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いい年して異世界とか

連載中の小説がなくてあまりに寂しかったため、

書きかけの小説達を投稿していこうと思います。

完結、またはきりのいいところまでは必ず書きますので

どうぞよろしくお願いいたします!m(_ _)m

 真辺優季、二十九歳。

 唐突だが現在、途方に暮れている。

「うーん……」

 目の前に広がるのは雄大な大自然。

 のどかな農道の右側には、赤い実がたわわになった林檎畑。左側には、黄金色の小麦畑がどこまでも続いている。

 ーー何だこれ。

 緩やかに曲がる道の先には幾つかの民家があり、童話の世界で見るようなこぢんまりとした造りだった。白い壁に木製の鎧戸と、煉瓦でできた煙突。

 さらにさらに遠く。

 ずっと遠くには巨大な建物がそびえ立っていた。

 屋根の部分は青で統一されていて、片田舎だというのに不思議と馴染んでいる。けれど荘厳なそれは、明らかにーー城だった。

 ーーいや、本当に何だこれ……。

 道の向こうから、牛を牽きながらのんびり歩く壮年の夫婦がやって来た。服装はまるで、一八〇〇年代の西洋絵画から抜け出てきたようだ。

「あらまぁ。お父さん、こりゃ珍しいねぇ」

「おうおう、迷い人じゃねぇか」

 明らかに日本人ではないし、日本語を話している様子もない。それなのになぜか言葉だけは分かる。脳が直接理解しているようだった。

 優季は目を虚ろにした。

 夢でないなら、もしやこれは異世界転移というやつではないだろうか。

 いい年して、異世界に来ちゃった件。

 ……件とか付ければ何となく軽い気持ちになれるかと思ったけれど、無駄な努力だった。

 ーー何ここ。何で私? 何で異世界? 無理。

 必死に心を落ち着かせようとしていたのに、第一異世界人に発見されてしまった。もう現実逃避をすることもできない。

 本当にいつも通りの朝だった。

 いつものように目覚め、顔を洗う。

 銀行に勤めているので、化粧は清潔感を損なわない程度だ。そして一人分の朝食を作った。

 妹夫婦の子ども達の動画をニヤニヤ眺めながら食事を終えると、歯を磨いてアパートを出た。

 最寄り駅のホームで電車を待ちつつ、再び天使な姪と甥の動画を満喫する。

 電車がホームに入ったのは、顔を上げずとも分かった。スマートフォンを片手にそのまま電車に乗り込みーー気付いたらここに立っていたのだ。

 全くわけが分からない。

 悪夢なのか、間違えて異世界行きの電車に乗ってしまったのか。

 老夫婦は、呆然としている優季に労りの眼差しを向けている。こちらの事情や混乱など分かっていると言わんばかりだ。

「その……すみません。迷い人?」

 混乱のあまり、挨拶より先に質問が飛び出した。

「まぁ。言い伝えより、我に返るのが早いわねぇ」

「若いのに偉いのぅ」

「い、言い伝え?」

 いや若くないんでアラサーなんで。という否定が咄嗟に出なかったのは、言い伝えという単語に引っ掛かったからだ。

 老夫婦いわく、異世界から迷い込んでくる人間は、珍しいが皆無ではないらしい。

 この国では何百年も前に、国王と異世界人が添い遂げるというまさにシンデレラストーリーが現実にあったのだとか。そのため国民全体が異世界人に寛容だし、受け入れ制度も整っているという。

「とにかくまずは、あそこに見える領主館に行ってみるといい。迷い人ってことは服装で分かるから問題ない。兵士の一人でも捕まえて、話しかけてみりゃあええよ」

「娘さん、お腹は空いてないかい? 水は?」

 朝食を食べたからというより、受け入れがたい現実を前にそういった欲求が湧いてこない。

 喉が渇いているような気はするけれど、優季は丁重にお断りした。

「ありがとうございます。お忙しいところ、たいへんお世話になりました」

 お礼を言って歩き出すと、老夫婦の会話が背中を追ってきた。

「若いのにしっかりした娘さんねぇ」

「異世界の人間ってやつは、子どもでもしっかりしてるもんだなぁ」

 だから子どもじゃない。という訂正は結局言えないまま、優季は城だと思っていた領主館を目指す。

 舗装されていない道では、三センチのヒールでも歩きづらかった。轍に足を取られてピカピカの革靴に土が付くと、段々投げやりな気分になってくる。

 老夫婦は受け入れ制度が整っているとは言ったが、帰る方法があるとは言わなかった。

 詳しく聞くのが怖くて流してしまったが、今さら不安になってくる。

 ーー帰る方法、ないパターン……?

