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お役所仕事

 そこからのファザンスは、ザ・役人といった感じで、眼鏡をくい、と事務的にかけ直すと流れるように説明を始める。

「突然のことに戸惑いも多いかと思いますが、我がアレスメント王国はあなた方異世界人を歓迎いたします。まず、一週間は王宮で過ごしていただき、この国と世界の常識について学んでいただきます。その間、一度だけ陛下に謁見していただくことになると思いますが、形式的なものですのであまり緊張する必要はございませんよ。城を出る際には国民証を発行してお渡しいたします」

 流暢に話す様子に、優季は少しおののいた。

「間延びしないで話せるんですね」

「これは営業用ですから」

 ファザンスの説明によると、住居は治安のいい王都に用意されるらしい。

 家賃も一年間は国が負担する。定期的に担当官が来て、就職などの相談にのってくれるらしい。一年の間に生活を軌道にのせ、国の手を完全に離れるという流れだ。

 一年が過ぎたら、どこに居を構えるも自由。ただし、アレスメント国を出るようなことがあるなら国への報告が必要になる。

 一通りの説明を聞き終え、優季はゆっくりとソファの背もたれに寄りかかった。

「なるほど……よく分かりました」

 正直たった一年のカリキュラムで、右も左も分からない状態から一人で生きていけるレベルになれる訳がない。就職しろと言われても、どんな職種があるのかさえ知らないのだから。

 それでも説明の礼だけ伝えると、ファザンスは少し意外そうに顎を撫でた。

「優季さんは、あまり取り乱さないんですねぇ」

「国に文句を言っても仕方がないことくらい、分かっていますから」

「ふむ。その辺りはやはり大人の対応ですねぇ」

 保障制度があるだけマシだし、何より優季もいい大人だ。理不尽を呑み込まなければならない状況があることくらい理解している。

 ーー国に楯突いたっていいことないしね。機嫌損ねて保障まで受けられなくなったら困る……。

 優季の日本での仕事は銀行員。

 似たようなお役所仕事を日々惰性でこなしていたため、不条理を嘆いても更なる不条理が返ってくることはよく知っていた。

 そもそも、異世界に来てしまったことが、最大級の理不尽なのだから。

「ところで、すごく恥ずかしいことをお聞きしてもいいですか?」

「はい。何でも聞いてください」

 ファザンスは営業用の笑顔のまま頷いた。

「魔王ーーとか、いないですよね?」

「はいぃ?」

「魔法のようなものはあるんですよね? それって、私にも使えますか? むしろチートで魔力量が多いとか、そうじゃなかったら特殊なスキルとか。何か、あったりするんですか?」

 面食らって青色の瞳を瞬かせていたファザンスだったが、すぐに笑い出した。

「あぁ、最近の迷い人さんに多いやつですねぇ。えぇと、異世界転移してものすごく強くなるような」

 小馬鹿にした口振りから察するに、よくある上に見当違いな質問だったらしい。すっかり口調まで元に戻っている。

 チートだ悪役令嬢だといった小説に夢中だった妹から聞きかじった知識だ。こちらとて、恥を忍んで聞いたのに。

「やっぱり、ないんですね……」

「優季さんが念のために質問なさったことくらい、私も分かってますよぉ。だからこそ笑っちゃったんですけど。可愛い可愛い」

「……ファザンスさん、独身でしょ」

「えぇ!? 何でいきなりそんな話に!?」

 チクリとやり返してやるとあからさまな動揺を見せたので、おそらく図星だろう。

 適当な可愛いに女が喜ぶと思ったら大間違いだ。

「では本当に、ただの迷い人なんですね」

「言語だけは翻訳できるようになってるみたいですけどね。ただ、皆様自分の特技を生かした仕事に就いて、うまくこちらに馴染んだようですよぉ。料理人とか、髪結い師とか。しっかり勉強なさって薬師になった方もいらっしゃいますねぇ」

