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少年の事情

気長にお待ちくださっていた皆さま、たいへんたいへんお待たせいたしました!

久しぶりの更新です!

どうぞよろしくお願いいたします!

 夕食の支度をはじめた頃、二階で眠っていた少年は目を覚ました。

 瞳の色は――鮮やかな緑色。

 シルが何とも言えない視線を送ってきたが、優季はとりあえず水差しから水を飲ませ、スープの仕上げにとりかかった。

 湯気が立ち上る温かなスープを、少年は夢中で食べた。おいしい、ありがとうと、彼は掠れた声でお礼を繰り返した。

 腹が膨れて落ち着いただろう頃、優季は静かに話を切り出す。

「私はユーキ・マナベで、こっちが従業員のシルよ。ようこそ、何でも屋ユーキに」

「何でも屋さん……僕、無事に着いてたんですね」

 少年は感慨深げにほう、と息を吐いた。

「君の名前と、行き倒れてた事情を聞いていい?」

「あっ、ごめんなさい。僕、リタって言います!」

 リタと名乗る少年は、ベッドの上で体を折り曲げるようにして頭を下げた。緑色の瞳をクルクルと瞬かせる様子は、どこにでもいる普通の少年だ。

 彼は、やがて萎れるように俯いた。

「……あの、変なことだったらごめんなさい。『おとしだね』……って、どういう意味ですか?」

「それ、は……」

 優季もシルも言葉を失った。少なくとも、十歳の子どもの口から聞いていい言葉じゃない。

 幼いリタがポツポツと語りはじめた内容は、想像を絶した。

 身寄りがない彼は、孤児院で育った。

 両親がいた記憶はなく、それゆえ寂しさも感じない。貧しい中、自分より小さな子ども達と身を寄せ合って生きるのが、当たり前だと思っていた。

 ところが、苦しいながらも明るい生活は、突如として終わりを告げた。リタは、さる資産家の落としだねだったのだ。

 孤児院の院長に売り払われることが、あっさりと決まった。

 リタは、それ自体は構わなかった。

 そのお金があれば、孤児院の仲間達の生活が楽になる。しばらく寒さや餓えをしのげるなら、むしろよかった。

 そうして彼は、顔も知らない女性の元へと連れていかれた。

 女性は、リタの祖父だという資産家の息子と結婚していたのだという。

 けれど子どもに恵まれないまま、先年夫が死んでしまった。

 そのさる資産家は、亡くなった息子の落としだねである少年を捜し、引き取る準備をしているらしい。つまり、リタを捜しているのだ。

 しかしそうなれば、未亡人となった女性はお払い箱。彼女は屋敷を放り出されることを恐れていた。

 女性は選択を迫ったという。

 自らの養子となり意のままに動くことを誓うか、死か――……。

「……で、逃げ出してきたと」

「はい、とにかく必死で、どこをどう走ったかも覚えてませんが……」

 優季は、難しい顔をしているシルを振り返った。鏡がないので確認する術はないが、おそらく自身も似たような顔になっているのだろう。

 子どもの身の上話にしては、あまりに重すぎる。

 リタは、思いきったように顔を上げた。

「僕、本当にお祖父ちゃんがいるなら、会ってみたい。何でも屋さん、それって調べられますか?」

 期待に満ちた眼差しを直視できず、優季は乾いた笑みを浮かべながら顔ごと背けた。

「はい手に負えない案件キター」

「調べるにしても、戸籍はかなり厳重に管理されているからな。身内と証明できるものもないのに、彼の祖父に該当する資産家までたどるのは至難だ」

「だよね」

 軽快に交わされる会話に、リタが首を傾げた。

「しなん……?」

「極めて難しいという意味だ。そもそも君は、なぜそんなことが知りたいんだ?」

 ここで、打算的な回答があればまだよかった。

 資産家にうまく気に入られて後継ぎになりたいとか、未亡人に狙われていることを打ち明けて、身の安全を図りたいとか。

 だがリタの瞳には、汚れなど一つもなくて。

「だって、家族なのに嫌い合ってるなんて、悲しすぎます。お祖父ちゃんが、本当にあの女の人を追い出したがってるのか分からないんだから、誤解なら誰かが安心させてあげないと」