 混乱のまま立ち尽くしそうになる優季だったが、その度に優しい村人達が親切に声をかけてくれるため、泣き叫ぶこともできなかった。

 寛容もここまでくると優しすぎる。村人怖い。

 近付いてくるほど、一般的な日本人の感覚しか持たない優季には城にしか見えない。それほど巨大な領主館だった。

 それでも何とかたどり着き、老人に言われた通り兵士に声をかけた。

 槍を持っていたため結構な勇気が要った。

 すんなりと話が通り、案内されたのは内装の美しい洋間だった。

 民家と違い、窓には硝子が嵌まっていた。けれどそれほど技術が高くないのか、磨り硝子よりも景色が歪んで見える。

 高い天井には華やかな絵画。刺繍の細かいカーテン。側面の彫刻の美しいテーブルセット。翡翠色のシェードが目にも鮮やかなライトスタンド。精緻な模様が織り込まれた絨毯。

 これを見る限り確かに歓待はされているようだ。

 こんな状況でなければ、スマートフォンで画像を保存しまくっていたことだろう。

 恐る恐るソファに座るのとほとんど同時に、出入り口が開いた。

「やぁやぁ、あなたが迷い人のお嬢さんですか」

 入室したのは一人の青年だった。

 麦穂のような明るい茶色の髪に、穏やかな青の瞳。背は高く細身で、色が白い。

 スッキリとした顔立ちに眼鏡をかけているため、インテリ風の青年という印象だ。掴み所のない胡散臭い笑みを浮かべてさえいなければ。

「はじめましてお嬢さん。そんなに警戒しないでください。私、ファザンス・グレイと申します」

 白黒はっきりしない印象には、確かにグレイという響きがよく似合う。この場合家名だろうが。

「はじめましてグレイさん。真辺優季と申します」

「そんな、よそよそしい。どうぞファザンスと呼んでください、優季さん」

 初対面だし文字通り住む世界が違うし、よそよそしいのも当然なのだが。そして優季は名前で呼ぶことを許可していない。

「グレイさん、一つ訂正が。私のことを先ほど『お嬢さん』とお呼びになってましたが、もうとっくに成人しておりますのでお間違いなく」

 とにもかくにも、誰かと行き合うたびにお嬢さんと呼ばれるのが最も居たたまれなかったのだ。

 二十九歳だと付け加えると、ファザンスは子どものように目を瞬かせた。

「そうなんですかぁ? いやぁ、迷い人が実年齢より若く見えるって、本当だったんですね。私の一個下じゃないですか。優季さん、二十歳くらいにしか見えませんよぉ?」

「二十歳というのは、この世界では成人に入らないのですか? グレイさん」

「我が国では十八歳で成人ですよ、優季さん」

「……」

 優季はもう色々諦めた。

 こんな鰻のような人間と、無意味な根比べをしたって疲れるだけだ。

 初対面でいきなり名前呼びを求めてくるのも、成人すぎと認識している相手をお嬢さんと呼ぶのも、きっと彼には当たり前のことなのだろう。

「事情を聞いて急いで王都から来ましたが、異世界人なんて初めて見ましたよぉ。結構城でも騒ぎになって、誰が迎えに行くか揉めたんですよぉ」

「城?」

「そうなんです。私こう見えて、城勤めの有望株って奴なんですよぉ」

 自分で有望株とか言い出す人間に、ろくな奴はいない。いや、そんなことより。

「いや、そっちはどうでもいいんですけど」

「えぇ? 私、早くもどうでもいい感じですかぁ」

「こんなに威厳のない三十歳をどう敬えと」

 彼がどういった立場の人間かより、余程気になることがある。優季が領主館に到着してから、まだ十分程度しか経っていないのだ。

「王都って、そんなに近いんですか?」

「いえいえ、もちろん遠いですよぉ。ここは西部の片田舎なんで。でも、転移魔方陣と通信用の魔道具を使ったらすぐなんです。あ、はじめに言っておきますけど、転移魔方陣は重要施設にしかない上、一般人は使用できませんからね。通信用の魔道具もかなり高価なので、大体貴族しか持ってませんねぇ」

 ファザンスの説明は分かりやすかった。

 今後優季の生活には関わって来ないというような口振りから、色々なことが推測できる。

 暗にこう言っているのだ。

 何百年も前に国王陛下と結婚した異世界人がいたらしいが、そんなのは夢物語に過ぎないのだと。異世界人というだけでの優遇はないのだと。

 彼自身のことも少し分かった。

 貴族、あるいはそれに近い立場にあるのだろう。城勤めというのは、優秀さだけでは成り立たないのかもしれない。

 ファザンスに抱いていた印象が、少し変わった。

「ご忠告ありがとうございます、ファザンスさん。私は分相応をわきまえているつもりですので、ご心配なく。成人もとっくに過ぎているらしいのに図々しいことは言いません」

「ーー素晴らしいですねぇ、優季さん。話が早くて助かります」

 彼は満腹になった猫のように、ご機嫌に目を細める。まだ出会って間もないが、優季の脳は敵に回したくないタイプだと判断した。

「では、改めて質問を。ーー元の世界に帰る方法は、あるんですか?」

 声が硬くなったことに、彼は気付いているだろう。平静を装っているが、これが優季にとって最も重要な質問であることも。

 ファザンスはニコリと微笑んだ。

「元いた世界に戻ったという前例は、ありません。帰る方法はない、と考えていただいてよろしいかと思いますよぉ」

 彼は平然と、鰻のような笑みで、優季の希望を粉々に打ち砕くのだった。


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