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葵夜露は素直に好きと伝えたい  作者: 宮下龍美
第2章 誰もが誰かのヒーロー
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第29話 今日からしばらく教室で

 二時間目が終われば、さすがに保健室にずっといるのもまずいだろうとのことで、俺も葵も教室に戻った。

 いつも通り歩くのは無理ではあるが、ほんの少しの痛みを我慢すればいいだけだ。そもそも、ただの捻挫なのだし。普段からそこまで運動していなかった俺自身にも非はある。

 葵に連れ添われる形で教室に戻った時には、それなりに注目を集めてしまったものの、朝陽達以外に話しかけてくるやつなんて誰もいなかった。今の俺は髪も下ろしてメガネもしてるいつもの状態だから、それも当たり前なのかもしれないが。

 坂上達も、俺には干渉してこず、休み時間はいつものようにグループで集まって騒いでいた。変に話しかけられるよりは全然いい。

 さて。そんなこんなで時間も過ぎ、昼休みになった。クラスメイト達は一時間目の時のことなんか忘れたかのように、それぞれが友人達と騒ぎながら教室を出て食堂に向かったり、一つの席に集まって弁当を広げたり。

 俺も屋上に向かうために立ち上がろうとすれば、教室の入り口に見知った人影が。

 ていうか、葵だった。


「あ、大神くん! よかった、まだ教室にいたんですね」

「今から屋上行こうとしてたけど、どうしたんだ?」


 こちらに駆け寄ってきた葵は、なぜかホッと胸をなでおろしている。いつもはお互い、別々に屋上へ向かっているのだけど、はてさて今日はどうしたというのか。

 てか、こいつが昼休みに俺の教室来る時って、大抵ろくでもない案件な気がするんだが、気のせいだろうか。

 今回はそうじゃなかったらいいなー、と思っていると、葵の頬が膨らんでムッと眉を寄せる。え、なに、怒ってるの?


「足を怪我してるんですから、無理しないでください」

「いや、階段くらいなら上がれるし……」

「それでもダメです。今日からしばらくはここでお弁当を食べます」

「えぇ……」


 俺の怪我を心配してくれるのは嬉しいが、それでもここで飯というのは待ったをかけたい。しかし葵はすでに向かいの席に腰を下ろしてしまっているし、彼女の善意を無碍にするのも気がひける。

 ふと視線を感じて教室内を見渡せば、朝陽と柏木がニヤニヤ笑ってこちらを見ていた。ニヤついてこそいないが、広瀬もこちらを見ている。果たして、広瀬のその無表情の中には、どんな感情が込められているのやら。

 しかしニヤニヤされているのもムカつくな。あいつらも巻き込んでやろうか。


「なあ葵。せっかくなら朝陽達も一緒にどうだ?」


 なんて提案してみれば、しかし返事はすぐになく。葵のことだから二つ返事でイエスと言ってくれると思っていたのだけど。

 なぜかもじもじと恥じらいながら、赤い顔して上目遣いで一言。


「……あの、私は大神くんと二人がいいんですけど……ダメ、ですか……?」

「ダメじゃないです……」


 そんな可愛い顔されたら断れるわけないんだよなぁ……。

 赤面上目遣いはあらゆる男子に対して必殺の一手となってしまうのだ。古事記にもそう書いてある。

 パッと表情を輝かせた葵は、持ってきた二人分の弁当を広げ始める。まあ、こっちにちょっかい出してきそうなやつもいないし、教室内にはまばらに生徒も残ってるから、厳密には二人きりというわけでもないし。

 なにより、いつも屋上で見られて疚しいことなんてしていないのだから、最初から断る理由なんてなかったのだ。ただ、ちょっと恥ずかしいだけで。


「はい、どうぞ」

「ありがとな」


 渡された二段弁当の中には、いつも入っている玉子焼きとタコさんウィンナーの他に、鮭の切り身と唐揚げが。今日も今日とて美味そうな弁当である。

 まずは唐揚げを一つ。


「うん、今日も美味い」

「ありがとうございます」


 シンプルな感想を一言告げれば、葵はニコニコと嬉しそうに笑顔を浮かべてくれる。葵のお母さんが作る唐揚げは絶品とのことだが、葵本人が作った唐揚げも中々のものである。うちの母親が作る雑な味付けの料理とは、やはり一線を画している。

