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5. 犯人は――  【推理にしようとして失敗】

□◆□◆



  カランカラン


 ドアが開かれ鐘が鳴った。

 昔ながらの喫茶店はどこもこういった鐘がドアにぶら下がっている。それはどこか風情のある心地よい音色だ。


 ここはとある町の小さな喫茶店。カウンター席は六つ。四人掛けのテーブルが四脚しかない喫茶店である。

 今入店してきた二人組からは三人の客。一人は若い女でカウンター席に、あとの二人は若い男とサングラスをかけた中年の男が別々の席に座っているのが見えるだろう。

 カウンターの内側にいるはずのマスターの姿はない。店の奥に引っ込んだきり、もう十数分経つというのにいっこうに戻ってこないのである。


 二人組の男は入り口からカウンター席を隠すように置いてある三つの観葉植物を通り過ぎたところで足を止め、店内の客を見まわした。


「すみません、私たち警察の者ですが――」


 二人組の一人、制服姿の警察官が誰にというわけでもなく声をかける。声がまだ若い。おそらくなりたてのお巡りさんなのだろう。

 もう一人はしわが寄るスーツを着た中年警官。頭頂部が少しさみしくなっているものの、濃い茶系のスーツを着たその背中からはベテランの風格を感じる。


 三人の客が一斉に顔を上げた。

 警察という言葉に反応したのだろう。


「いらっしゃいませ――あ。え、と……なにかご用でしょうか?」


 入店時の鐘の音が聞こえたらしく、小太りで鼻の下に髭を蓄えたマスターが戻ってきた。その見た目で客ではなく警察だということを知ると、マスターはエプロン越しにビール腹を支えるようにして手を組んだ。


 そんなマスターへ向いたベテラン刑事が自分の上着を開く。

 取り出して見せたのは黒い手帳だった。


「わたしは警部補の鬼瓦といいます。こっちは巡査の増田。実はですね、この近くで空き巣の被害がありまして、ただ今聞き込みを行っております。どうかご協力をお願いしたい」


 皆の視線が集まるなか、鬼瓦は警察手帳をしまってマスターへと向き直る。


「協力といいますと?」


「なに、皆さんにいくつか質問をしたいだけですよ」


 不安げなマスターに対し、鬼瓦は優しい口調で答えた。


「皆さんということは、私たちも何か聞かれるのかしら?」


 そう訊ねたのはカウンター席の一番奥に座る若い女。

 少し大人びた口調ではあるが、年齢は二十歳前後といったところだろう。

 清楚な感じのお嬢様タイプ。腰まで届きそうなきれいなストレートの長い髪。顔立ちもはっきりしておりかなりの美人である。着ている白い薄手のセーターはまだ春の肌寒い外では耐えられそうにないが、室内ではちょうど良い温もりを提供してくれているに違いない。


「まあそうなりますな。しかし空き巣のほとんどは男の犯行ですから、お嬢さんには形式的な質問をするだけですよ。あまり固くならずに答えてください」


 鬼瓦がそう言うと、若い女は手にしていたタブレット端末をカウンターに置き、回転椅子を回して正面で鬼瓦へと向く。


「鬼瓦さん。差し出がましいようですが、それは思い込みによる固定概念ではありませんか? 女性であっても空き巣をする方はいますし、年齢も関係ありません。初動捜査が肝心になってきますのに、私を除外した捜査をしてしまえば犯人を取り逃がしてしまうことになりかねないと思うのですが」


「ちょっとキミ……」


 その生意気な言い方に業を煮やしたのか、増田という巡査が前へ出ようとする。


「待て増田、そちらのお嬢さんの言う通りだ。捜査に思い込みはいかんわな……」


 鬼瓦は手を上げて増田を制すると、その手で地肌が見えだしている頭頂部を掻いた。


「ではお嬢さん、まずはあなたのお名前から聞かせていただけますか?」


 さすがはベテラン刑事。感情を抑制できない若い巡査と違い、彼女の生意気な口調にも動じない。


「私は道明寺彩音といいます。この近く、高ノ宮女学院に通っています」


 彼女は凛とした声で答えた。

 高ノ宮女学院といえば金持ちのお嬢様が集まる学校として有名だ。『わたくし』口調なのも納得できる。


「今日は休講ですかな?」


「いえ、お昼前の講義になりますので、それまで時間を潰しているのです」


「ほう。いつから?」


「一時間と十七分前からになります」


 彼女は腕時計を見ながら答えた。


「時間が細かいですな。しかしそれはまた、早くから時間を潰しているようで――確かですか?」


 鬼瓦は目線でマスターに確認をとる。


「ええ、道明寺さんはいつもこんな感じです。あまりギリギリまで寝ていると頭が働かないらしくて、講義の二時間前には来てくれています。ありがたいことに毎日二杯のカフェラテを注文してくれるうちの常連さんなんですよ」


