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大物の定義とは

今日の更新ですーー!

 たびたび屋敷に招かれるのも、社交辞令の範囲だと思っていた。

 それか、料金さえ払えば何でもする平民が、クルエルの遊び相手にうってつけだったのだろうと。

「たいへん、申し訳ございませんでした……」

 何と返せばいいのか分からず、ただ謝罪する。

 夫人の真心に胸を打たれると共に、優季は妙な後ろめたさも感じていた。

 この世界に来て、既に五年という歳月が流れた。シェルトナー夫人との付き合いも、それとほとんど変わらぬ長さとなる。

 それなのに優季は、まだ他人との距離感を掴みあぐねているのだ。

 純粋な厚意に戸惑っているのがその証拠。当然のように、何かしら交換条件がなければ取引は成立しないと認識していた。

 そう、取引。

 本当の意味で心を許していないからこそ、取引などという単語が浮かんでしまうのだ。

 シェルトナー夫人にというより、この異世界に。

 もしかしたら百戦錬磨の貴族女性である彼女には、優季が抱くこの違和感も見透かされているかもしれない。

 それでもぎこちない空気を一掃させるように、夫人は華やかな笑みを見せた。

「謝る必要はないわ。情報をいち早くいただけた分、こちらにも利があるもの」

「……え?」

 思いがけない対応、再び。

 優季は椅子の上で固まった。

「ウフフ。人から情報を探る時は、あなたもまた探られているものと考えなさい」

「え、何ですかそれ、深淵?」

「なぜ深淵という単語がここで出るのか分からないけれど。『何を犠牲にしても、昨年亡くなった貴族男性を知りたい』と手の内を明かしてしまえば、事情を調べ上げ利用しようと企む輩が現れるかもしれないわ。あぁ、もちろんわたくしは悪いことには利用しないから、そこだけは安心してちょうだい」

 殊勝な気持ちが一気に消し飛ぶ、シェルトナー節が炸裂した。

 とはいえ、全くの善意でないというのが実に彼女らしい。

 善意だとして、それを押し付けがましく主張しない軽やかな手管も。

「それでいえば、法務省へ赴くというのも悪手ね。わたくしが口利きすれば戸籍を閲覧することはできるでしょうが、その動きすら探られてしまう可能性があるわ。あなたが警戒しているどなたかにも」

 リタを捜索する勢力の目につかないよう、日頃付き合いのあるシェルトナー夫人から情報を引き出す。……という優季の浅知恵は、ここを訪ねた時点でお見通しだったようだ。

 やはり、優季や『何でも屋』に関わる全てを調査済みなのだと分かってしまう。おそらく、及びもつかないほどの情報を握っているはずだ。

 緊張感がだんだん徒労感に塗り替わっていく。

「この場合、回りくどいことはせず城勤めを頼るのが最善だと思うわ。あなたには、心強い味方がいるでしょう?」

 ほとんどソファに預けていた体が跳ね起きる。

 心強いかどうかは分からないけれど、城勤めといえば一人しか浮かばない。だが、彼女にここまで言わせるほどの人物とはどうしても思えなかった。

「え? え? あの人、もしかしてすごいんですか? 本人は迷い人の保護機関に勤めているとしか言わないんですけど」

「国で保護している迷い人はそれほど多くないから、自然と別の業務をしている時間の方が長くなるものよ。特別地位が高いわけではないけれど、あの方が把握している実権は計り知れないわ。何年もかけて築き上げた人脈、秘匿情報――中枢のほとんどを取り仕切っているといっても過言ではないわね」

「ええぇぇ~……もはやあの男の存在自体が詐欺じゃないですか……」

「ウフフ。影の実力者と知ってその発言。ユーキさんの意表を突く切り返しも、わたくしが好ましく思うところの一つね」

 シェルトナー夫人は軽やかに笑いながら、手元の鈴を揺らした。ガラス製のそれが涼しげな音を響かせると、扉から使用人達が流れ込んでくる。

 彼らは何かを掲げていた。

 屋敷に不釣り合いな生肉だと気付いた時、優季はソファを後ずさった。

 恐れをなしたのは、それが最高級の肉だと分かったからだ。

 キングゴブリンの肉と同等に美味とされている、コカトリスのもも肉。それも慎ましい量ではなく、惜しげもなく五キロほどの塊で。

 これだけで、どれほど大家族でも庶民の家庭一ヶ月の食費が余裕で賄える。

「これはいつもお世話になっているお礼だから、何も言わずに受け取ってちょうだい。あなたなら役立てられるでしょう?」

 だからこちらの内情が何もかも筒抜けすぎる!