 それはそれで嫌いじゃないのだけど、やはりどちらが美味しいかと聞かれてしまえば、確実に葵の料理だろう。

 なおもニコニコと笑顔を絶やさない葵は、髪とメガネに隠してしまった俺の瞳をたしかに捉えていて。そんなに見つめられてしまっていては、保健室での会話を思い出してしまう。

 我ながら小っ恥ずかしいことを言ったと思うが、しかし本心からの言葉でもあった。

 しかも、あんな幸せ云々などと言われてしまえば、目の前の女の子を意識するなという方が無理なわけで。


「あー、そういえば、休み時間にそっちのクラス、坂上行かなかったか?」

「坂上くんですか?」


 頬の熱を誤魔化すために、一応気になっていたことを尋ねてみた。

 俺が捻挫する原因となった体育の授業、その勝負で、俺が勝ったら坂上と柏木に謝れと言ったはずだ。殆ど朝陽のおかげとは言え、俺たちのチームが勝ったのだから、あいつにはその罰ゲームを履行してもらいたいのだが。


「たしかに、さっきの休み時間に来て、朝のことを謝られましたけど……」

「そっか、ならいいんだ」


 質問の意図を掴めていないのか、葵は小首を傾げながら答える。しかし意外だな。そういう賭けだったとは言え、あの坂上が素直に謝りに行ったとは。実はいいやつなのか?

 俺がホッと息を吐けば、首の角度がさらに傾いた。


「もしかして、大神くんが捻挫したのと関係あるんですか?」

「いや、そんなことないぞ」

「本当ですか?」

「ホントホント。オレ、ウソツカナイ」


 勘のいいガキは嫌いだぞ。


「むぅ、ならいいです」


 どうやら納得してくれたようで。しかし裏腹に納得してなさそうに眉を寄せる表情は、失礼ながらやはり可愛い。美少女ってどんな顔しても可愛い以外の感想が出てこないんだからセコいよな。


「それより、どうしてまた目を隠しちゃったんですか?」

「ん?」


 タコさんウィンナーを咀嚼していると、葵が控えめな声で問いを投げてきた。因みに今日のタコさんウィンナーには塩ではなくケチャップがかかっている。


「いえ、その、さっきの体育の授業の時は、隠してなかったんですよね?」

「まあ、そうだけど」

「なら、どうしてまた隠しちゃったのかなって……」

「別に理由はないけどな」


 なにやら重く受け取ってそうな葵に、思わず苦笑を漏らしてしまう。まあ、赤月先生との会話を聞いていた葵なら、その反応も頷けるか。こいつは優しいから。


「ほら、今はワックス持ってきてるわけでもないし、メガネ外したところでどの道前髪で隠れちゃうんだよな」

「そうなんですか?」

「そうなんです」


 それに、まだ日常的にこの目を曝け出すことに決心がついたわけでもない。

 まだどこか、恐怖してる自分がいるのだ。俺たちはもう高校生だから、あんなガキみたいなことが起こるとは思えないし、綺麗だと言ってくれたやつらだっているけど。

 でも、やっぱり怖い。

 さらに言えば、別に見せびらかす必要だってない。俺のクラス内での立ち位置は、なんか暗そうなやつ、というのが妥当なところか。その印象を決定づけた最たる理由は、この前髪とメガネだから。わざわざそれを覆すような真似をしなくてもいいだろう。

 また周囲の反応を窺うのも面倒だし。


「でも私は、出来れば学校でも、大神くんの瞳を見ていたいです……」

「……」


 こいつは本当に、どうしてこんな、一々可愛いことを言ってくれるのだろう。けれど葵には悪いが、学校内でも休みの時みたいにはしようと思えない。

 そもそも、ワックスだってタダじゃないのだ。そうそう無くなるものでもないと思うが、毎日使っていたら今よりも消費が激しくなる。

 それに、前述した通り、まだほんの少しだけ怖いから。

 葵のおかげで、ちょっとくらいは自分を好きに、自分に自信を持てるようになったけど。それでも、まだ。


「まあ、休みの日はちゃんと見れるから、今はそれで我慢してくれ」

「はい……すみません、無理を言ってしまって……」

「いや、謝る必要はねぇよ」


 シュンと項垂れてしまった葵を見ていると、散髪しに行こうかなぁなんて思ってしまう。まあ行かないけどさ。

 それから昼食に戻り、いつもの屋上のように他愛ない話を交わす。葵の表情はコロコロ変わるから、見ていて飽きない。美人は三日で飽きる、なんて言うが、あれは真っ赤な嘘だろう。