 微笑むマスターに、道明寺という彼女も微笑み返す。


「こちらのカフェラテは絶品ですから。濃厚なお味にきめ細かいミルク、それにマスターが描いてくださるラテアートは芸術の域に達していますもの。もう消えてしまいましたが、この二杯目に描かれていた二頭のパンダも愛らしかったです――」


 美人に褒められて照れるマスター。

 彼女はティーカップに口をつけ、もう一度幸せそうに微笑む。


「このカフェラテを毎日楽しみにしておりますの。でなければ、こんな犬小屋みたいなお店に来たりしませんわ」


 え!? という表情で、マスター以外の全員が彼女へと目を向けた。とうのマスターは「あいかわらずきついな~」と言いながら笑っている。

 とんでもない言葉を口にした彼女に悪びれる様子はない。どうやらこの道明寺彩音という女、普段から悪意のない口の悪さを披露しているらしい。


「――え~、それでは、そちらの黒服のキミ。あなたの名前と、いつからこの喫茶店に?」


 咳ばらいをした鬼瓦は、気を取り直して若い男へと向く。

 ライダースーツを着た若い男。店の前に停めてあったバイクは彼のものだろう。黒いヘルメットを机の上に置き、その机にはナポリタンを食べた後のお皿と飲みかけのホットコーヒーもある。


「俺っすか? 俺は四十分前くらいだったかなぁ? あ、俺は三越っていいます」


「では、そちらのサングラスの方は?」


 鬼瓦はサングラスをかけた中年男性へと目を向ける。


「わ、わたしは、鶴見です。い、一時間半くらい前からいると思います……」


「正確には一時間と十五分前ですわね。私の入店とほぼ同じ時間でしたから」


「そ、そうだったかな。そう言われれば、わたしが来た時にはあなたがいたような気がします……」


 道明寺に些細な時間差を指摘されただけなのに、鶴見という男は茶色の上着で手汗を拭き、そわそわと落ち着きをなくす。

 小心者なのか、はたまた何か後ろめたいことでもあるのか……。鶴見は挙動不審で怪しいことこの上ない。


「そうですか。では、一度話を整理させてもらいます」


 話をメモしながら聞いていた鬼瓦が顔を上げる。


「空き巣の被害があったのが約一時間前。ちょうどその頃から、警察は主要道路での検問やこの辺りのけい強化を行っておりましてな。我々としては、犯人はまだこの辺りに潜伏していると思っているのです――」


「ずいぶん早い対応ですわね。犯行から通報までのタイムロスがないなんて……」


 道明寺が口を挟む。


「その検問は別件でしてね、二時間前に起きた銀行強盗によるものです。おそらく空き巣の犯人はそれを知らずに犯行に及び、貴金属類を盗んで出てきた時には辺りに警察官だらけ――。そうとう面食らったでしょうな。そんな理由で、我々は空き巣犯人がまだこの辺りにいると睨んでいるのですよ。疑うのが仕事ですから、もしかしたらこの店内に潜伏している可能性も視野に入れているのです――納得していただけましたかな?」


「ええ。お話の腰を折って申し訳ありませんでした」


 頭を下げる道明寺を鬼瓦は数秒見つめる。口には出さないが、そこには「二度と口を出すな」という威圧感が含まれていた。

 店内に潜伏している可能性――という言葉で店内に緊張感が走った。誰もがお互いに顔を見合わせ、目線が合うと顔を逸らす。「もしかしたらこの人が……」と、お互いにそう思っているのだろう。


