もない。当然ではあるが。
闖入者の存在を受け入れてからは、物思いの再開だ。
そう思った矢先、少女が問いかけてくる。
「お兄さんはさ、大切な人っている?」
ずいぶんと淋しげに言うもんだ。
この少女も、恋心ゆえの淋しさを感じているんだろうか。
想いが届かないのか、その人が違う人を想っているのか。
そんなことを訊いてくるのは、
俺が思い出して哀しくなってる雰囲気に引っ張られたからか。
視線は前を向いたまま。
物思いの内容を、見ず知らずの少女になら話すのもアリか。
「いるというか、いた。その心残りがある。ってとこか」
俺も隣の少女を見ることなく答える。
「心残りって、何かやり残したとか?」
「いや、単純に忘れられずにいるだけじゃないかな。
彼女に選ばれなかったって事を消化できてない。
そんな感じだよ。なにせ、
彼女とは、結婚してもいいなって、そう思ってたから」
「相手はそうは思ってなかったってこと?」
「そうだろうね。なんていうか、求めるものが違う?
そんな感じだったんだろうね」
「んー。むつかしい。
そのヒトが欲しいものが、お兄さんにはなかったってこと?」
「あー、そうかも。
煌びやかな世界っていうか、パーティーとかイベントとか、
たくさんの人が集まる場所でさ、みんなに注目されたいとか、
そういうの好きだったらしい」
「そのヒトはそういうのに一緒に行きたかったけど、
お兄さんは、そういうの好きじゃなくて、行かなかった。
それがすれ違い?」
「ふたりでいる時間の方が大事だったってことさ。
人がたくさん集まる所ってさ、それだけ多くの欲望とか
悪意も集まりやすい気がして、好きじゃないんだよ。
けどね、あいつの言い分も解る気がするんだ。最近はね。
自分の好きな人が、自分の好きなものを嫌いって、
結構なストレスなんだと思う。
逆に、自分が嫌いなものを、自分の好きな人が好きだってのもね」
話が通じたのかは判らない。少女は空を仰ぐ。
「わたしさぁ、親友がいるんだよねぇ。
ずっと一緒に生きてきた姉妹みたいな子でね」
少女が今度は自分の番だとばかりに語りだした。
ここは聞くに徹してあげよう。
「その子が最近、彼氏に振られちゃったんだぁ。
お兄さんと似たような理由でね。
落ち込んじゃっててね、なんとかしてあげたいなぁとは思うんだけど、
やっぱり、笑顔が前とは違うんだよねぇ」
少女は狭いベンチの上で、膝を抱える。小さいんだな。
「どんなことでもしてあげたいんだよ?
でもさ、わたしがしてあげられることにも限界があってさ、
ずっと一緒にいても、あの子に一番必要なものはあげられない。
それがちょっと悔しいんだよね」
「それに、いつまでも一緒には、居てあげられないしさぁ」
「わたしがあげられる『愛』は、今あの子に必要な『愛』とは違う」
「私じゃ、あの子を女として幸せにしてあげられないんだよね。
やっぱりさぁ、女は男に愛されるのが幸せだと思うんだぁ」
「それはよく言われてるよな。
その上でっていうか、
お互い愛し合えるってのは幸せだと思うよ」
少女は膝を開き、爪先を両手で掴む。
イタズラ小僧のような姿勢だなと思う。
「だよねぇ。それにはさ、元々合う合わないって大事じゃない?」
「性格とか、好みとか、価値観とかな」
「そうそう。
例えばさ、同じものが大好き同士だったら、話が早いよね?」
なんか、話の方向性が変わってきた気がする……
「参考までに、お兄さんの理想の女性像はどんな感じ?」
問われて頭に思い浮かぶのは、毎朝会う彼女。
名前も知らないというのに。
「ふぅ~ん。そっか。なるほどねぇ~」
「なんだよ。もしかしてさっき言ってた親友を紹介するとか
そんなことを考えてるんじゃないだろうな?」
「アレ? いやなの?
ま、もうそんなことする必要もないんだけどね?」
含みのある笑い方してるな、なんだこの子?
「あ? なに言ってん」
言いかけた俺の言葉は、
『やっと見つけた!!』
離れた場所からの女性の声に遮られた。
知っている声だ。よく知っている……
声の主を確認するため、顔を向ける。
声の主との間に、あると思っていた少女の顔は視界にない。
遮られることなく、俺の視線は声の主を捉える。
中腰の姿勢で、膝に両手をつき、肩で息をする浴衣姿の女性。
3回深呼吸をし、呼吸が楽になったのか、顔を上げる。
毎朝会う、彼女。
彼女が『見つけた』と声をあげた理由はなんだ?
隣の少女を確認しようと、視線を引き戻すと、
俺の隣に座っていたのは、さっきまで話していた少女ではなく、
「――オチョ、お前だったのか……」
にっこりとしているような顔で、俺を見つめ、
パタパタとしっぽを振るオチョ。
俺はオチョの頭に手を置き、一撫でする。
「わかったよ。俺が引き受ける。任せろ」
パタパタが加速する。
彼女の下駄が、周りの音を排除しているかのように、
下駄の足音だけが、耳に届く。ファンファーレのように。
からころ、からころ。
藍色の地に、白と薄紅色の朝顔が染め抜かれた浴衣。
朝顔の蔓が描かれ、暁から東雲へ。朝焼けを模った帯。
わずかに上気した彼女の顔は、朝顔を開花させる曙そのもの。
夜のはずなのに、俺の前に現れたお天道様は、
俺の抱えていた恋心に、はっきりとした輪郭を与えた。
彼女がベンチに近付いてくる。
オチョは俺から離れ、ベンチの端に移動し、座りなおした。
彼女は、いままでオチョがいた場所に腰掛け、
呑気にしっぽを振っている愛犬を抱きしめる。
「もうっ、勝手にいなくなって! 心配させないでよぉ」
たくさんの感情が籠った声で言葉を絞り出した。
心配ゆえに不安になり、その原因の行動に怒り、
見つかったことに安堵しても、現状にちょっと嫉妬している。
そんな感じかな?
まずはこれらを片付けよう。
想いを伝える前にやらなきゃいけないことがある。