 迷い人の特徴は変わった衣服の形のみで、金髪だったり茶髪だったり、肌が黒かったりする者もいるらしい。けれどみな、同じように言語にだけは困らなかったとか。

「会えたりするんですか? 同じ迷い人と」

「迷い人ってそれなりには珍しいんですよぉ。我が国に現れた方はあなたの前だと、およそ二十年前。現在は他国に嫁いでいらっしゃる女性ですねぇ」

「すぐには会えないってことですか……」

 優季はガックリと肩を落とした。

 一年は担当官が様々な相談にのってくれるらしいが、本当の意味で苦労を分かち合える人に頼れないということだ。

 突然知らない世界に放り出されてしまった衝撃を、悲しみを、共有できる人が側にいない。

「そう落ち込まずとも、私がいますよぉ」

「はい?」

「じゃん。優季さんの担当官、私でぇす」

「うわぁ。人生で一番嬉しくない『じゃん』、イタダキマシター……」

「片言になるほど嬉しいなんて、光栄ですよぉ」

 ぬるっとした笑顔を浮かべるファザンスに、優季はますます肩を落とさざるを得なかった。

 ーーここで、生きてくしかない、のか……。

 両親は早くに亡くしているので、家族と言えるのは二つ年下の妹だけだった。その妹も五年前に結婚し、既に子どもが二人いる一人前の母親だ。

 優季が行方不明になったことは悲しむだろうが、きっとしばらく経てば前を向いていける。

 痛みは、時間と家族が癒してくれるはず。

 ーー……ちゃんとお別れを言えなかったことだけが、心残りだけど。あと部屋の諸々を整理または処分しておかなかったこと。

 優季は悲しみを切り離し、前を向いた。

 その場しのぎで痛みを紛らす方法くらい、二十九年の人生でとっくに習得していた。


   ◇ ◆ ◇


 一週間の間に、王宮で最低限のことを叩き込む。

 この年になると新しいことを学んでもなかなか覚えられないものだが、何も考えたくない優季にとって勉強は丁度よかった。

 国王陛下との謁見も現実ではないようで、どんなやり取りをしたのかよく覚えていない。

 彼の隣に立つ子ども達の顔が判子で押したようにそっくりだな、と思ったくらいだ。

 ファザンスに日本ならではの知識や技術は取得していないかと問われたが、ただの銀行員だった優季が得意なのは金勘定のみ。

 その程度なら、この国に掃いて捨てるほどいる。

 苦肉の策として提案されたのは、『何でも屋』を始めることだった。

 全体的に何でもこなしそこそこ頭の回転が早い優季には、向いているのではないかと。

 依頼人の話を聞き、荷が重いと思えば断ることもできる。準備資金もほとんどかからないし、値段設定にも自由が利く。

 ちなみにこの準備資金、国が用意してくれることになっているが、返済の義務がある。例え事業に失敗したとしてもだ。

 こんなところまでやっぱりシビアで、奨学金で短期大学を卒業した優季には、ファザンスの提案がとても魅力的に映った。

 新たにやりたい仕事が見つかるまでの繋ぎでもいい。優季は何でも屋を始めてみることにした。

 人通りの多い表通りに面した、手狭だけれど立地のいい賃貸を紹介してもらい住環境を整える。

 何もかも夢だったら、と思っている間にも、日々は怒濤の早さで過ぎていく。

 そしてついに一週間が経ち、優季は王宮を出た。

 新生活の始まりは、日本で味わった晴々としたものとは違った。希望より不安が大きく、先行きも不透明。新たな本拠地には最低限ベッドとテーブルセット、衣装棚があるだけだ。

「まず、買いものか」

 カーテンや衣類などの生活必需品、今日と明日の朝の分の惣菜。明日からの食材。とにかく手当たり次第買っていく。

 初めて、一人で買いものをした。

 治安がいいだけあり、街の人々も親切だった。

 会計時にまごつく優季に、優しく硬貨の単位を教えてくれたり、ほんの少しのオマケをくれたり。新生活頑張ってと励まされながら。

 黒髪黒瞳は珍しいがこの世界にもいる。

 それでも基本的なことに戸惑う大人がいれば、何となく事情は察されてしまうようだ。

 帰り道、しとしとと雨が降りだした。

 この国には、日本と同じく四季があるらしい。

 突然異世界に放り出されて初めて見た景色では、林檎が色付き、麦穂が重たげに頭を揺らしていた。今は秋で、つまりこれは秋雨だ。

 自然と足早になるが、優季は不意に足を止めた。

 狭い路地と路地の隙間。

 大きなゴミの塊かと思ったが、人だ。

 人が転がっていた。冷たい雨に打たれているのにピクリとも動かない。

 綺麗な顔をした、中学生くらいの少年だった。

 銀髪で、ようやく奇抜な色合いを見慣れてきた優季にとっても目を見張るほどの美しさだ。

 ボロボロの衣服をまとっているが、元は上等なものだったのではないだろうか。

 一瞬見惚れかけたが、このままでは少年が風邪を引いてしまうと慌てて肩を揺すった。

「君、大丈夫? 生きてる?」

「…………ぐっ……」

 うめきながら、少年がうっすら目を開ける。

 優季は小さな体を支え起こした。間近で見ると、紫の瞳は灰色がかっていた。

「君、歩ける? お家はどこなの?」

 優季の言葉に、華奢な肩が小さく震える。それはきっと、寒さゆえのものではなく。

「家なんて、ない……」

 吐き捨てると、少年は荒んだ目付きをする。

 優季は言葉を失った。

 こんなに小さな、庇護されるべき少年が、まるで世界に捨てられたみたいな目をして。

 少年の頭がぐらつき、咄嗟に彼を抱き締めた。

 衰弱して力が入らないのか、抵抗なく体重が預けられる。濡れた体からじんわりと伝わる、体温。

 こうして誰かと触れ合うのは久しぶりだ。

 妹や、天使のように可愛らしい甥と姪を、よく抱き締めていた。

 けれどもう、二度と触れることはできない。

「…………っ!」

 温もりに触れることで、家族を失ったことをまざまざと思い知らされる。

 体を濡らしていく秋雨の中。すがるものなんて何もなくて、全身で警戒をあらわにする少年と、世界にたった二人きり。


 ……優季は、異世界に来てから初めて、思いきり声を上げて泣いた。



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