 そう叫ばなかった自分を、優季は褒めてあげたいと思った。


   ◇ ◆ ◇


「待て。早まるな、ユーキ」

「仕方ないんだよ、シル……頑張ってるリタ君のためにも、背に腹は代えられない……」

「だが、できることはまだあるはずだろ」

「借りを作りたくない気持ちは私も一緒。でもね、私達に残されてる選択肢は一つだけなんだよ。残念ながら、世の中ってやつは理不尽にできてる。諦めて権力に屈しよう」

 優季は、やりきれないとばかりに肩を落とすシルの背中を叩いた。

 二人がいるのは、何でも屋二階の住居部分にあたるキッチン。

 粛々とした面持ちで用意しているのは――テーブルに載せきれないほどのご馳走だ。

 電子レンジもフードプロセッサーもない世界では、下ごしらえから裏越しまで馬鹿みたいに手間のかかる、かぼちゃのポタージュ。玉ねぎのくり抜いた内側部分にホワイトソースを流し込み、まるごとオーブンで焼いたグラタン。ドレッシングから手作りのシーザーサラダ、ラム酒を効かせたカスタードプリン。全て彼の好物だ。

 そして何と言っても今日の目玉は、シェルトナー夫人から託されたコカトリスだろう。

 キングゴブリンと同等に美味とされている、鳥に近いかたちをした小型ドラゴンで、このもも肉を使った塩から揚げをふんだんに用意した。

 手間暇やらコカトリス肉という多大なる恩義やらを考えると泣きたくなるが、手段を選んでいられないのだ。全ては、彼に頷いてもらうため。

「くそ。だから俺は、取って食われないようにって言ったんだ……」

「だから私も言ったでしょうが。そういうの、私の世界では縁起悪いんだって」

 取って食われるどころか高級食材をもらって帰宅したのに、二人の表情は陰っている。

 シェルトナー夫人の善意という名の劇薬を携え、あまりに怪しい頼みの綱にすがらなければならないのだ。ある意味取って食われるより先行きが暗い。

 だからこそ優季は、半ばやけくそ気味にご馳走を用意していた。

 もはや他に手段はないのだ、せいぜいおいしい罠を張り巡らせようではないか。

 再びシルの背中を叩いている時、ようやく待ち人がやって来た。

「こんにちはー、まだ昼の休憩時間には早いんですけど中抜けしてきちゃいましたぁ。だって食堂で食べるより優季さんのごはんの方がずっとおいしいですしー……って、何ですかこの料理の数。今日って何かのお祝いですかぁ?」

 のこのこと罠にかかりにきたのは――当然ながらファザンスだ。

「ようこそ、ファザンスさん」

「三日と空けず飯をたかりに……もとい、遊びに来るあんたのことだから、今日あたり顔を出すんじゃないかと思ってたぞ」

 未だやや不本意そうなシルと二人がかりで誘導し、至れり尽くせりで支度をする。

 ファザンスは戸惑った様子を見せつつも、案外乗り気というかご満悦。

「えぇ、もしかして全部私のためですかぁ? 困りましたねぇ。最近は優季さんのおいしいごはんのせいでお腹周りが育ってしまったから、自重しなければと思ってたんですが」

 優季は揉み手をする勢いで彼を褒めちぎった。

「何言ってるんですか。ファザンスさんは初めて会った時から格好いいですよ。あれから何年も経っているのに全く老いを感じませんし」

「そうそう、まるでひょろ長いほうき……もとい案山子……もとい……」

「確か、愛と豊穣をつかさどる少年神がいるじゃないですか! きっとシルは、あなたがその神のように美しくたおやかで、かつ慈悲深い方だと言いたいんだと思います!」

 常にない二人の様子にリタが戸惑っているけれど、今は何も言わないでほしい。

 小狡い社交術も、忖度を覚えた汚い大人にとっては武器の一つなのだ。

「いやぁ、どの料理もおいしそうですねぇ。どれほど食べたいと要望をお伝えしても、手間がかかるからと作ってくださらなかったものばかり」

「意地悪言わないでくださいよ、ファザンスさんのために心を籠めて作ったのに」

「ほうほう。ちなみにそこには、優季さんの愛情も籠もっていらっしゃる?」

「当たり前じゃないですか」

「――――っっ」

 茶番に耐えきれなくなったシルが踏み出しかけるのを制しながら、優希は必死に愛想笑いを浮かべる。何よりもまず、ファザンスが食事を口にしなければはじまらないのだ。

 彼は、いやに勿体ぶった動作で、から揚げを一つ頬張った。

「……さて。シルさんをからかうのはこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか」

 シェルトナー夫人と面会した時同様、徒労感が優季を襲った。




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