 その空気が重くなった空間に無線機の音が鳴る。


「ちょっとすみません――」


 制服警官の増田が耳に手をあて、無線の内容に耳を傾けた。そして、それを聞き終わると――


「空き巣被害に遭われた家の、防犯カメラ映像を解析したそうです」


鬼瓦にそう言った。


「で? はどんな奴なんだ?」


 鬼瓦は少しだけ重心を落とした。

 店内に犯人がいるのなら、今すぐにでも暴れて逃亡を図るかもしれない。誰が暴

れようと取り押さえてみせる――そんな構えだ。


「残念ながら映像が不鮮明で、顔も画面から切れてしまっているらしいのですが、犯人が植え込みをこえていく姿が映っていました。性別は男性、茶系の上着に藍色のジーパン姿、靴は黒色のものを履いていたそうです」


 増田はそう言いながら視線をある人物に動かしたようで、皆がその視線の先にいる人物を見た。


「わ、わたし? ち、ちがうっ、わ、わたしはあ、空き巣なんてやっていないっ」


 中年男性の鶴見が慌てた様子で立ち上がる。

 本人は否定しているものの、上着は茶系で下は藍色のジーパン。そして靴は黒のスニーカーを履いている。疑うなというのも無理がある服装だ。


「とにかく、お話を伺いたいので、署までご同行願えますか?」


 鬼瓦の低い声に、鶴見は上着のポケットからハンカチを出して額の汗を拭う。

 任意同行と言えば聞こえはいいが、この威圧感で同行を求められたら強制力を感じてしまう。鶴見が少しでも暴れようものなら、公務執行妨害で逮捕されてしまうだろう。


「な、なんでわたしが!? な、なにもしていないのにっ」


 踏み出した鬼瓦に、鶴見は泣きそうな声を出す。サングラスをしていても表情がよくわかる狼狽ぶりだ。


「鬼瓦さん、ちょっとお待ちくださいませ――」


「ん? 道明寺さん、今度はいったい何をおっしゃるのですか?」


 鬼瓦の舌打ちが響く。それは再び口を挟んできた道明寺彩音に対するあきらかな不快感だ。

 しかし道明寺にそれを気にする様子はなく、スッと椅子から立ち上がる。


「そちらの鶴見さんを容疑者とするのは尚早かと思います。まだ話を聞くべき方が残っているではありませんか」


「なんですと? しかし、三越さんやマスターは服装が合わないのでは?」


 話を聞いていなかったのかと言いたげな口調の鬼瓦。それに動じない彼女は――


「鬼瓦さんたちが話を聞くべき相手――それは、あなたです」


この俺を指差した――。





「え? 俺――ですか?」


 道明寺彩音に指差された俺は、キョトンとした顔で自分を指差す。

 俺は関係ないと装っているつもりだが、内心は冷や汗が止まらない。ここでボロを出してしまえば、俺こそが空き巣の犯人だということがばれてしまうのだ。


「こ、ここにもお客さんがいたなんて……」


 振り向いた増田がそうつぶやき、鬼瓦も目を丸くしている。


「鬼瓦さんたちの立ち位置では、その方がいらっしゃるのは見えません。ちょうど真後ろにあたりますから。しかも、入店時はその観葉植物に遮られて視認することは出来なかったかと思います。ですので、鶴見さんを連行する前にそちらの男性にもお話を伺った方がよろしいと思いますよ」


 道明寺という女は手を下げ、俺にニコリと微笑んだ。

 美人の微笑みは大歓迎だが、今の俺はその微笑みに苛立ちを感じる。まるで全てを見透かしているようなあの目が気に入らない……。


「話を聞くだけ無駄なんじゃないかなぁ。もっとも、彼は藍色のジーパンに靴の色だって黒だけど――上着の色は青だし……」


 増田という制服警官が呆れた声を出す。


「だな。俺たちは一刻も早く空き巣犯を検挙して、銀行強盗事件に合流せにゃならんからな」


 鬼瓦も道明寺の言葉に耳を貸す気はないようだ。


 いいぞ、その調子だ。さっさとその鶴見ってやつを連れて行けよっ!――と、俺は声を出さずに見守るのだが、またしても道明寺が待ったをかける。


「本当に話を訊かなくていいのですか? 彼の上着、リバーシブルですよ」


 その言葉に俺は胸の内で舌を打った。


「リバーシブル?」


 鶴見に手をかけかけた鬼瓦が動きを止める。


「彼の上着、その襟元を見てください。内側が茶色をしているでしょ。あの上着は表裏関係なく着ることができるリバーシブルなんです。今は青色を表として着用ていますが、空き巣の犯行時は茶色を表として着ていたのでしょう?」