 だってこんなに可愛いんだから、飽きるわけがないのだ。

 それからしばらく経ち、昼食も終わって弁当箱を返し、話もひと段落した時だった。


「な、なあ。大神と葵って付き合ってんの……?」


 クラスメイトの男子から、突然そんなことを聞かれた。

 そして、完全に忘れていたことを自覚する。ここはいつもの屋上ではなく、教室の中なのだと。

 誰も見ていない屋上ならいざしらず、クラスメイトが多く見ている中で、学年で一番可愛い(俺調べ)葵が、あんなに楽しそうに話していたのだ。しかも、ここ最近は放課後になれば葵と俺が一緒に帰っているのを目撃しているやつだっているだろう。

 だから、こんな質問をされてもおかしくはないのだが。どうやら気になっていたのはこの男子だけじゃないようで、朝陽達も含めた教室内の生徒全員が、こちらに耳をすませていた。


「つつつ付き合ってるなんてそんな……!」


 顔を真っ赤にした葵が、ワチャワチャと手を振って否定する。それを聞いた名も知らぬクラスメイトは、安心したように胸をなでおろす。なんだこいつ、葵のこと好きなのか?


「葵の言う通り、残念ながらそういうんじゃないぞ」

「そ、そうですよ! 私と大神くんは……えっと……」


 そこから先を中々言葉にしない葵に、俺も男子生徒も首を傾げる。ここはガツンと言ってやって、こいつの誤解を解いてほしいところなのだが。

 やがて葵は、なぜか彼女自身も首を傾げながら口を動かして。


「あの、私と大神くんって、どういう関係なんでしょうか……?」


 本人は何気なく発した疑問だったんだと思う。そしてその問いに対して、俺は友達だとでも返していれば良かったのだ。

 だけど、そうすることは出来なくて。

 考えてしまう。俺と葵の関係。まず確実に、恋人なんかじゃない。だからと言って、友達なのかと問われれば首を傾げてしまう。いや、世間一般的には友達の範疇に収まるのだろう。でも、それを良しとしない俺がどこかにいて。

 なら一体、俺と葵は──


「この二人は友達よ。大神はあたしの幼馴染で、夜露はあたしの親友。あたしと朝陽経由で知り合って友達になった。それだけ。分かった?」


 思考の海から浮上したのは、すぐそこから幼馴染の声が聞こえたから。葵の隣に立つ広瀬は、質問してきた男子生徒を睨んでいる。そんな喧嘩腰になるなよ怖いから。

 広瀬の鋭い目つきに俺まで怯えていると、ポン、と肩に誰かの手が置かれた。視線を上げれば、いつの間にか朝陽までこちらに。


「そんな睨んでやるなよ、凪。お前はなんでそう、何に対しても喧嘩腰なんだ」

「別にそういうつもりじゃなかったんだけど」

「むすっとしてても可愛くないぞ?」

「うっさいバカ」


 突然夫婦喧嘩を始めた朝陽と広瀬。名も知らぬクラスメイトくんは居心地が悪くなったのか、静かにフェードアウトしていった。なんか、うちの幼馴染どもがごめんね?


「ていうかお前ら、ここが教室だって忘れてただろ?」

「うっ……」

「イチャイチャするのは構わないけど、TPOくらいは弁えとけよ?」

「い、イチャイチャなんてしてませんよ⁉︎」

「周りからはそう見えてるのよ」


 全く、と呟く広瀬は、呆れたようにため息を漏らす。こいつ、最近ため息ばっかだな。幸せ逃げても知らねぇぞ。

 しかし実際、こいつらのおかげで助かったと言うべきか。あのままだと、思考の泥沼に陥っていたのは明らかだ。

 だからと言って、放置していていいものかどうか。

 談笑する三人を眺めながら、改めて考える。

 俺と葵の関係を言葉にするなら、果たしてなんと表現すれば適切なのだろうか。

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