 汚い大人達には眩しすぎる、無垢な答え。

 これを無下に断るなんて不可能に近い。

 面倒なことに自ら飛び込んでいかねばならないだろう予感に、優季達は揃ってため息を漏らした。

 その時、ドアをノックする音が響いたかと思うと、こちらの返答を待たず勝手に開いた。

「こんばんはー。優季さん今日のごはんは何ですか? 私的にはチキンの香草焼きの気分でぇす」

 計ったかのように絶妙なタイミングで、国の中枢で働く男がやって来た。ファザンスだ。

「ファザンスさん、またサボりですか?」

「というか毎度勝手に入ってくるな、部外者が」

「やですよぉ、私が図々しいのはいつものことじゃないですか」

 勝手知ったるといった動作でなめらかに着席した胡散臭い男は、リタに気付くとわざとらしく目を丸くさせた。

「おや、そちらの少年は初めて見る顔ですね。一見したところ、子守りのために預かっているという感じでもありませんが」

 サイズの合わない服から依頼とは関係ない訳あり少年だと推測をする切れ者なのに、なぜか漂う残念感。いや、完全に彼が許可なく持ち込もうとしているマイ食器のせいだろう。

 シルが取り上げようと攻撃を繰り出しているが、ファザンスは柳のごとく全てを受け流している。

 どうしようもない男だが、この緊張感のなさに救われているのも事実だ。

 現に、張り詰めているようだったリタが、彼らのやり取りにクスクス笑みをこぼしている。

 優季は僅かな思案ののち、口を開いた。

「彼は、しばらく預かることになったリタ君よ」

「長期にわたる依頼ですかぁ」

「もちろん無償じゃないわ。彼には見習いとして、うちの仕事を手伝ってもらう」

 おそらく狼狽えているだろうリタを隠すようにして、さりげなく進み出る。

 ファザンスは、いかにも大仰な仕草で驚いた。

「おや、これほど積極的な優季さんも珍しいですねぇ。常日頃『子守り屋』と呼ばれることに否定的でおりますのに」

「うちとしても働き手が増えるのなら利があるもの。ビシバシ鍛えてこき使うわ」

 もちろん全てでたらめだ。

 目配せを送ると、シルは心得たように頷いた。

「そういえば、昨日ザリアさんからお裾分けしてもらったキングゴブリンのステーキが、まだ少しだけ残っていたような……」

「えぇ!? キングゴブリンのステーキですって!? ちょっとシルさん、それを早く言ってくださいよぉ」

「あんたに分けてやるなんて言ってないけど」

「もう、素直じゃないんですからぁ。本当は私のこと、結構好きなくせに」

「吐き気を催す憶測はやめろ」

 ポンポンと言い合いながら、シルがファザンスとキッチンへ向かう。部屋を出る間際、彼はこっそりと片目をつむった。

 常日頃、親の敵か何かのようにファザンスを毛嫌いしているシルだが、傍目には気の置けない仲にしか見えない。

 男性陣を送り出した優季は苦笑を漏らした。

「あの……」

 目まぐるしい会話と展開についていくことができず、リタはベッドの上でひどく戸惑っている。優季は安心させるように笑みを返した。

「ごめんね、適当なこと言っちゃって。あいつあぁ見えて、王宮に勤める役人なのよ。もしリタ君の保護者不在がばれたら当然失踪人として届け出るだろうし、さる資産家っていうのが貴族だとしたら、王宮預かりになる可能性が高いの。そうしたら、うちと連絡を取れなくなっちゃうでしょ」

「……えっと、それって……」

「うちは『子守り屋』じゃなくて『何でも屋』だからね。依頼を達成できるかどうかはともかく、引き受けないって選択肢はないのよ。――お客様。お祖父様の所在諸々、全力で調査させていただきます」

 戸籍を開示する手段など、もちろんまだ思い付いていない。

 それでも自信満々に強がってみせるのが、大人の矜持というものだろう。

 藁にもすがる思いで掴んだものが本当に藁だったなんて、がっかりさせたくない。

 リタは、優季の笑顔をじっと見返していた。

 そして急に表情を引き締めると、瞳に決然とした光を宿す。

「あの……さっきユーキさんが言ったように、僕をここで働かせてくれませんか?」

「え?」

 意外な申し出に、今度は優季の方が戸惑った。




最終投稿日を確認したら一年以上前でした…!

本当にすみません!


しかも今回も、区切りのいいところまでしか更新しない予定でして…またお付き合いいただけると嬉しいです!(プロットはできているので、今度はそれほど間を空けずに完結させたい所存です!)

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