 道明寺は微笑みを崩さず、俺に向かって目を細めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。今の言い方だと、まるで俺が空き巣の犯人みたいじゃないか」


「みたい――ではなく、あなたが犯人だと申し上げたのですよ。ご自分の身が潔白なら、ちょっと指摘されたくらいで襟元を隠す必要なんてないではありませんか」


 そう言われ、俺は無意識のうちに襟元を握りしめていることに気付く。

 道明寺が指摘した時、皆の視線が集まったのでつい隠してしまったらしい。


「こ、こんなの、みんなに見られたら隠したくなるに決まってるだろ。身に覚えのない疑いをかけられたのならなおさらだっ」


 声を荒げてしまっていることに自分でもマズさを感じるが、〝犯人扱いされたからキレる〟という展開に不自然さはないはずだ。しかし、道明寺は再び俺を指差しやがった。


「身に覚えがないとおっしゃるのであれば、あなたの靴紐についているそれはなんなのでしょうね」


「靴紐に?」


 皆の視線を感じながら、俺は自分の足下を見る。その靴紐には緑色の葉っぱがついた小さな枝が挟まって――――――――あ。


「その小さな葉はあなたが空き巣という窃盗を終えて逃げる際、植え込みをこえる時に挟まったものではなくて? 服装が一致しているだけならば容疑者でしかありませんが、その葉が被害者宅の植え込みと一致すれば重要参考人です。あ、でも、たまたま被害者宅の前を通った時に挟まったのだという苦しい言い逃れをすることは出来ますわね。しかし、あなたの膨らんでいる上着のポケットに入っているモノを調べたら言い訳すらできないのではないかしら?」


 道明寺の勝ち誇った笑みに、俺は奥歯を鳴らす。

 たしかに、俺が着ている上着のポケットには貴金属類が入っている。空き巣で稼いだ戦利品だ。だが――俺よ、冷静になれ。ポケットに入っている以上、例え警察であっても強引に出させることは出来ないはずだ。あくまで任意によるお願いをする事しか出来ないだろう。そして、俺にはそれを拒否する権利があったはず……。あったっけ?……いやいや、そんなことより早くこの場から立ち去る必要がある。そう簡単に捕まってたまるかっ!


「あら、ぐうの音も出ないなんて。それではご自分が犯人だと自白しているようなものですわよ? なにかおっしゃらないと……ほら、刑事さんたちがあなたへと歩み寄りますわよ?」


 俺は反射的に鬼瓦たちを見てしまう。その場から動いていないはずなのに、鬼瓦たちが接近してくるように大きくなっていく……。

 げ、限界だ。一刻も早くこの店から出て行かないと……。


「いったい何の話をしているのかわからんな。気分が悪いから俺はもう帰る」


 俺が平静を装って椅子から立ち上がったその時、カッと道明寺が目を見開いた。


「誰が動いていいって言ったんだよブタ野郎ッ!」


「えええええッ!?」


 店内に響いた怒号に驚いたのは俺だけではないはずだ。

 ちょっと変わり者だが、丁寧口調の美人女子大生というイメージが崩れ去った瞬間である。その豹変ぶりにマスター以外の誰もが目を丸くしている。

 当然というか、俺も驚き思わず尻餅をついてしまう。


 コロン……と、俺のポケットから指輪がこぼれ落ちた。


「これは――お前さんの指輪じゃないな。サイズが小さすぎる」


 それを拾い上げた鬼瓦の目が怖い。

 サイズが違うのは当然だ。だって――俺のじゃないもん……。

 引きつった笑みを返してみるものの、当然そんなことで誤魔化せるはずもない。


「ちょ~と署で事情を聞かせてもらおうか。嫌とは言わせないぜ」


 鬼瓦に腕を引かれた俺は観念するしかなかった――。



□◆□◆


 読んでくださり、ありがとうございました。


 短編の練習をしたかった時に『喫茶店』というお題をいただいて書いた作品です。

 字の文は最初から犯人目線。これを利用して読者を「あっ」と言わせる推理モノを書きたかったのですが、ごらんの通り惨敗ですb(-_-;)

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